第24話 したくもない話

 大間水産をさんざん食い物にした和辻が、エビス像を一時期なりと飾っているのは、当人が本気だとしたらずいぶんと厚顔無恥な話だ。

 しかし、黒銀町にも独自のエビス伝説がある。

「あのう……私からも、質問していいですか?」

「ええ、もちろん」

 およそ知りたいことは知った。赤楠からの質問にも答えないと、不公平な印象を与えてしまう。この段階で、それは面白くない。

「大間さんがいそうな場所に、心あたりはありますか?」

「なくはありませんが、確証はまだです」

「それでもかまいません。教えてください」

 大間が、和辻に恨みを晴らしたというなら、なんらかの形で黒銀町の養殖場にはいった可能性が高い。しかし、社長令嬢はピンピンしていた。

 大間が結婚詐欺師であるなら、二人が結託して和辻を殺した線が否定できない。その場合、大間はまだ養殖場にいる。

 明日の朝は、矢磯の助言を実行するべく地野の息子が一肌脱いでいるはずだ。あの手の地域では、そうした義理に逆らえる者などほとんどいない。

 矢磯は、作業のどさくさにまぎれて養殖場へ潜入するつもりでいる。白黒つけるには、養殖場で事実を求めるしかない。

 そこへもう一手。赤楠が加われば、大間がいたなら動揺を誘えるだろう。いなければいないで、自分への注意をそらすのに使える。

「静岡県の黒銀町にある、和辻養殖場です。そこでアルバイトをしながら濡れ衣を晴らす手だてを模索しています。明日の早朝には、養殖場でおおがかりな仕入れ作業がありますから、ひょっとしたらチャンスがあるかもしれません」

 どのみち矢磯もいくつもりだ。仮に大間がいなかったら、ガセネタだったと謝罪すればいい。

「ありがとうございます」

 赤楠は、ここにきてはじめて晴れやかな笑顔になった。

「では、そろそろお開きとしましょう。お勘定は私が……」

「いえ、私に払わせてください」

「それはまた……なら、甘えます。ご馳走さまです」

 小銭でも、出費はできるだけ抑えたい。

「どういたしまして」

「先に失礼してもいいですか?」

「はい、どうぞ」

「今夜はありがとうございました。大変助かりました」

 矢磯は、深々と頭をさげてからたちあがった。

「いえ、こちらこそ」

 赤楠も、お辞儀してから伝票を持った。

 ファミレスをでて、動画を切ってから、矢磯は黒銀町へ直行した。

 地野の息子と最初に会った、養殖場を監視できる場所へいかねばならない。車はいくらでも青空駐車できるから心配いらない。

 日付がかわるかかわらないかくらいな時分に、矢磯は到着した。二日とたってないはずなのに、何十年も隔たった気がする。

 今夜はここで車中泊だ。和辻養殖場にいけば、これまでの仮説と状況証拠が、真相に結実するかどうかがはっきりする。

 チョコレートを何枚か食べて、ペットボトルの茶を飲むと、あとやるべきは睡眠だけとなった。静かでまっ暗な闇は、車のフロントガラス越しに星の光を浮かべている。

 座席を倒し、タオルを折りたたんで枕代わりにした。それから入眠まではあっという間だった。

 かと思ったら、ドアをノックする音で目をさまさせられた。まぶたをこすりながら窓を見やると、女性が一人たっていた。赤楠ではない。朝陽のあの字にも至ってないので、闇のなかにぼんやりと顔が浮かんだ様子になっている。

「今晩は。またお会いしましたね」

 昨日……いや、もう二日前か……夜木聖町の海岸で呼びとめられた。こんなときに絶対拝みたくない人間だ。

「はあ」

 眠っているのをあえて邪魔したからには、公務中ということか。

「今回は、仕事できています」

 矢磯よりは歳上そうでも、まだまだ若い顔だちなのに、あいかわらず格式張った表情に格式張った服装だった。今回は物見遊山と彼女がいっても、どのみち冗談としか思えなかっただろう。

「そうですか」

「お尋ねしたいことがあります。お時間を割いていただけませんか?」

「手帳をだしてもらえれば、いいですよ」

 無条件にうなずくつもりはないし、最初からそんな筋あいではない。

「はい。こちらです」

 上着の内ポケットから、彼女は警察手帳をだした。偽物の可能性もないとはいわない。仮にそうだとして、これほど真に迫った偽物を用意できるなら、どのみちじたばたしてもしかたない。

「どうも。で、なんのご用です?」

「まず窓を開けてください。声が聞きとりにくいので」

 あと少しで、高圧的な命令口調になりそうな要望だった。矢磯は黙って従った。反感をおぼえるよりも、彼女にとって自分がどんな立場なのかを掴むのをまず理解する必要がある。

「ありがとうございます。夜木聖町に犯罪者が潜伏しているらしいという話がきていて、それが黒銀町に移動したらしいんです」

「凶悪殺人犯ですか」

 冗談かたがた、矢磯は軽く混ぜかえした。

「結婚詐欺師です」

 ということは、大間の可能性が高い。彼女の来襲は、凶ではあるが吉にも触れていた。図らずも、その道のプロと意見が一致しつつある。

「そりゃ人権の敵ですね」

「あらゆる犯罪は人権の敵です」

 にこりともせずに、彼女は正論を吐いた。

「で、それがなにか?」

「いつぐらいからここにいましたか?」

 矢磯はスマホで時刻を把握した。午前二時半。

「三時間ほど前ですね」

「ここにはどういった理由できたんですか?」

「ドライブの休憩です」

「今日は休日ということですか?」

「そうです」

「お仕事はなにをしてらっしゃいますか?」

「フリーランスのジャーナリストです」

 個人の運輸業だと、裏稼業に感づかれる可能性があった。

「あなたも結婚詐欺師を追っているんですか?」

「いえ、そんなことはないです」

 虚偽ではない。矢磯はあくまで元顧客を探している。それがたまたま結婚詐欺師である可能性を帯びているだけだ。大間が元顧客だとして、警察につきだすつもりはなかった。自分の主張をわからせるために、そうしたネタを相手に使うときは使うが。

「ここにはよくドライブにくるんですか?」

「いや、そうでもないですね」

「先日からずっとドライブですか?」

「ええ、そうですよ」

「ご自宅には帰ってないんですか?」

「まだ帰ってませんね」

「免許証を拝見したいです」

 矢磯はポケットに手をやり、財布からだして渡した。彼女は窓ごしにあずかると、筆記用具をだした。メモ帳を片手で開き、頁と免許証を同時に抑えながら住所や番号を書きうつした。

「ありがとうございます。免許証をお返しします。車内を確認したいので、一度でてもらえますか?」

 ここで拒絶すると、なにもかもぶち壊しだ。

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