第22話 真実と過去 2


 ■■■


 魔力回路に魔力の供給を止めてしばらくすると和田の頭痛が収まった。

 落ち着くまでの間、側に居てくれた小柳。


「悪いな、せっかくの時間無駄にして」


「ううん、それより頭痛大丈夫?」


 こんな時まで和田の心配を一番にしてくれる小柳の優しさは受け入れやすい物だった。

 クラスだけに止まらず学園中から注目される理由がわかった気がした、和田は天使みたいな存在だと思った。


「なんとか……今はな」


「回路に魔力を流すと頭痛が起きる感じ?」


「そんなところだな。正確には魔法を使う=人目が気になる=集中力が乱れ不安定になる=許容以上の負荷が脳にかかる=頭痛みたいな公式があるが……」


「もしかしてそれを承知で今日演習組手のパートナー受けてくれたの?」


 小柳の言葉に胸の奥がほんの少しだけチクッと痛みを覚えた。

 普段なら痛みを覚えることがない和田の心に今まで以上の変化が現れ始める。


「あぁ。黙ってて、悪かった」


「謝らないで。謝るのは私の方だから」


「なら戻るか。演習、まだするだろ?」


「ううん、しない。それよりもうちょっとだけ息抜きに話さない?」


 立ち上がろうとする和田に首を振って、この場にいようとする小柳。

 その目が少し悲しそうに見えた和田は座り直す。


「そうだな」


 演習時間は限られている。

 だけど戻っても今の和田では小柳の相手をするのに限界がある。

 それなら小柳にとって有意義な時間に時間を割いた方が良いと判断した和田は体育館の壁に背中を預けて足を伸ばしてくつろぐ。


「聖夜の魔法が近づいて私慌ててた」


「好きな人でもいるのか?」


「それもあるけど、昨日教室に来た先輩のこと覚えている?」


 そう言われて、記憶の中の先輩を思い出す和田。


「あぁ」


「あの人明久君なら見覚えあると思うけど知らない?」


 頑張って思い出そうとするが、和田の知り合いにあんな爽やかなイケメンはいない、

 坂本のようなゲスい最低なイケメンなら近くにいるが……。


「記憶にないな」


「あの人魔法組合の人で……私が組合と学園にお願いしたの」


 その言葉にあー、と納得する。

 坂本が詮索しても正体がわからなかった人物。

 だけど、和田と同じ学ランと生徒手帳。

 学園がなにも知らないわけがない。

 そうなると、学園側が秘密を隠すような人物。つまり国家公認の魔法使いもしくは関係者と言うことになる。


「なにを?」


「学園生活が大変だから男子生徒とメディアから護ってくれる人物を一人送ってくれって」


「そう言うことだったのか」


 聖夜の魔法に合わせて多くの男子生徒が小柳の隣を狙って動き出す。

 それは本人が一番わかっていた。

 だけどメディア的に彼氏持ちとなると今度はそれで苦労することになる。

 そうなると、当たり障りのない人物が必要になってくる。

 けどそんな都合の良い人物は探してもそうそういない。


「できるだけ目立たないように聖夜の魔法をまずはスルーしたいから年齢が近い彼に先輩役をお願いしたんだ」


「たしかに聖夜の魔法が終われば少しは馬鹿どもの告白ムードも冷めるだろうな」


「そう。私もそこに目を付けたんだ。でも問題が起きたの」


「問題?」


 聖夜の魔法は全生徒が集まるイベントだ。

 和田の知識が正しければ。

 強制的な出席の変わりに生徒は次の日に特別休暇が与えられる。なので、それさえ過ぎれば勝ち組と負け組に分かれ、負け組は告白できなかったムードに突入し少しは熱が下がる。と言うのが例年の流れらしい。


「既に二十八人。私に告白する予定らしいの……はぁ」


 小柳の本気のため息に流石に可哀想だなと同情した。

 たった一日で二十八人が告白したいってとても凄いことである。

 それだけ突如現れた先輩に慌てているのか、元々そうなる結果だったかはわからない。

 学園の全校生徒千五百人。

 その内約三割が男子と言うことで男子の全校生徒は約四百五十人となる。

 現時点で全男子生徒の約五パーセントが告白を決意しているわけだ。


「組合とパイプが強い先生がさり気なく教えてくれたの。これまだ増えそうって……」


「……大変だな」


「これが五十人とかになってよ。私五十回もごめんなさいしないといけないの? 本気で私が病んじゃいそうだよ~」


「モテない男には一生わからない悩みだな」


 チラッと和田が視線を飛ばすと、死んだ魚のような目を小柳から向けられた。


「私も病む所まで来たら明久君と同じ道を歩むかもだね。その時は病む仲間ってことで仲良くしてね」


「……断る。お前は俺とは違う」


 こんな所には絶対来て欲しくないと和田は思った。

 こんな人生の底辺とも思える場所は小柳には相応しくない。

 小柳にはもっとキラキラした場所に居て欲しい、そう思った和田は一つの提案をしてみる。


「告白される前に千里が告白したらいいじゃないか? 好きな人いるんだろ?」


「いるよ。私の好きな人知ってるの?」


「いや。でも千里の人気なら告白すれば確実に付き合えると思うぞ」


「そうかな? ちなみに私の好きな人誰だと思う?」


 無茶振りだろ、と和田は思ったが真剣に考える。

 学園飛んで先輩役した組合の人間まで考えればその数は計り知れない。

 なにより組合の人間は殆ど知らない和田。

 でも小柳の学園生活を見る限り親しい男子は居ない。となると――外にいる可能性が高いわけで。


「昔、憧れていた人とかか?」


 苦し紛れにでた言葉に小柳の目に僅かばかりの希望が見える。


「正解。なら名前は?」


「さかも――」


「死ぬ?」


 氷より冷たい視線が和田を襲う。

 そして小柳の右手には鉄を簡単に溶かす炎の塊。

 名前を最後まで聞かずにその言葉が出てきた小柳にビビった和田は漏らすかと思った。

 冗談半分でクラスメイトの名前を口にしようとしたのだが、その冗談は小柳の中では完全なアウトらしい。


「すまん。冗談だ……」


 見るからに機嫌が悪くなった小柳。

 元々乙女心がわからない和田は完全にお手上げとなってしまった。


「言っていい冗談と悪い冗談がこの世にはあるんだよ?」


「は、はい……」


 小柳の顔を見て真剣に反省すると右手の炎がボッと音を立てて消えた。


「ヒントは国家公認の魔法使い。本人は元とか言ってるけど」


 視線を一切外さずに言われた言葉は和田だけに向けられていた。


「まさかとは思うが……その様子からして俺?」


「うん。こんなにアプローチかけて気づかないって酷いよ~ったく」


 体育座りをして両手で引き寄せた両膝に不満げな顔を乗せる小柳。

 そんな小柳を見て色々と納得した和田。

 なぜ自分だけに親しく声を掛けてきたのか。

 なぜ自分だけに弱い姿を見せたのか。

 なぜ自分だけに色々な話をしてくれるのか。

 なぜ自分だけに時間を作ってくれるのか。

 二人きりの時間を沢山作ってくれた理由――憧れであり好きになったから。


 それ以上の理由はないだろう。


 和田の中で明確な解が生まれた。


 でもこれだけだろうか? そんな疑問も生まれたが今は無視する。

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