第10話 僕と貴女と魔法師の素質


「《エミッション・フレイム》!!」

―――ボッ!

「うおおお!出た!今一瞬出た!!!」

「よっしゃあ!!次は俺だ!!」


「《エミッション・ウィンド》!!」

―――ブワァ!

「キャッ!ちょっと!結構強くない!?」

「私、実は魔法についてちょっと学んでたのよね。

 ある程度コツ掴んでるから威力上がってんのかも」


「《エミッション・アイス》!!

 ……あれ、出ねぇ……」

「お前それただ叫んでるだけだろ。

 ちゃんとイメージしねぇと駄目なんだって」


入学挨拶が終わり、日が暮れるまでの自由時間。

街に戻る人や、一足先に部屋に行く人などもちらほらといたが、やはり大多数の入学者達は例の『魔導書』の魔法を試してみている。


初めて魔法を使う者、既に魔法を知っている者、なかなかコツが掴めない者など様々だ。


そんな中……


「うーーーん………」


僕は魔法を試すのをどうにも尻込みしていた……

やはり、どうしても僕の『魔力値』のことが気になってしまう……


用紙に書かれている魔法は

《エミッション・フレイム》

《エミッション・アクア》

《エミッション・ウィンド》

《エミッション・アイス》の四つ。

それぞれ火、水、風、氷を指先から発生させる魔法だ。

その魔法によって消費される魔力の量もキチンと記されている。

勇者様が言っていた通りかなり低威力な魔法なので消費魔力も相応に少ないのだが……


その量は『50』……


一般的な『魔力値』の範囲内であれば何も気にすることのない量だろう……

だが……『100』という僕の数値からすればたった2回で尽きてしまう量だ……


いや、そもそも普通の生命活動で『200』から『300』消費するはずなのに何故生きていられるのか、というのが僕の状態なので果たして気にする必要があるのかも分からないのだけど……


と、僕が中々踏ん切りがつかずにいると―――


「やれやれ、まるで玩具を与えられた幼児ですわね」


む?この先程耳にした覚えのある尊大極まりない声は……


「アリスリーチェさん!」

「貴方今失礼なことお考えでしたでしょう」


うぐおっ!鋭い!


予想通り、そこにいたのは入学挨拶前に見た時と同じ、豪勢な椅子に座りながらティーカップを片手に持つアリスリーチェさんだった。

お付きの人達3人もあの時と全く変わりなく彼女の近くに立っている。


「そ、それはともかくアリスリーチェさん達は一体何を……?」

「別に、特に何をするでもなかったのですが……

 折角ですのでこのわたくしが究極至高の『勇者』になるにあたり、その座を争うことになるであろう皆々様の実力でも見ておこうかと思っただけですわ」


その座を争う……別に『勇者』は1人しかなれない、などということはないのだが彼女はただの『勇者』ではなく初代勇者をも超える『勇者』を標榜している。

そんな彼女にとっては『勇者』を目指す他の入学者達は皆超えるべきライバルなのだろう。


「しかしまあ、なんとも想像以上にレベルが低いことこの上ないですわね」

「ははは……」


アリスリーチェさんは肩をすくめティーカップを口に付ける。

なんというかブレないなこの人は……


「そういやアリスリーチェさんはあの『魔導書』の魔法を試してみたりは……」


と、言ってから僕は気付く。

そうだった、この人も僕程じゃないけどかなり危険域の『魔力値』だった……

勢いよく立ち上がっただけで倒れてしまうような人に『50』もの魔力消費量の魔法は余りにも……


「ま、このような児戯にも等しい魔法、浮かれ騒ぐ程でもないのでしょうけど……

 折角ですので貴方にはわたくしの実力をお見せして差し上げますわ。

 光栄に思いなさいな」

「えっ、ちょっと!?」


驚く僕をよそにアリスリーチェさんは用紙を左手に掴み、右手人差し指を自身の顔の前へと立てる。

いやいやいや!絶対危険でしょ!!

僕は慌てて近くのお付きの人へ声をかけた。


「あ、あのちょっと!あれ止めた方が―――」

「黙って見ていろ」


僕が話しかけた褐色肌のお付きの人は僕の言葉などまるで意に介さなかった。

他の2人のお付きの人も同じくだ。

先程はアリスリーチェさんが倒れてしまう事態にとんでもなく慌てていたというのに一体何故――?


そんな疑問を浮かべているうちに―――


「《エミッション・フレイム》」


アリスリーチェさんは『魔法名』を唱えてしまった。

僕が「うわわわわ!」と焦って彼女の方を見ると―――


「えっ!?」


その光景に、僕は自分の目を疑った。


――――ボォォォ……………


彼女の人差し指から………『炎の蝶』が生まれていたのだ。


「えっ、な、なにアレ!?」


僕の周りの人達がやっているのを何度か見たが《エミッション・フレイム》は小規模な炎を発生させる、ただそれだけの魔法のはずだ。

元々素質を持っていたり、コツの掴み方しだいで多少の威力の増減はあるようだったが、こんなふうに炎で何かを形作ることなんて……


僕が目をぱちくりさせて見ていると、アリスリーチェさんはふっ…、と笑い、その指をクルリと回した。

すると炎の蝶は指先から飛び出し――

僕の目の前を横切った!

