第16話 虎太郎Side⑦ デート
★★★虎太郎Side★★★
週末の昼下がり。
俺にしては珍しく休日に家を出て、最寄り駅前のショッピングモールまでやってきていた。
もちろん凛と約束したからだが、しかしそれ以上ではない。
あくまで仲の良い友人と買い物に行くだけ。
あやかが好きなことを再確認した俺が、再び流されて変な空気になるはずもない。
そうだろう?
リュックの中に手を伸ばし、先日も俺を過ちから救ってくれたあやかのマグカップをやさしく撫でる。
お守りの効果か心が少し落ち着いた気がする。
傍にある時計台を見やれば、時刻は待ち合わせの三十分前を指していた。
ちょっと早く着いたかな。
そう思って近くのベンチに腰掛けたところで、タイミングよく目の前にスッと影が差した。
「ご、ごめん、待った?」
「いや。いま来たところ――」
顔を上げて、固まる。
めちゃくちゃかわいい子がいた。
「虎太郎くん?」
「あ、いや、なんでもない」
「わたし……どこか変だった?」
「そ、そんなことない! 全然変じゃない……その、似合ってるよ。すごく」
「ほんとにっ!? う、うれしいなっ」
ドギマギして声が上擦る情けない俺だったが、凛は花が咲いたように笑って喜んだ。
なんというか全部かわいい。
とにかくかわいい。
かわいい(語彙力)。
淡いピンクをベースとした服装は女の子らしい柔らかいシルエットを作り、一方で短い黒色のスカートの奥にはほどよく肉がついてむちっとした太ももが顔を覗かせている。
後ろ髪を髪留めでまとめてアップにしているため、普段見えないうなじが見えている。
うっすらと化粧をしているのか全体的に色っぽい印象で、リップで潤んだ唇の破壊力がすさまじい。
格好からしても、まるであやかがいるような錯覚を受ける。
外行きに着飾った凛は大通りを歩く誰よりも眩しく輝いていた。
「本当に似合ってるよ」
「えへへ。そんな何回も言われると恥ずかしいよ。虎太郎くんも今日はおしゃれだね」
「断じておしゃれではないぞ」
ちなみに俺のコーディネートは某格安チェーンの量産品で、シンプルな無地の服。いつもあやかに中二ファッションと馬鹿にされていたから、これでも少しはマシなものを選んだはずなのだが、こうして並ぶと浮いているなと改めて思う。
実際、周囲からは「隣にいる男はなに?」とでも言いたげな視線が突き刺さっている。逃げたい。
「ワックスもつけてるんだね」
「あー、まあな……」
普段髪のセットなんてしないくせに、格好つけていると思われただろうか。
ただ、俺は凛にいいところを見せたくてやったわけじゃない。
どちらかというと、俺みたいなみすぼらしい男と歩いていて凛が笑われないようにという情けない配慮のつもりだったのだが……。
「虎太郎くん、恰好いい」
「いや盛大に失敗してるから……」
さっきから前髪や襟足を指でねじってちょいちょい直しているが、ワックスのつけすぎて何回やってもべっとりと垂れていた。
久しぶりに使ったワックスが固まっていたせいだ。くそっ、これならなにもしない方が良かった。
「ふぅ……やっぱり今日は暑いね」
「暑かったらコート脱いでもいいんじゃないか? 持つよ」
「こ、これはおしゃれだから。それに……中は結構薄着だから、それで歩くのはちょっと恥ずかしいというか」
そういってちらっとめくる。
肩や鎖骨が大胆に露出したオフショルダーのインナーで、凛の身体的な特徴を一層際立たせることは容易に想像できた。
「す、すまん」
「ぜ、全然大丈夫っ」
そして気まずい空気が流れだす。
まだ会って数分で大丈夫か俺。
「さ、さて、どこに行こうか?」
誤魔化すように大きな身振り手振りを交えて話を切り返していく。
「うん。いくつか考えてきたんだけど」
と言って凛はメモ帳を取り出した。几帳面な彼女はどうやら行き当たりばったりではなくきちんとプランを立ててくれたらしい。
かわいい丸文字で書かれたメモには箇条書きでお店の名前が並んでいた。
とてもありがたい。あやかと出かけるときは毎回行き当たりばったりなので新鮮に感じる。
「わたし、服のレパートリーがなさすぎることに気づきまして……いくつか冬物の服を見たいかなって」
「いいんじゃないかな」
一瞬、「あれ、買い出しは?」と思ったが口にはしなかった。
まあせっかく来たのだからゆっくり見て回りたいだろう。俺も今日一日空けておくと言っているしな。
「でもわたしお店については詳しくないから、無難に人気のアパレルショップあたり見て回るくらいしか考えてなくて……逆に虎太郎くんのほうがお店詳しかったりする?」
「そうだな…………服屋ならおすすめの店を知ってるから、とりあえずそこ行ってみるか?」
「うんっ!」
凛は履きなれていないだろう短いスカートのすそを気にするような仕草を見せながらも、とてとてと小走りで横に並んだ。
凛と二人で歩くときの最適な距離感が分からなくて、お互い意識しすぎてついて離れてを繰り返しながら、俺はせめていつもより小さな歩幅を心掛けて歩く。
傍から見たらデートに見えるのかなとか、そんなことばかり頭に浮かんでいた。
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