第5話 僕と意外な再会


「では、改めて模擬戦を続けていこう。

 と、その前に……アリエス先生」

「はい」


コーディス先生の声掛けと共に受付のお姉さん……アリエス先生が歩いてくる。

一体なんだろう?

僕らの疑問をよそにアリエス先生はある所へと向かっていく。

そこは、先程の戦いで気絶した大柄生徒が倒れている場所だった。


石の詰め込まれた腕で思いっきりぶん殴られた脇腹や顔面には酷いアザが出来ており中々に惨い有り様だった……

アリエス先生はその生徒の前に座り、アザの箇所に手を当てた。

そして―――


「《ハイ・ラピッド・リカバリー》」


その『魔法名』を唱えると共に大柄生徒の身体が温かな光に包まれ――

次の瞬間には先程の怪我が完全に消え去っていた!


「う……うう……」

「あ、あまり無理はしないでね。

 怪我は治ったけど、少しの間身体が怠く感じると思うから」


気絶からも目が覚めた生徒は頭を手で押さえながら起き上がった。


今のって………


「アリエス先生は高等回復魔法を扱えるんだ。

 万が一酷い怪我を負った場合でも彼女がいればすぐに全快できる。

 これで君達は心置きなく戦えるだろう。

 とは言っても、くれぐれもやり過ぎはしないようにね」

「こ、高等魔法……!

 それって……!」


僕は思わず上擦った声を上げてしまう。

高等魔法が使える『魔法師』……

それはつまり……!


「ああ、アリエス先生は『上級魔法師』だ

 彼女は回復魔法、解析魔法、探知魔法。

 あらゆる補助魔法を極めた世界最高峰の『魔法師』の1人だよ」

「そんな大げさなものでもありませんよ。

 戦闘系魔法の才能はからっきしですし」


ひええ……『上級魔法師』と言えば世界に100人もいないと言われている『魔法師』の中のスーパーエリート……!

『勇者』が現れるまで紛れもなくこの世界における最大級の栄誉とされており、その称号を手に入れるだけで七代先まで安泰と言われる程の富を得ることが出来るとか……!


「それ程驚くようなことでもありませんわよ。

 仮にもここは王国直轄の教育機関ですのよ?

 当然、その構成員には超一流があてがわれるに決まっておりましょうに」


アリスリーチェさんが肩をすくめて呆れたような声を掛ける。

次世代の『勇者』を生み出すための学園……今更ながらにその存在意義の重大さを実感してしまった。


「ちなみに彼女の『魔力値』は『35000』だ

 どれだけ怪我人が出ようと少なくとも本日分くらいは問題ないだろう」

「怪我の度合いにもよりますのであまり過信はしないでくださいね」


「……………」

もう言葉もありません…………


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「きゅるるるーーっ!」

「ぐあっ!くそおおっ!!」


その後も昨日のリベンジマッチをキュルルへ挑む生徒が続出した。

だけど、未だに勝利を収めた者は出てこない。

先程の試合でキュルルが体内に石を詰めることが出来るのは周知となったが、それはただ単に拳打や蹴りの威力が増すというだけに留まらず、体内で『重り』を流動させることで本来ならあり得ない重心移動まで可能にさせていたのだ。

腕に覚えのある生徒達もその見たこともない動きに対応できず、誰もが一方的な試合運びをされてしまっていたのだった……


「まあ、その特性を抜きにしましても単純な動体視力や反射神経、戦闘センスは並の人間の兵士を凌駕しておりますわね」


アリスリーチェさんがキュルルの試合を何度か観戦している内にそんなことを言ってきた。


「あの程度では『魔王』などという呼び名は流石に大げさかと思いますが、少なくとも魔法抜きにしてもこの学園における最上位の実力の持ち主であることは間違いなさそうですわね」

「キュルル……本当に強くなったんだなぁ………

 まさかここまで水をあけられちゃってたなんて……」


5年前、僕と一緒に場違いな戦場で共に震えていたスライム……

あの子はきっと強くなる、と信じてはいたけど……

ここまでの成長を遂げているなんて想定外もいいとこだった。

どうしても今の自分の現状と比べて、そのギャップに目を背けたくなってしまう……


果たして、この僕に『あの日の決着をつける』なんて言える資格があるのだろうか……


「また情けないお顔をされておりますのね」

「えっ?」


アリスリーチェさんがこちらを見ず、ティーカップに口を付けながら言った。


「ここで絶対に『勇者』になる。

 わたくしの前ではっきり言葉にしておきながら何を憂いているのか……

 貴方の言葉は、信念は、誓いとやらはそんなにも軽いものなのですか?」

「――っ!!

