放浪騎士ブレイズの再就職

詠人不知

第1話 今日から無職

「んあっ! あんっ!」


 薄暗い室内に淫靡な音が響いていた。腰を打ち付ける音と水音、そして荒い息づかい。一人の赤髪の大男が女に向かって必死に腰を振っていた。


 部屋には大量の酒瓶が転がっており、さらに裸の女も何人も転がっていた。女たちは男の精力の前に限界を迎え、代わる代わる男の相手をしていた。


「あんっ!」


 今男の相手をしている女も、男の前に為す術なく気絶した。


 部屋にいる女全員と交わった男はやっと満足した様子だった。男は酒を飲むとそのままベッドに横になった。そして眠りについた。


 この尋常ではない精力を持った男の名はブレイズ。ソルランド王国の王宮付きのモンスタースレイヤーだ。二メートルはあろうかと言う巨体に、体に刻まれたいくつもの傷。


 彼はこの国でも有数のモンスタースレイヤーなのだ。しかしかなりの浪費家であり、毎晩のように宴を開いては今のように女を抱いている男でもある。



          ※



 窓から朝陽が差し込み、小鳥たちが鳴き出した頃、ブレイズの部屋に客人がやって来た。それは皺一つない宮廷服を着た老人だった。その人物はこの国の宰相だった。


 宰相は部屋の扉をノックした。しかし返事はなかった。宰相は何度も繰り返しノックし、声を掛けたが部屋の中から反応が返って来ることはなかった。


 しびれを切らした宰相は返事を待たずに扉を開けた。部屋に入った宰相は、強烈な酒臭さに顔をしかめた。そして部屋の惨状にさらに顔を歪ませた。


 部屋は酒瓶が大量に転がっており、また服なども無造作に脱ぎ捨てられており、かなり散らかっていた。宰相は怒って声を上げそうになるのを何とか我慢して、巨大なベッドで悠々と眠るブレイズの元に向かった。


 ブレイズは裸の女を抱きながら眠っていた。そんな破廉恥な光景に宰相はさらに怒った。そして持っていた杖でブレイズを叩き起こした。


「起きろ、穀潰し! 仕事だ!」


 杖で叩かれたブレイズは流石に目を覚ました。また宰相の声に周りの女達も起きた様子だった。


「何だよ、じいさん。せっかく気持ち良く寝てたってのによ」


「さっさと起きろ! マヌケめ!」


 起き上がったブレイズは寝ぼけ眼で宰相に抗議した。しかし宰相はそれを一蹴にした。そして宰相はブレイズに用件を話した。


「近くの村に怪物が現れた。その討伐に行けと王直々の命だ」


「久々の仕事か、面倒だなー」


「馬鹿者め! 王直々の命だと言っているだろう!」


「へぇへぇ、承知しましたよ」


 ブレイズは欠伸をしながら立ち上がり、服を着だした。そして準備ができたブレイズは女達にキスをしてから部屋を後にした。



          ※



 部屋を出たブレイズは装備を取りに、衛兵隊の詰め所へと向かった。ブレイズが詰め所に着くと、既に怪物退治に出向く討伐隊が準備を終えて待っていた。


「おはようございます、ブレイズさん!」


「おぉ、おはよう」


 討伐隊はブレイズが遅れて来たにも関わらず、笑顔で出迎えた。討伐隊や衛兵たち武官は、宰相たち文官と違い、ブレイズを嫌っていなかった。それどころかブレイズを尊敬していた。


 それはブレイズの金遣いが荒く、毎晩の様に宴を開き、酒飲ませてくれて、いい女を抱かせてくれるからだ。さらにその宴にかかる費用を全てブレイズが負担してくれるのだ。武官たちからすれば、タダ酒を飲ませてくれる恩人なのだ。


 また怪物退治でもブレイズは率先して最前線に立って戦うため、武官からの信頼はかなり厚かった。ブレイズがこの王宮に勤めだしてから、その実力で怪物を率先して倒すため、怪我人が減ったというのも信頼が厚い理由の一つだ。


 ブレイズは十八の時にこの王宮に勤めだした。そしてたちまちモンスタースレイヤーとしての才能を開花させ、この王宮で筆頭の武官になった。二十八になったブレイズは、武官たちを率いる立場にまで上り詰めたのだ。


「よし、行くぞ野郎共!」


 装備を付け、武器を持ったブレイズは馬に乗り、討伐隊を率いて王宮を出発した。



          ※



 ブレイズ率いる討伐隊は馬を走らせ、目的の怪物が現れた村へと到着した。そこは酷い荒らされようだった。家屋は叩き潰されたかのようにひしゃげており、辺りには人の血と肉が散乱していた。


「酷いな……」


 あまりの惨状にブレイズは先ほどまでの酔いが覚めた。ヘラヘラした表情は打って変わって険しいものになった。馬を下りたブレイズは、生き残った村人に話を聞くために歩み寄った。


