第6話 入学の条件



「何これ?」


 ボクはゆっくりとそれを拾い上げた。


「鍵……じゃない?」


 玲奈は心当たりがあるような物言いをする。


「鍵?」


「もしかしてお父様が言ってたダンジョンの鍵なんじゃ……!? ほら、やっぱり!」


 彼女はその鍵とやらの裏面を見せてきた。

 そこには数字が書いてあり、


「642?」


「そう、さっきお父様が言ってたダンジョンの内の一つだよ! つまりあと5つでいいってことだね」


「5つ? ボク、もうダンジョン名忘れちゃったんだけど」


「えぇっ!? ちょっとリュウくん……」


「だってあんなに数字を並べられても分かんないよ」


 玲奈は「それもそうか」と何か考えながら視線を上に向けている。


「あっ!」


 そして何か思うところがあったのか、目の前の扉を指差した。


「どうしたの?」


 ボクが首を傾げると、


「扉に数字書いてあるじゃん」


「えっと、642、1081、1550……ホントだ! 父さんの言ってたものと同じ気がする!」


「それに鍵穴もあるし間違いなさそう」


「そっか……じゃあ目的も増えたことだし、さっそく外に行こうっ!」


「うんっ!!」


 ボクの改めた決意に彼女は相応の笑みを浮かべてくれた。

 眩しくて煌びやか、まるでボクの門出を祝福するような。

 それは心からの笑顔だと伝わってくる。

 そしてなんたって……可愛いっ!!


 玲奈と出会って外への好奇心、父の言う守るべき可愛い女の子への興味が湧いていたところ、新たな目的がボクを後押しする。

 それはボクと父の夢、ダンジョン『零』の攻略だ。

 それには残り5つの鍵が必要という。

 父さんがダンジョン642の鍵を持っていたのなら外で暮らしていた、もしくは現在も暮らしているということだ。


 それならばボクの新しい目的はハンターになること、ダンジョンの攻略、そして父さんを探すこと、この3つになる。

 あ、女の子について知ることを含めると4つか。


「……ところで外ってどうやって出るの?」


 単純な疑問であった。

 自分自身このダンジョン以外のことを何も知らない。

 そんな大事なことを忘れていたのだ。


 玲奈は何やら自慢げにポケットから何かを取り出して、


「ふふんっ! これが何か分かるかなっ?」


 意気揚々と見せつけてきた。


「転移結晶?」


 そう聞くと、「その通りっ!」と誇らしげに胸を張る。

 その服越しでも分かる大きな胸は女性らしいボディラインをより強調させ、ボクの男としての本能みたいなものを内側からくすぐってくる。

 ……触ってみたい、なんて思ったが父さんいわく「女性には紳士的であれ。胸と尻は魅力的だが、触れてはいけない禁断の果実なのだ」とのこと。


「どうしたの、リュウくん……?」


「ううん、父さんの言葉を思い出しただけだよ」


「そっか、優しそうなお父様だったものね」


「優しそう? まぁそうだね。それよりその転移結晶、外まで繋がってるの?」


「あ、そうそう」と本題を思い出した玲奈は説明を再開した。


「この転移結晶は、ハンター養成学校の転移門まで繋がってるんだっ! ちょうど私達の目的地。私のパパが理事長をしてるからリュウくんがハンターになれるよう掛け合ってみるね」


 どうやら玲奈のパパはハンター学校の偉い人らしい。

 これなら父さんの言ってたハンターってのにもすぐなれそうだ!


「うんっ! 玲奈、ありがとう」


「どういたしまして!」


 そう言って彼女は手を伸ばしてきた。

 なぜか顔はそっぽ向けているが。


「手?」


「ほ、ほら……どこか触れとかないと転移……」


 あ、そうか。

 今から転移するんだったね。


「じゃあさっきと逆だ! よろしくね!」


 そう言ってボクは彼女の手を握る。

 そんな玲奈の手のひらはほんのりと湿っており、ボクの手が触れるとゆっくり握り返してきた。


 さっきはあまり意識してなかったけど、なんか女の子と手を繋ぐのってソワソワする。

 彼女もそんな心境なのかな。


「て、転移結晶! ハンター養成学校、中庭へっ!」


 そんなことを考えている間に再び景色は変わり始めた。



 ◇



 眩しい……。

 そこにはダンジョンでいう天井がなく、物語でしか見た事のないような透き通る青い空、白い雲、そして照りつける太陽、そんなボクにとって非現実的な空間が広がっていた。


「やっと帰ってきたぁっ!」


 彼女は目の前にある何階層にも分かれているような大きな建物に向かって叫んでいる。


「ここが……学校?」


「そうだよ。地上に出て気になるものはいっぱいあるだろうけど、まずはパパに会いに行こ? ハンターになれないとリュウくんも困るだろうし」


 そうだ、玲奈のパパに会ってハンターにならないと。

 それでダンジョンを攻略して鍵を手に入れるんだ!


