書き出しコロシアム参加作品

第一回書き出しコロシアム『ボーイミーツマッドサイエンティスト マッドサイエンティストイズロンリー』

【あらすじ】

「これは、のちに何度も繰り返すことで自ずと判明する事実なんだけど。

 僕は先天性の異能力者だ」


 ボーイ・・・十五歳の少年。自殺未遂のところを救われる。本名の一部が『カナタ』とされる。

 マッドサイエンティスト・・・女性。自殺未遂の少年に居合わせ『その命を有効活用してやる』と言う。自身のことを『ミスズ博士』だと名乗る。

 これは現代社会における、異能力やオカルト・超常現象をテーマにした作品。

 ジャンルを【異能力ドラマ】と題する。(残酷な描写あり)


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【本文】

 世界から。現実から。学校から。家族から。

 逃れるように抜け出した。

 冬空の午後十一時。

 幹線道路の上にまたがる、誰もいない陸橋から、手すりの先に身を乗り出して僕は車道を眺めていた。

 橋の下から現れて、不揃いに通過していく車。ヘッドライトでその予感を示して、僕に何度も飛び降りるべきタイミングを囁いてくる。

 それを疎ましく思うことはなく、むしろ心は優れていた。

 僕はいま、きっと自由なのだ――。




「……――少年!!」


 と、力強く、快活そうな、芯の通った女性の声音に呼ばれた気がして辺りを見渡した。

 それは先ほど見過ごしたバイクで、どうやら橋の上にいる僕に気付き、二車線道路の路肩を少し逆走して声を掛けに来たようだった。

 ……どうせこの距離にこの暗さだし、こちらの顔ははっきりと見えていないはずだ。身元が割れないと思った僕は、冷静にその声主を見つめた。


「ひょっとして、自殺しようとしているんだろうー!?」


 その言葉には、どこか核心を突かれたみたいで。

 僕には後ろめたい気持ちもあって、唇の端をきゅっと噛んだ。


「私にもわかるよー! その気持ちー!!」


 あっははっ、と楽しげな笑い声が響く。車がいくつも通過するから、掻き消されないように大きな声で。

 大仰に手を振ってくる彼女の、そんな陽気な姿を見ていると、(――その目の前で飛び降りてやろうか)と魔が差しそうなくらいには自暴自棄でいた。


「なあー! 私と取引しないか!!」


 もしも引き止めようとしてきたら、僕は飛び降りていたと思う。くだらない世間話を続けるなら、僕はきっと無視していた。

 彼女に持ち掛けられた言葉は、そんな僕の想定から外れていて、どこか興味深くも思えてしまって。

 少しだけ、踏み止まってしまった。


「どうせ、捨てる命なんだろうー!?」


 僕はぐっと押し黙る。

 そして彼女は口を開く。



「私が有効活用してやるよ!!」



 気付けば口角が上がっていた。

 ……僕は、嬉しいと思ったのかもしれない。

 見知らぬ女性のその言葉が、まるでプロポーズに似た何かのように僕の心を掬い上げたのだ。


 ◆


「いや悪いねえ。寒くはないかい?」

「はい」


 女性の腰にしがみつく。バイクの後ろに乗せてもらい、どこかへ連れていかれるらしい。

 フルフェイスヘルメットと電熱ベストを着用する、この女性がどんな人なのか? は僕にはまるで分からないけど、腰回りは細いしスタイルが良い人だな。とは気を遣いながらしがみつくなかでも意識してしまうところだった。


「ポケットに手を通してもいいよ。なかはヒーターで暖かいから」

「………」

「どうせ死ぬなら遠慮するなよ、少年?」


 その言葉は、煽られたような気がしたし、許されているような気さえした。

 少し悩んだ僕は、もぞり、と手を入れてみると、彼女は少しだけ身じろぎをして落ち着く。


「あは、暖かいだろう?」

「……はい」


 楽しげに笑われる。

 信用したわけじゃないけれど、彼女の雰囲気に当てられていると心を開いてしまいそうになる。

 でも、それすら勘違いで、僕の根底にあるのは諦念。

 いつでも自殺しちゃえばいい、と思えるその開き直りが、憂いや恐怖や警戒心を忘れさせてくれているだけだ。


「勢いで連れて来ちゃったけど」

 と彼女は前置きを挟んで話した。


「帰りたいなら、いまのうちだよ」

「別に、いいです」

「……そう? 度胸あるね」


 にやついた彼女の声音に合わせ、バイクがぎゅんと加速する。

 気付けば知らない土地に出ている。僕は彼女にしがみ付きながらも外を眺めて過ごしていたけど、目印や道順を覚えようとする自分がいたことに気付いて、それを強く否定するみたいにぎゅっと目を瞑ることを選んだ。

