第22話 雪野ちゃんは知りたい。


 根津神社の境内にある乙女稲荷神社。

 女性の参拝客に大人気の恋愛成就スポットとして有名らしい。


 本殿に向かって何個も連なる鳥居の下をくぐり、雪野と一緒に石畳の上を歩く。

 普段の自分時間では、こんなスピリチュアルな場所には来ない(特に恋愛のパワースポットは)。

 だからとても新鮮な感じがするし、俺もざっくりとした情報しか知らなかったから実際にここに来るとイメージと違ったりもする。


 この何個も連なる鳥居だって、これほどまでに色が鮮やかだとは知らなかったし、数もこんなにたくさんあるだなんて知らなかった。


「ここは、恋愛成就の神社、なんだよね?」

「あ、ああ」

「恋愛成就……」

「ん?」


 雪野は急に足を止めると、その場でモジモジしだす。

 なんだなんだ? お花摘みタイムか?


「温森くんは……す……好きな子とか、いる?」


 す、好きな子って……。

 急に浮ついた話を始める雪野。

 まぁ、こんな所に来たらそんな話にもなるか。


「好きな子かぁ……」

「い、いるの?」

「逆にいると思うか? こんな冴えない見た目の男子に」

「で、でも、温森くんって……色んなお出かけスポット知ってるから、わたしの知らないところで彼女さんとデートしたり」

「ないない、俺は彼女とかいないし」

「……そう、なの?」

「当たり前だ。言っとくけど俺はクラスでも友達ほぼいないし、普段は一人でいる事の方が多いぞ? そんなヤツに彼女なんかいるわけないだろ」


 この際だから俺は全てを赤裸々に話した。

 雪野は教室にいる時の俺を知らないもんな……。

 雪野といる時は、雪野が口下手な分、俺は比較的よく喋るので雪野からしたらお喋りに見えるのだろう。


「温森くんが一人で……? 嘘じゃない?」

「どうして疑うんだ? 雪野が知ってる俺が全てだよ」

「わたしの知ってる温森くんが……全て」


 雪野はボソッとその言葉を反芻する。


「雪野こそどうなんだ? 保健室には怪我した運動部員とかよく来るし、意外と好きな男子とかいるんじゃないのか?」

「……い、いない。わたしは……誰も好きにならないって決めてる」


 浮ついた話を始めたのは自分のくせに、その割には冷めた回答するなぁ……。


「どうして好きにならないんだ?」

「……わたしは病気のせいですぐ寝ちゃうし、もし仮に好きになった人と付き合えても、絶対に迷惑かける。誰かに迷惑をかけるのは……辛い。それが好きな人なら、なおさら」


 雪野が恋をしないのは彼女の優しさゆえの理由みたいだった。

 好きな人に迷惑をかける……か。

 俺はナルコレプシーではないから、雪野の気持ちを100%理解してあげることはできない。

 でも病気を抱えるってことは、それだけ自分以上に他人に対して気を配るようになってしまうのだろうか。


「ならさ、その病気のことをしっかり理解してくれる人にいつか出会えると良いな。そのためにもちゃんとここでお祈りして行こう」

「…………」

「雪野?」

「り、理解……してくれてる人なら、いる」


 雪野はクイっと俺の制服の袖を引っ張って来た。


「あ、ああ、もしかして俺? そりゃ俺は雪野の病気のことを先生からよく聞いてるし、対処についてはお母さんから教えてもらってるが……まぁ俺はイレギュラーっていうか、例外だな」


 俺が半笑いで言うと、雪野は思いっきり両頬を膨らませて俺の背中をボコボコ殴り始めた。


「……むぅ」

「な、なんだよ雪野!」

「なんとなく」

「なんとなくって……俺、なんか気に触ること言ったか!?」

「言ってないけどなんとなく」

「だからなんとなくってなんだよ!」


 その後、雪野は乙女稲荷神社の本殿に来てもずっと俺のことを睨みつけて来た。

 ったく、なんだよ……っ!

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