第18話 キミの隣で


 焦った様子の運動部員の女子。

 俺と佐野先生は顔を見合わせてすぐに彼女に駆け寄る。

 

「雪野がどうしたの!?」


 佐野先生は顔面蒼白になりながら彼女に問いかける。

 すると運動部員の女子は呼吸を荒くしながらも話を続けた。


「え、えっと……! そこのトイレの前で座り込んでたから『大丈夫?』って声かけたんだけど返事がなくて!」


 それを聞いた瞬間、俺は反射的に保健室を飛び出していた。

 きっと雪野はナルコレプシーで眠ってしまったんだ。


「雪野……っ」


 俺がトイレの前に着くと、その入り口付近には以前のように座りながら眠る雪野の姿があった。

 まるでお花畑に座るお姫様のように、女の子座りでスカートを広げながら廊下に座り込んでいる雪野。

 幸いにも周りには誰もいなかった。


 さっきの運動部員みたいに驚かれて大事にされたら大変だからな……。


「んん……」


 雪野は眠たそうにしながら重たい瞼をゆっくり開く。


「雪野、起きたか」

「……温森、くん?」


 雪野は目を擦りながらゆらゆらと立ち上がる。


「雪野ー! 大丈夫ー!?」


 佐野先生は爆乳を縦に揺らしながら駆け足で来た。


「佐野先生、ごめんなさい。またわたし、寝ちゃって」

「こっちこそごめんね、戻るのが遅いのは感じてたけど、様子を見に行けなくて」


 佐野先生は優しく雪野の頭を撫でながら申し訳なさそうに言う。

 雪野のことになると大人の顔するんだよなぁ、この人。


「温森くんも、ごめんね?」

「別に気にするなよ雪野。無事なら何よりだ」

「……うん」


 まだ落ち込み気味の雪野。

 どうしても迷惑をかけちゃったという気持ちは拭えないようだ。


「そういえば前にトイレの前で寝ちゃった時も

 ちょうどこの時間だったよな? もしかして時間的な規則性があったり?」

「それはないよ温森。雪野の症状は不規則なものだ」

「先生、少し違う。おトイレした後はね……ちょっと気持ち良くて、眠たくなる」


 雪野は照れ顔になりながら言う。


「お、おい雪野! そういうのは俺の前で言うなって!」

「そうだよ雪野。あんまり温森の前でそういうことを言うと、温森が雪野のシーシーしてる場面を妄想しちゃうし」

「しないですから!」

「シーシー? 温森くん、どういうこと?」

「あーもうっ! そんなことより! 保健室で次に二人時間で行く場所を決めよう」


 俺は雪野にそう言って先を歩き出す。


「先生、温森くんが変。わたしが寝たから怒ってるのかな?」

「んー、あれはただの思春期だから大丈夫だよ」


 やっぱこの先生腹立つ……!


 ✳︎✳︎


 保健室に戻って来ると、部屋ではさっき俺たちを呼びに来てくれた運動部の女子がいた。


「あ、天使ちゃん良かったー!」


 陽気な日焼け女子は、雪野に歩み寄るとその綺麗な髪を撫でた。


「あなたは……?」


 事情を知らない雪野は「はて?」と首を傾げる。


「私は陸上部兼バレー部兼サッカー部1年の安達火乃香あだちほのか! よろしくね、天使ちゃん」

「…………っ」


 雪野はささっと俺の背中に隠れてしまう。

 最近俺とはよく話してくれるから忘れてたけど、そういや雪野は人見知りする性格だもんな。


「あらら、私嫌われちゃったのかな」


 安達は苦笑いを浮かべる。

 嫌われてはいないと思うが……まぁ、初対面なら仕方ないな。


「んじゃ天使ちゃんは置いといて、キミは?」

「俺?」


 安達に指を刺されて俺は反応する。


「うん! ネクタイからして1年生だし、C組では見かけない顔だから、BかAの人?」

「俺は1年B組の温森俊太だ」

「温森くん、ね。天使ちゃんとはどんな関係?」

「雪野と温森はデキてるんだよ」


 先生はコーヒーを淹れながらウザったらしく嘘を並べた。

 よくもまぁ次から次へと俺を揶揄う嘘が出るもんだよ。


「きゃーっ! ほんとほんと?」

「ないない」


 俺はすぐに否定して保健室のソファに座る。

 すると背中に隠れていた雪野は俺の隣に座った。


「そっかぁ。じゃ、私は部活に戻るね? またね天使ちゃんっ」

「……うん」


 雪野は恥ずかしそうに頷いて保健室を出ていく安達を見送った。

 雪野の様子を見るに、同級生の女子と話すことはあまりないみたいだ。


「ねえ温森くん……早く次の場所、決めよう?」

「お、おう、そうだな」

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