 ふとした時に弱さを自覚する。

(僕は何も恐れていないのだから)

 言い聞かせるようにそう繰り返した。


「到着。ここから先は歩くよ」


 彼女の言葉でやっと目を開き、しがみつく理由もなくなると距離を取るように上体を起こす。ポケットに入れていた手は外気に触れると余計に冷たく感じられて、冷え切った全身との温度差を痛感する。

 そこで改めて、上着を冬服のスクールシャツ一枚で家を飛び出したのは悪手だったかと後悔した。


「ついておいで」


 いつの間にか懐中電灯を構えていた彼女に、顔面を照らされて僕は睨む。追い縋るように彼女の背へ続いた。

 僕はいま、森のなかにおり、バイクでは入れない山深い場所へ女性に導かれている。


「怖い?」

「いえ……」

「だと思った」


 からかうようにそう言われて、疎むように目の前の背中を見る。

 鼻歌でも歌いそうなくらいに、悠然と歩む彼女の姿は、まるでこの夜を味方にしているようだった。


 ◆


 ……――向かった先にあったのは、窓ガラスもない古びた廃墟。コンクリート造りで三階ほどはあるように見える。

 物怖じせずに侵入した彼女は他に人がいないかを確認するような素振りを見せたあと、「ほら。輩がいるかもしれないじゃないか」と訝しむ僕に壁面の落書きを示した。

 遊び場になる廃墟のようだ。

「ここまで来たら、もういいかな」


 僕は後頭部を殴打された。

 そこから先は、少し記憶が飛ぶ。



「――!?」

 気が付いた時には事の異常さを理解した。

 僕は椅子に着かされて、手足を拘束されている。左腕の静脈には管を通され、隣には点滴がぶら下がる。頭には電極のようなものが付けられ、ワゴンに乗せられたノートパソコンが僕の脳波をリアルタイムに計測する……。

 部屋は密室で廃墟と同じ雰囲気。後付けの電球が頭上に垂れており、配線を辿ると最新式の発電機が全ての電力を賄っていた。僕の座る椅子の目の前にはデスクとチェア、それから二台目のノートパソコンがあり、画面は反射して見られない。


「おはよう少年。目は覚めたかい」


 脳天から降りそそるような女性の声に、視界には映らなかった彼女を知覚する。僕の背後にあの女はいる。殴打された時の印象が蘇る――。


「バイタルの異常が分かりやすいね君」


 そう言われて目を配ると、脳波計が高い数値と動きを見せていた。それを見た僕は嫌悪の表情を浮かべ、いますぐにこれ(電極)を、外せないかと、身悶えるけど、手が動かない!

 僕には何もすることが出来ない!


「まあ、まずはリラックスしよう。これから君を生きたまま解剖するってわけでもないのだし」


 嫌だ。怖い。逃げ出したい。そんなふうに洒落を言われても、冷静になんてなれるわけない。恐怖からパニックになるような僕を見て、彼女は「仕方ないな……」と呆れた声で言う。


「じゃあ、君が気がかりにするいくつかのことを説明してあげるから、その間に君は落ち着くこと。素直に協力してくれるなら、手荒なことはもうしない。どう?」


 僕の背のほうにいた彼女はなにやらガサゴソとしたあと、僕の隣を通り抜けると目の前のデスクチェアに着いた。その姿は電熱ベストの代わりに白衣を纏っているものの――フルフェイスヘルメットを被ったままの、妙な出立ちの女性として。