「わっ!」

僕は思わずのけぞり、その炎の蝶を目で追う。

よく見ると炎の蝶の下部からは非常に細い炎の線が走っており、それはアリスリーチェさんの人差し指へと繋がっていた。

炎の蝶はそのまま他の入学者達の前を横切っていき、

「うわっ!なんだ!?」

「きゃっ!なになに!?」

と入学者達の慌てふためく声が聞こえてくる。

そうしてしばらく飛び回っていた炎の蝶は、再びアリスリーチェさんの指先へと舞い戻る……

僕がそれを啞然とした様子で見ていると……


「魔法を使う上で必要なのは魔力、イメージ力、そしてそれらを混ぜ合わせ、形成する力……」


褐色肌のお付きの人が僕へと語りかけてきた。


「魔力……これは個々人によって持つ量が変わり、一般的にはこれが多ければ多いほど『魔法師』の素質があると言われている。

 アリスリーチェ様は、誠においたわしいことに『魔力値』が極端に低い体質にお生まれになられた……」


お付きの人は苦虫を噛み潰したような表情で言葉を発していた。

口惜しさがにじみ出ているようだ……


「だが、魔法を扱う上で真に重要視されるべきは後の2つ、すなわちイメージ力と形成力の方だ。

 具体的な魔法の威力、効果範囲、発生速度……それらを完璧にイメージし、体内で魔力と配合させ、形成する感覚………

 アリスリーチェ様はこの2つの力に関して常人を遥かに卓越したものをお持ちになられているのだ」

「!!」


「これは一朝一夕の訓練で身に付くようなものではない。

 持って生まれた才覚……そしてそれをたゆまぬ努力で極限にまで研磨した末に至れる『魔法師』の極致だ。

 この力をもってすれば、見ての通り本来はただ指先から放出することしか出来ないはずの炎に詳細な造形を与え、自由自在に操ることさえ可能となるのだ」

「す、凄い……!」


本当に凄い……!

アリスリーチェさんにこんな凄い力が………!

初代勇者を超える『勇者』……それは、決して大言壮語じゃなかったんだ……!!


「ふふ……いかがいたしまして?フィールさん」


アリスリーチェさんが指先で炎の蝶の羽根をはためかせながら僕へ目配せする。


「す、凄いです!!

 もうなんていうか、凄いとしか言えません!!」

「ふふふ………!

 まぁこの程度、わたくしにとっては造作もないことですわね……!」


アリスリーチェさんは僕の賞賛の言葉にとても上機嫌だ。

そんな心情にシンクロしているかのように炎の蝶はより素早くはためいている。


「凄いです!!もうホントに凄いです!!

 尊敬します!!!」

「うふふふふ……!そうでしょう、そうでしょう……!!

 至極当然のことですわぁ……!!」


「もう滅茶苦茶凄いです!!見直しました!!

 アリスリーチェさんはただの残念美人じゃ無かったんですね!!」

「そうでしょう!そうでしょ………

 って誰が残念美人――――!!!!」

―――ボウッッッッッ!!!!!!


「「「あっ」」」


「――――――」

「うわっ!?急に炎が!?

 ってあれ?アリスリーチェさん……?」


いきなり指先の炎の蝶が巨大な炎の塊となって燃え上がった。

そしてアリスリーチェさんはビタッ!と止まると……


あれ?なんかデジャブ?


――――ふらぁ~……ガタァン!


今度は椅子ごと真横に倒れた………


「アっ、アリスリーチェ様ああああああ!!!!」

「ああ、なんて無茶を……!!

 あんなにも魔力を放出してしまうなんて……!!」

「きっ、貴様ぁっ!!

 よくもこのようなことをっ!!!

 このお方の魔法制御にはとても繊細な調整が必要で、精神が乱れると押さえつけていた魔力が一気に放出してしまうのだぞ!!!」

「なんかもう見てて滅茶苦茶不安になる『勇者』なんですけど!!??」


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「ふ、ふふふ……コヒュー……

 しょ、少々……コヒュー……

 取り乱し……コヒュー……」

「ア、アリスリーチェ様……

 あまり喋られないように……

 まずは高濃度魔力素吸入器でゆっくり深呼吸をしてください……」


アリスリーチェさんは椅子に座り直し、なんか大きな箱みたいなものと管で繋がっているマスクを顔にかけている……

いやアレ一体どっから出したんだ?


「おい……アリスリーチェ様にここまでのことをしてくれたんだ……

 貴様もその魔法を使って見せるんだろうな………?」


お付きの人達がものすんごい目つきで僕を睨みつける……

何処となく理不尽な気がしないでもないが、僕自身も負い目は少し感じているので特に反論はしなかった……


「わ、わかりました……

 やってみます……!」


僕はすぅー、はぁー、と深呼吸をして気持ちを落ち着かせる……

まだ不安はあるけど……1回くらいは多分大丈夫なはず!

よし!やるぞ!


「《エミッション―――」


僕が魔法名を口にしようとした、その時―――


―――グオォォォーーーーーーン!!

―――グオォォォーーーーーーン!!

―――グオォォォーーーーーーン!!


「うああああっ!!なっ!なにっ!?」


耳がおかしくなりそうな程の、とんでもない音量の鐘の音が響き渡った!


「こ、これは……!

 『超』緊急警報……!?」


少し離れた場所にいる受付のお姉さんが耳を抑えながら、驚愕と焦燥が入り混じった表情で呟いた。


そして、その直後―――






「ブ…………!!

 ブラックネス・ドラゴンだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」






誰かが発した、恐怖と絶望の叫びがこだました。

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