「大丈夫か?」


 なるべく優しく、刺激しないようにブレイズは村人に声を掛けた。


「あ、あぁ。俺は大丈夫だ。でも弟が……」


 村人はそう言うと涙を流し始め、言葉を詰まらせた。ブレイズは村人の背中をさすり、ゆっくりと事情を聞くことにした。


「何があったんだ?」


「巨人が、この村を襲ってきたんだ……」


 落ち着いてきた村人はぽつぽつとこの惨状の理由を話し始めた。


「き、昨日の夜、地震みてぇな足音と一緒に巨人が村に現れたんだ。村の奴らで抵抗したんだけど、何も効かなくて……。そんで何人か食って森に帰って行ったんだ」


「もう話さなくても大丈夫だ。巨人はこの俺が必ず殺してやる。この『ガーディルのブレイズ』がな!」


 話を聞き終わったブレイズは討伐隊に指示を出し始めた。


「お前らは怪我人の手当を頼む。それから村の警護をしろ。何人かは俺に付いてこい、巨人の後を追うぞ!」


 指示を出したブレイズは討伐隊の数人を連れて巨人の足跡を追って森の中へと入っていった。巨人の大きな足跡は地面にくっきり残っており、追いかけるのは容易だった。


 足跡を辿って森を進むと、ブレイズたちは大きな洞窟に辿り着いた。


「ここにいるみたいだな」


 ブレイズたちは松明を用意し、洞窟の中へと入っていった。洞窟を奥に進むとそこには五メートルはあろうかという巨人が鎮座していた。巨人はこちら気付くとじっとブレイズたちを見つめた。そして大きな咆哮を上げると駆け寄ってきた。


「お前らは下がってろ! 俺がやる!」


 ブレイズは部下を下がらせると、背中に背負っていた大太刀を抜き、巨人と対峙した。


「来い!」


 巨人はブレイズに標的を定め、巨大な拳を振るってきた。ブレイズは攻撃を躱すとそのまま大太刀を振り下ろし、巨人の指を切断した。指を落とされた巨人は痛みから大きな声を上げた。


 ブレイズは巨人が痛みで怯んでいる隙に、巨人の股の間をくぐり背後に回った。そして巨人の足、アキレス腱を横一文字に切り裂いた。足を切られたことで巨人は自重を支えられなくなり、地面に倒れ伏した。


 ブレイズは倒れた巨人の上に乗り、首の上で大太刀を構えた。


「おおおぉぉぉっ!」


 ブレイズは雄叫びを上げながら、巨人の首目掛けて大太刀を振るった。大太刀は巨人の太い首の骨ごと一刀両断した。


 洞窟中にブレイズの雄叫びが響き渡り、辺りには巨人の血溜りができていた。ブレイズは巨人の首を持つともう一度雄叫びを上げた。それは勝利の雄叫びだった。



          ※



 ブレイズたちは討伐の証として巨人の首を持って村へと戻ってきた。巨人の首を見た討伐隊と村人たちは、大変喜んだ。特に恐怖で怯えていた村人たちは、やっと平和が戻ってきたのだ。中には涙を流す者もいた。


 巨人の討伐を終えたブレイズたち討伐隊はすぐに帰らず、村の復興を手伝った。壊された家屋の修復を手伝い、亡くなった村人たちの埋葬を行った。


 そうして三日ほど村に滞在し、復興が終わるタイミングでブレイズたちは王宮へと帰っていった。


 王宮に着いたブレイズたちは王からお褒めの言葉を頂いた。


「此度の活躍、見事であった。民に危害を加えた巨人を素早く倒して見せた。その活躍を評して、褒美を授ける」


 そう言うと王は側近に指示を出し、金貨と銀貨の入った小袋を討伐隊に配った。特に巨人を打ち倒したブレイズへの報酬は他の者より多く、半年は遊んで暮らせる程の金貨と銀貨が入っていた。


 その様子を宰相は恨めしそうな目で見ていた。



          ※



 王からの褒美を受け取るブレイズを、宰相は良く思っていなかった。宰相は毎晩王宮で乱痴気騒ぎをするブレイズを嫌っていた。神聖な王宮に高級娼婦を呼び、獣のように交わることを宰相は良しとしていなかった。


 また財政的にそこまで余裕があるわけでもないのに、高給取りのブレイズを雇い続けることも不満に思っていた。


 宰相は王宮の風紀を乱し、財政を圧迫するブレイズという存在をどうにかして追い出したかった。最近は怪物の目撃も極端に少なくなり、もはやブレイズはただの昼行灯で穀潰しと化していた。