「これは顔を見られるのが嫌だから」


 ……この女に頭を殴られたんだ。

 顔でも拝めたら恨みたいところなのに、それさえ許されないみたいだった。


 ◆


「いまから行うのは『人体実験』だ」


 足を組んだ彼女がそうやって切り出した。僕の脳波計は面白いように跳ねる。


「私は科学者でね。どうしてもサンプルの数を増やしたいんだが、正規の手続きは時間が掛かる。ので、このような場所を用意している」


 そんな話を聞いて、これは社会の闇の部分ではないのかと、冷や汗を垂らす自分がいた。

 関わってはいけない人種と関わってしまったのだと、自覚と共に後悔した。


「ところで君は、超常現象の実在性をどう捉えている?」


 ……質問の意図が分からなかったが、慎重に僕は言葉を選ぶ。

 嘘は付かず、それでいて、なるべく穏便に済みそうな答えを言わないといけない気がした。


「この目で見るまで、疑います。……でも、あるんじゃないですか」

「じゃあ、信じる余地はあるんだ?」

「……世界の何処かでは、それくらい」


 しばらく、沈黙になっていた。

 彼女の様子を窺っていると、満足したように一度頷いたあと、声色が元の明るさに戻る。そのことに僕はひどく安堵する。


「柔軟な態度は嫌いじゃないよ。固定観念なんて価値のない紙幣に等しいからね」


 それは、どういう意味だろう、と考える間に、「こんな話がある」――彼女が繋げる。


「ざっと一億人に一人。世界総人口のうち八十人ほどの割合で、異能を持つ赤子は誕生する」


 言葉を噛み砕くのに時間が掛かった。


「複数の症例があってね。アフリカ、とある赤ん坊は助産師の前でサイコキネシスを使用した。電球は割れ家具は浮かび上がり金属製のものは湾曲したという。相当、高度な力だったんだけど、恐れた助産師が咄嗟に絞殺。これは一昨年の二月にあった、一番新しい症例」


 二千二十年にそんなニュースはない。


「そこから十四年遡ると、イングランドで新生児室にいた赤子の一人が身体発火現象によって跡形もなく燃え尽きた事件も。幸いにも燃え広がらなかったけど、焼け焦げたベッドが確認され、回収もされている」


 そんな話は一度も話題にならない。


「非常に癖の強いものだと、物質置換で偶然にも『たった十五グラムの珊瑚』と入れ替わってしまった子がいてね。当初は意図的な誘拐だと思われたが、珊瑚を分析してその海域を捜索したところ発見されたんだ。三年越しに。結果はご想像の通り」


「――っ、そんな、話、聞いたことない……」


「もちろん表沙汰にはならない。裏会が上手く手を回しているよ。どれだけ人類進歩の為であろうが抗議をされたら研究は止まる。私たちはそれを望まないから、隠蔽して秘密裏に『理解』を進める」


 この話が嘘か本当なのかも僕には分からない話だ。世の中に対して理解が薄いから? いや、これは知見の問題じゃない。誰だってこれは信じない。

 だけど、彼女は饒舌に語る。


「そのなかで一つ分かることがある。一億人に一人の逸材はいずれも幼いうちに自壊する。でもそれが異能力者の全てとは思えない。確認されている症例は一部の目立ちやすい現象だけであり、実際はもっと、超常現象を扱える人間は潜在的に多いはずだ」


 彼女はピンと指先を立てると、次に例題を一つ挙げるごとにその本数を増やしていった。


「それは、『霊感がある』と実体験で語る。不自然に偶然が重なることがある。今朝と物の位置が変わっている気がする。初めて来た場所にデジャヴを感じる。予知に似た正夢を見る……。これらも当人の無意識によって引き起こされている超常現象、認知の話だと考えていてね」


 五本立てられた指先を、最後にぐっと握り締めて言う。

 そのどれもは、パッと思い当たるほど僕の人生にあったものではなかったけど、先ほどよりも身近な感覚に寄せられた話に僕はすっと身構える。


「もちろん、そのミニマムな体験を異能力と表すには語弊があるが、ようは『八十人だけなんてつまらない』と私は感じているわけだ」


 立ち上がる彼女に見下ろされ、僕は見上げる。


「よって、後天性の異能力研究。私は異能力者にあって非異能力者に足りないものを見つけ、それを人工的に開発し、投与することで、非異能力者の覚醒を目指す実験に日々取り組んでいる」