 ボクは彼女に手を引かれて、学校へと入っていった。


「あれ!? ダンジョン配信に出てたシルバーじゃね?」


「ほんとだ」


「レナちゃん生きててよかったぁ……」


「シルバー様……実際もカッコイイんだけどっ!」


 中はダンジョンに比べると狭く、小さな空間だ。

 それにしてはたくさん人間がいて、通路を横切っている間、何故だか注目を浴び続けている。

 玲奈はそんな人の波を上手くあしらいながら、通路を進み続けた。


「おお……」


「リュウくん大丈夫!?」


 あまりに人が多くて危うくどこかに流されそうだったところを玲奈がボクの服を掴んでなんとか食い止める。


「玲奈、ありがとう」


 そりゃ無理やりこじ開けることもできただろうけど、敵意のない人ばかりだしなぁ……。


「みんな! きっと聞きたいことも多いだろうけど、私理事長室に行きたいの。諸々はまた今度説明するから今は道を開けて!」


「ごめんよレナちゃん」

「おい、みんなも道開けろ」


 彼女の叫びはしっかり他の人間に届いたらしい。

 皆、協力して進むべき道を開けてくれた。


「みんな、ありがとう!」


 そしてボクは彼女に手を引かれたままその理事長室とやらに到着した。


「入るよ?」


 彼女はごくりと息を呑んだ。

 緊張感がこちらまで伝わってくる感覚。


「うん」


 コンコンッ――


 ボクの返事を聞いた後、玲奈は目の前の扉を手で叩き、ゆっくりとそれを開いた。


「パパ? 入るよ?」


 開けたその先にはさらに狭い空間が広がっていた。

 ワイバーン一体入るかどうかくらいの広さ。

 ……まぁダンジョンに比べたら狭いけど人はこれくらいの場所で暮らすのが普通なのかな?


 そんな空間には2人の男の人。

 1人は父さんくらいの歳くらい? どすんと椅子に腰をかけ、もう1人はボク達に近い歳くらいの男の子、そんな彼はその人のそばで立っている……いや、その人を守るために立ち塞がるという言い方の方が正しいような。


 玲奈の声にまず反応したのは椅子に座っていた男性。

 急にバッと立ち上がり、

 

「玲奈っ! パパすっごい心配したぞ〜」


 パパはそう言って熱い抱擁を交そうとしたところ、迫ってくる大きな体を彼女は手で押え、これ以上の進行を阻止している。


「ちょっと……パパ、分かったから……」


 それでも迫ってくるパパに玲奈は体を大きく後ろに反らす他ないようだ。


「むぅ……つれない娘だなぁ……」


 ようやく進撃は止まったようで、パパはボクに視線を向けてきた。


「ん? もしかして君、シルバーくんじゃ!?」


 突然輝いた視線を送ってきたと思えば、ガシッと両肩を掴んでくる。


「えっと、シルバーじゃなくてリュウ……」


「リュウ? まぁシルバーくんでもどっちでもいい。君が娘を救ってくれた事実は変わらない。本当にありがとう!」


「い、いえいえ」


 掴んでいたボクの肩を離し、次は頭を下げてきた。

 バタバタと忙しい人なんだね。


「パパ、そこでお願いがあるんだけどリュウくんをハンター養成学校に入学させてくれない?」


 感謝の意を示したパパを見て、今かと思ったのか玲奈は本題に話をうつしてくれた。


 すると彼は顎に手を当て、視線を上に向ける。


「うーん入学か。今年はもう定員オーバーなんだ。しかし娘の恩人だし……これで受け入れると、試験に合格できなかったものがなんて言うか……」


「パパッ! そこをなんとかっ!」


 玲奈は両手を合わせ、頭を深く下げる。


「うーん……あ、そうだっ!」


 眉間に皺を寄せていたパパが突然何か思いついたかのようにハッとした顔をして、

 

「うちの護衛ハンター、前田 しんくんと戦って勝ったら入学を認めよう!」


 そう提案してきたのだった。

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