そんなことを考える宰相に千載一遇のチャンスがやって来た。



          ※



 王宮にある衛兵隊の詰め所、今そこは宴の会場になっていた。巨人の討伐を祝して宴が開かれていた。そこには大量の酒と料理、それからたくさんの良い女がいた。


「いやー、ブレイズさんマジすごかったですよ! あの巨人に一歩も怯まず、それどころか自分から向かって行っちゃうんだもの!」


「ええー、すごーい! 勇敢なのね!」


 酒が回った討伐隊のメンバーは、今回の功労者であるブレイズを褒めちぎった。それに呼応するように、女たちもブレイズを褒めた。


「あれぐらいの怪物なら余裕だぜ!」


 褒められていい気になったブレイズはさらに酒を煽った。


「ブレイズさんがいれば、この国は安泰だな!」


「当たり前よ! 俺を誰だと思ってる? 『ガーディルのブレイズ』だぜ! 怪物だろうが何だろうがかかって来いってんだ!」


「ねぇ、よく言うその二つ名ってどうやって付けて貰ったの?」


 女の一人がブレイズの名乗りを疑問に思って質問をした。


「あぁ、昔なガーディルっていう場所で超危険なドラゴンを討伐したんだ。その時の功績で王様から名乗ることを許されたんだ!」


「すごーい! とっても名誉なことなのね!」


「そうだぜ、ブレイズさんはすげぇ奴なんだよ!」


 酔いが回っているせいもあり、皆大袈裟にブレイズのことを褒め称えた。それに調子を良くしたブレイズはさらに酒を飲んだ。


「よーし、今日は俺の奢りだ! 皆好きに飲み食いしろ!」


「やったぜー! さすがブレイズさん!」


 そしてこの宴の最中、ブレイズは記憶をなくすほど酒を飲んだ。それが事件の切っ掛けとなったのだ。



          ※



 ガンガンと二日酔いで痛む頭を抑えながら、ブレイズは起き上がった。窓の外を見ると、既に明るくなってから時間が経っているようだった。


 飲み過ぎて昨晩の記憶がないブレイズは辺りを見渡し、現状を確認しようとした。部屋に散らかる酒瓶、これはいつも通りだった。そして自分の横で眠る裸の女、これもいつも通りだった。


 しかしブレイズはその裸の女の顔を確認して青ざめた。その顔はいつもの見慣れた高級娼婦のものではなかった。抱いた女、それは王宮でたまに見かける侯爵の娘だった。


 ブレイズは冷や汗が止まらなかった。未婚の侯爵の娘を酔った勢いで傷物にしてしまったのだ。ベッドには破瓜のものと思われる血が付いており、言い逃れ出来るような状況ではなかった。


「やっちまった……」


 ブレイズは侯爵の娘に声を掛け、眠りから起こした。起きた侯爵の娘はブレイズの顔を見ると、顔を赤らめた。


「おはようございます、ブレイズ様。昨晩は、その、最高でした……」


 侯爵の娘は恥ずかしそうに昨晩の感想を言ってきた。


「そ、それはよかった……」


 侯爵の娘と見つめ合い、これからのことをブレイズが考えていると、突如部屋の扉が開かれた。


「いつまで寝ているつもりだ、穀潰し!」


 部屋に入ってきたのは宰相だった。いつものように怒鳴りながら入って来た宰相はベッドの上にいる侯爵の娘を見て、絶句した。


「ブレイズ、貴様、何てことをっ!」


 そこからの宰相の動きは早かった。服を着た侯爵の娘を部屋から連れ出し、事情を聞いた。侯爵の娘の話によると、酔った勢いではあったが、お互い同意の上であったという。


 しかしこの事態を重く見た宰相は、ブレイズを一時的に部屋に軟禁し、ブレイズの処遇を決めるため会議を開いた。


 そして数日後、ブレイズは宰相に呼ばれ部屋を出て、大広間へと向かった。そこでブレイズに今後の処遇が伝えられるのだ。


 大広間には王を始め宰相など重役達が集まっていた。件の侯爵もその場におり、射殺すような目でブレイズのことを睨んでいた。


 そして大広間の中心にブレイズが来ると、王はゆっくりと話し始めた。


「ブレイズよ、此度のこと、非常に残念だ。侯爵の娘を傷つけたため、慣習に則れば極刑は免れない。しかしだ、そなたのこれまでの功績に免じて、命までは奪わないこととした」


 そして王は一息ついてブレイズに判決を言い渡した。


「ブレイズよ、そなたを追放刑に処す! 今すぐこの王宮から出て行くのだ」


 追放刑、それはかなり寛大な処罰だった。ブレイズは命を奪われても文句を言えないと考えていたのだ。


 刑を言い渡されたブレイズは、愛刀である大太刀以外のすべてを没収された。そして王宮を追い出された。こうして王宮付きのモンスタースレイヤーは突如として無職になったのだった。

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