 そんなことって本当にあるのか。分からない。分からないけど、僕にはどうすることもできない。

 ……彼女が何者か、分かった気がする。


「君はその被験体になったんだ」


 この人は、マッドサイエンティストなんだ。


 ◆


 抵抗せず僕は指示に従う。背もたれが傾く。緊張する。

 目元には布が宛てがわれて、彼女は僕にリラックスするよう求めた。

 襟元を緩め、首筋を差し出すように頭を傾ける。彼女のひんやりとした指先が僕の動脈を見定めるように撫で、いまにも心臓が抜け落ちてしまそうな気分だった。

 いますぐにでも、やめたかった。


「いまさら生きたいと思ったわけじゃないよね」


 そんな僕の心を見透かすかのように、彼女が釘を刺してくる。僕にはもはや否定も肯定も出来ない。

 素直に怖いし、素直に嫌だ。僕の人生で三番目くらいに嫌な時間が流れている。

 地獄のような時間を過ごす。

 だけど、逃げられるわけがないし、僕にはもうどうしようもない。命乞い出来る心境でもなくて、でも死ねるんだったらなんでもいい。とはいまとなっては思えなくて。

 なんかもう、よく分からなかった。自分の前にどんな選択肢があるかも分からない。


 僕はぎゅっと握り拳を作った。

 食い込ませた爪による痛覚が、僕による僕への自責としてあった。


「……仮に、適合すれば君は生きるよ。もし失敗したとしても、君の献身はサンプルとして非常に私の役に立つ。それはただ無意味に死ぬよりも、ずっといいことだと思わない?」


 それは、慰めなのだろうか。くぐもらずに聴こえる彼女の言葉は、不思議と嫌な印象もない。

 もしかしたら初対面の時の、自殺願望に対する共感は本物だったのかもしれない。

 そんなことを連想するくらいには、彼女なりの心を感じる言葉にも思えた。

 だから、僕は何も言えなかった。


「それでは始める。期待してるよ」


 ずぶりと注射器のようなものが突き立てられる。

 目が覚めるような痛みのあと、流し込まれて全身に巡る、得体の知れない何かをイメージする。

 投与後、時間が経過するにつれ、異常な体験を僕は味わう。

 ――熱い。――痛い。堪えられない。汗が噴き出る。身悶えする。脳が揺れている。ぐわんぐわんと。吐き気がしてくる。気持ち悪い。

 どうにかなってしまいそうだ。


「堪えて」

 無理だと苛ついた。


 様子がおかしい自覚がある。この実験を受けた場合の症状は何一つ聞いていないのに、あまりの吐き気に『これは異常だ』と訴えたくなる。これは地獄だ。

 椅子に抑え付けられたまま、僕は全身を痙攣とさせる。

 そのなかで目元を覆う布がはらりと落ちた。視界が広がり、彼女の顔が見えた。目が合ったような気がしたけど、同時に僕の目はぐるんと不確かに回り、だんだん、思考も、ままならなくなり……いしきが、とぉく、な……ぁ、て……ぃって……。



「………ダメだったか……」


 人は、皆、死んだとき、聴覚が最後まで残るという。

 僕の耳に残ったのは、落胆した彼女のその一言だった。


 ――――――。

 ―――――。

 ――――。

 ―――。

 ――。


 ◇


「……――少年!!」


 聞いた覚えのある声と、聞いたことのある言葉。車が走る音、風が通る音、見覚えのある景色の前で、僕はハッとして目を覚ました。


「え……?」


 理解が出来なかった。

 なんだ……? 僕は、生きている……?

 いったい何が起きている??

 混乱する。どうして。分からない。なんで。

 だって、これは『おかしい』ことだ。

 いままでが夢だとは思えないし、この状況が夢だとも思えない。

 目眩を覚えるようだった。


 午後十一時。幹線道路の上。肌寒さを覚える陸橋の真中で、僕は彼女の声を聞いている。


「私が有効活用してやるよ!!」


 ――ただ、逃げるならいまだと僕は思った。





(第一話 ユー・アー・〝リピーター〟 了


    次→ 第二話 ループ・エンカウント ▼)

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