第26話 真実と過去 6


 ■■■


 放課後。

 いつも通り二人仲良く帰宅した和田と北条。


「どうしたんだ? さっきからもぞもぞして」


 部屋に着いた二人は鞄を置いて、床に座った。


「トイレなら一階な。階段降りて突き当りを右に行くとすぐある」


「ち、違うわよ! てか今さら間取り言わなくても全部把握してるから!」


 和田の冗談は北条の恥じらいを刺激してしまったらしい。

 ちょっとムキになる北条に可愛いな、と思う和田。


「ずっと気になっていたんだけどなんで魔法使えたの?」


「はっ?」


「クラスの皆が噂してた。アイツ以外に上手かったって。演習組手で基本魔法使ったんでしょ?」


「いや俺は……あーそういうことか」


 和田はすぐに理解した。

 和田自身と北条の認識が違う、と。


「どういう意味?」


 北条は首を傾けた。


「それは――」


 和田は北条に端的に説明した。

 魔法を使ったこと。

 そしてどうなったか。

 その後、一休みして小柳の配慮で、幻術魔法を使い対応したこと。

 話すか迷ったが、二人だけの会話は全て包み隠した。

 小柳のプライベートを勝手に北条に話すのは失礼だと思ったから。

 なにより和田自身が過去に自分のプライベートが勝手に公開されて嫌な思いをしている。

 そんな過去の経験から、そのような選択を取った。


「そういうことだったんだ」


「あぁ」


「それで魔法使った割には顔色よかったんだ。私てっきりこ・や・な・ぎ・さんだから魔法が使えたのかと思ったよ」


「アイツに対してヤケに敵対的だな」


「前にも言ったと思うけど、私小柳さんのこと嫌いだからね」


 オブラートに包むことすらしない北条の言葉に和田は本音だと理解する。


「そうだったな」


「一応確認だけどあきは聖夜の魔法で告白してくれるんだよね?」


「約束は守る」


 全校生徒が集まる前で告白。

 一言で言えば恥ずかしいに尽きる。

 なにより告白してしまえば、北条との恋人(仮)は終わり本当の恋人になる。

 そうなればもう幼馴染という関係には戻れないだろう。

 だけど本当にソレでいいのか?

 そう思う和田も心の中には居た。

 好きと言う感情は嘘ではない。

 だけど。それが恋愛感情なのかと問われれば実はまだわかっていない。

 そんな気持ちで告白をしてもいいのか。

 心の感度をもう少しあげればわかるのだろうが、その時に訪れるであろうもう一人の自分が恐くて逃げてしまう臆病な自分がまだいる。だから確かめられない。全ては手探りとなる。

 元カノとの未練も心に蓋をすることで強引に振り払っただけに恐い。

 問題はあの日以降心の外だけでなく中にも山積みになっている。

 それをどう片付けるか、いい加減真面目に考えないといけない時期が来たのかもしれないと和田は頭の中で一人真剣に考えてみる。

 理由は簡単で。

 恐らく小柳千里も聖夜の魔法で動いてくるからだ。


 なんでここに来て迷っているのか、和田自身わかっていない。

 小柳には恋愛感情がないはずなのに……どうして。


 IFの話で。

 負けず嫌いな幼馴染と学園の可愛いアイドル。

 どちらかを選ばなければならない、とする。

 どちらも魅力的で普段なら絶対に手が届かない華である。

 幼馴染だから。国家公認の魔法使いだったから。

 そんな特別な関係があったから近づけた。


 さてどうする……。


 そして二人が本当に好きなのは和田明久なのか……?


 その答えはすぐに和田の中で出た。

 どう頑張っても逃げるのはここら辺が限界のようだ。


「俺に幻術魔法が使えたら緊張しなくていいんだが……」


「女の子としてはそれされたら幻滅だけど……」


「全校生徒の前に立たされる身にもなれ」


「そんなに緊張する? あき昔はそれ以上の人に注目されてた経験あるじゃん。中一の全国魔法演習組手大会あれは確か五千人以上観客が居たはずだよ」


「うっ――」


 何気ない言葉なのに破壊力が凄い。

 さり気ない一言は胸を抉った。

 ただそれが事実ということ。

 北条は何一つ嘘を付いているわけじゃない。


「たしかにあの時の俺は堂々としてたな……」


 恋から生まれる無限のパワーを得ていた当時の和田はなんでもできた。

 見られる=好きな人が見ている、に脳内変換し目立つことを自ら意識していた。

 初恋って本当に凄くて、なんでも出来てしまうように錯覚させてくれる。

 それでいて、普段ならできないことを実現させてしまう信じられないパワーを持っているから凄いと思う。事実それで和田は優勝して一躍有名になった。


「もしマジシャンみたいにカッコイイ姿見せてくれたら、皆の前でお嫁さん宣言してあげてもいいよ?」


「うーん、魔法か……」


「別に魔法じゃなくてもマジックを披露してキュンキュンさせてくれたら、多分その場で今より落ちちゃう自信があるよ?」


「三年近くしてないから……急に言われも困る」


「えー」


 不満です。と言わんばかり頬っぺたを膨らませる北条。

 なので指で突いてあげる。


「きゃぁ!?」


「ふっ」


「もぉ~いじわるぅ~」


「なら一応聞いてやる。どんなマジックを俺にして欲しいんだ?」


「そうだね~」


 そう言ってポケットからスマートフォンを取り出して、なにかを探す北条。

 指が忙しく動いて、しばらくして止まる。


「こんなのして欲しい!」


 そう言って北条がスマートフォンの画面を和田に見せる。


「また懐かしい物を掘り出して来たな」


「えへへっ。私が一番好きなマジックなんだ」


「そう言えば、そうだったな。マジックの練習にいつも付き合ってくれて、それでいて仕込みも手伝ってくれてたのにこれに一番興味持ってたけ?」


「そうそう! だって人が空中散歩するんだよ。それに気づいた時には観客席の異性の前に居てバラを渡す、とかロマンティックじゃん。それも夜の聖夜の魔法でお披露目して皆の前でバラと一緒に愛しています、とか言われたら私キュン死しちゃうかも! キャァァ!!!」