 ………………………」


―――パンッ!!


僕は両手で顔を叩き、さっきまでの弱気な思考を追い出した。

そうだった。

僕はこの学園で強くなる。

そして、『勇者』になる!

あの子が強くなったのなら……僕も強くなればいいだけだ!!


「すみませんでした、アリスリーチェさん。

 そして、ありがとうございます」

「別に貴方や、ましてやあのスライムの為ではありませんわ

 わたくしも『貴方には負けない』と誓いを立てたのをお忘れですの?

 このわたくしにそれだけのことを言わせておいて、情けない姿を見せるのは許さないというだけのことですわ」


そう、僕にはもう一人、誓いを立てた相手がいるのだった。

こんな所で落ち込んでなんていられないんだ!


「おーーいガキども!

 そろそろ他の模擬戦も始めんぞ!

 一組ずつチンタラやってたら時間がいくつあっても足んねーからな!」


と、僕が改めて意気込んでいると男の人の声が聞こえて来た。

コーディス先生とは違う、野太い力強い声だ。


あれ?この声いつだか聞いたことがあるような……


僕はその声の方向へと目を向ける。

そこに居たのは―――


「あっ!!野営地のおじさん!!」


そう、忘れもしない5年前、あの子と出会うことになった戦場……

その野営地で僕と話をしたあのおじさんだった!

僕はその人に向かって走り出した。


「あ、あのっ!おじさん!!」

「なんだぁ?

 ん?お前……どっかで見た気が……

 あっ!もしかして、5年前のガキか!」

「はっ、はいっ!そうです!!」


覚えててくれたんだ!

まさかこの学園で顔見知りに会えるなんて!

僕は思わず顔をほころばせていた。


「お知り合いですの?」

「昨日お話した僕が5年前に忍び込んだ野営地に居たおじさんです!

 まさか勇者学園に居るなんて思いもしませんでしたよ!」

「こっちこそ、まさかあのチンチクリンのガキがこんな所にいるなんてなぁ。

 それよりも、ここでは俺は『先生』だぞ。おじさんじゃねぇ。

 俺の名前はダクト=コンダクトだ。

 ちゃんと『ダクト先生』って呼べ」

「あっ、はい!すいません!ダクト先生!」


今更ながら、そういえば僕この人の名前も碌に知らなかったんだった……


「この勇者学園におられる、ということはダクト先生もアリエス先生と同様、大変優秀な功績をお持ちの方ということですのね」

「そういえば、5年前はこの大陸南東部最大の最前線を任されていた人でしたもんね……

 考えるまでもなく凄い人だったんだ……」

「ま、あの『上級魔法師』様と比べられちゃあ立つ瀬がねぇがな」


野営地のおじさん……ダクト先生は頭をポリポリ掻きながら呟いた。


「それにしても……僕のことを覚えていてくれたんですね。

 ほんのちょっとお話しただけだったのに」

「まあ、オメェと会った時のが『ヴァール大戦』最後の戦闘だったしな。

 印象に残ってたんだよ。

 あの戦闘自体も、普段とはなんか違ってたのも相まってなぁ」

「?」


戦闘が、なんか違ってた?


「それよりも、オメェもそろそろ模擬戦始まるぞ。

 流石にあん頃より戦えるようにはなってんだろ?

 精々期待してるぜ!」

「えっ……あっ……はい……」


………まあ、あん頃よりは……ね………


ダクト先生は手に持っていた紙の束をパラパラと見始めた。

どうやらそこに生徒の情報や本日の予定などが記されているようだ。


「えっと、名前は『フィル』だったよな。

 特に生徒同士で希望が無かった場合の模擬戦の組み合わせで、オメェの名前はと……

 お、あった」

「――っ!」


僕の模擬戦の相手……それは一体……!?


「んー、なんか長ったらしい名前だな……

 えーと、『アリスリーチェ=マーガレット……』」

「えっ」

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