 赤くなった顔を両手で挟んで、妄想を広げる北条。


「なら却下だな」


「なんでよ!?」


「真奈が死ぬから」


「死なない! 絶対死なないから! して欲しいな~」


 部屋の押し入れには道具はある。

 押し入れから北条に視線を戻すとキラキラしている。

 できるよね! して欲しい! そんな期待の眼差しを前に選択肢はあってないような物だ。

 これが赤の他人なら断っていた。

 だけど大切な存在だから――。


「約束はできない。それになるかもしれないし、それ以外になるかもしれない」


「それは……つまり、してくれるってこと?」


「俺も男だしな」


「やったー、大好きだよーあき!」


 突撃して和田に抱き着く北条は胸に顔をぐりぐりと押しつけて喜ぶ。

 純粋な乙女チックな一面を持つ北条にとっては最高の展開だろう。


「私の為だけにそんなことしてくれるのあきぐらいだよ~」


 その時、北条がなにかに気づいたように。


「待って、そう言えば小柳さんもマジック好きだったよね。本当は小柳さんのためだったりとか言わないよね?」


 単純そうに見えて、そうじゃない。

 それが北条。浮かれているのにも関わらずどこか冷静な自分をしっかりと持っている。


「聞きたいか?」


「…………う、うん」


 北条は迷いを見せた。

 きっと嫌な予感に頭が支配されたのだろう。


「そうとも言えるし、そうじゃないとも言える」


 和田は今日の小柳とのことを思い出して言った。


「つまり……どっち?」


「真奈がマジックを望めば自然とマジック好きのアイツの為にもなる。もっと言えば……」


 少し間を開けて和田は続ける。


「そこにいる全員が観客になる。全員のためと言う風にも捉えられる」


 昔の自分を思い出しながら和田は続ける。


「やるからには本気でする。真奈の心に響かないとする意味がないからな。そうなると真奈が危惧する展開もあるだろうな」


 その言葉にニコッと笑う北条。


「つまり。一番は私の為ってことだね!」


「お前……俺が遠回しに言った理由考えろよ」


「あはは~、ごめんごめん」


 後頭部を右手で掻く北条の口が動く。


「魔法ができなくてもマジックはできる。人の目が恐いならマジックでそれを確かめればいいんじゃないかな? 本当に感動してくれている人の目ってのは見たらわかるでしょ?」


「あ、あぁ、そうだな」


「昔はさ、魔法からマジックだったよね。ならその逆も私できると思うよ」


「真奈まさか……」


 和田は目を大きくした。

 そんな驚く和田に北条は教えてくれる。


「監視の目が恐いならその人たちを逆に監視すればいい。裏切られるかもと思うならそう言った人たちとは最初から距離をとればいい。少なくとも人はそうやって生きている。私だって学校での私、プライベートの私を完璧に分けている。でもあきは性格が素直だからそれが苦手で困っているんだと思うんだ」


「苦手……俺が?」


「素直過ぎるっていうか、嘘は付きたくないって感じがする。良心が良すぎるんだよ。常に誰かを傷つけないように自分を犠牲にしている、私から見たらそんな感じ。自分があるのに自分がない、悪く言えば優柔不断」


「そうだったのか……」


「マジシャンって演技するよね? 例えばお客さんの視線を誘導するために言葉や仕草で」


「あぁ」


「それと同じで演技して自分以外に監視の目を誘導したら、まず一つの問題が解決すると思うの」


「面白い考え方だな」


 女神のような、優しい微笑みを浮かべる北条。

 そのままそっと抱きしめて言う。


「誰なら信じられる? 皆を信じるんじゃない。自分が信じられる人だけ信じるの。そうすれば心が一気に楽になると思う」


 数え切れないほどの出会いの数々。その出会った人全員を信じることは普通なら馬鹿馬鹿しいと思うかもしれない。でも中には純粋な環境で育った子供は人を疑うことを知らない子に育つ場合もある。そのパターンの一つが東城明久である。


「人の悪口を言わない。相手のことを常に考えての発言や行動。そう言った姿を見ているとね、あきは自己犠牲が当たり前になっているんだなって思うの。なにより大切な人を大切にする心を持っている。だから、まずは一人。信じられる人を見つけようか?」


 その言葉に和田は頷いた。

 北条は本当に和田のことをよく見ているし、理解している。

 こんなに素晴らしい人が彼女やお嫁さんになるんだったら……和田は想像してみる。

 悪くない。

 すぐにそう思った。


「真奈の言う通りだな。ありがとう」


「どういたしまして」


 少しだけ新しい未来の可能性が見えた和田は中々離れようとしない大きな猫の頭を撫でてあげる。

 その時やっぱり人の温もりっていいな、と思った。

 その温もりは暖かくて、気持ち良くて、どこか安心できる、そんな温もりだった。


 それから二日。

 和田が、薬を飲むこと、支えて欲しいこと、魔法の練習は一人でしたいこと、を北条に伝えると「わかった」と言って納得してくれた。


 和田は練習した。魔法を。マジックを。そして大掛かりな仕掛けの準備をした。

 時間は勢いよく過ぎて行き、気づけば日曜日がやって来た。

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