第4話 フィーリングが似た者同士 3


 ■■■


 午後の授業も終わり、放課後。

 荷物を纏めて席を立とうとする。


「ちょっと相談があるんだけど」


 そんな和田に声を掛ける坂本。


「なんだ?」


「北条さん俺に紹介してくれない?」


 軽蔑の眼差しを向け、


「断る」


 と意思表示をする和田。

 聞かなくてもなんとなく理由が推測できるからだ。


「次は真奈と遊ぶつもりか?」


「だめか?」


「俺に殺される覚悟があるなら好きにしろ」


「い・ま・の・お前には負ける気は微塵もないがまぁ冗談だからそう怒るなって」


 和田の一つ前の椅子に腰を下ろしてまだ帰ろうとしない坂本に和田も座り直す。


「それで何の用だ?」


「お前さ北条さんと喧嘩でもした?」


「なんで?」


「一学期は家が隣同士だからって理由で毎日一緒に登校してたじゃん?」


「そうだな」


「なんで二学期になってから別々に登校してるの?」


「あぁ……それか」


 北条真奈。

 ピンク色の長い髪が特徴的。

 ヘアー系のCMに使われる女優さんのような透き通る髪は張りがあって艶やか。

 背丈は女子の平均身長ぐらいで体系は細めでありながら、胸とお尻は制服越しでも強調されている。本人はよく肩こりに悩まされているがその原因は明白である。

 負けず嫌いな性格で勝負ごとに関しては熱が入り空回りすることが多い反面いざと言う時の行動力と判断力は一級品。色々と顔に出やすい性格でわかりやすい。

 容姿も一言で表すなら清楚系女子。

 そんなことから、同性異性問わず人気が高い。

 そんな彼女には秘密がある。

 魔力を全力解放したら髪色が変色し、赤髪になる特異体質者でもあることだ。


「真奈に彼氏ができたから。仮だけどな」


「えっ?」


 坂本は驚いた顔を見せる。


「ま、マジ?」


「あぁ」


「相手は誰?」


「さぁ?」


「さぁ、ってお前全く気にならないのか?」


「当然だろ」


「気難しいお前にあそこまで無条件で優しくしてくれる女子中々いねぇぞ!?」


「かもな」


 親同士が高校時代からの親友ということで生まれてすぐに同じような環境で育った。

 海外出張が多い和田の両親は北条家に息子を預けて仕事に出かけていた。

 なので幼馴染と言うよりかは家族や姉と弟のような関係に近い。

 だからお互いのことはなんでも知っているし、かけがえのない存在だとも言える。


「まぁ、いいんじゃねぇの。それで幸せになれるなら」


「お前にしては珍しく相手を思いやる言葉を使ったな。具合でも悪いのか?」


「あ~もぉ、面倒くせぇ。幼馴染だからだよ」


 手で後頭部を掻きながら、答える和田。

 友達とは別でどちらかと言えば特別な関係に近い存在。

 ならば、相手の幸せを願うのは当然と言えよう。

 例えば家族の幸せを人が無意識に願うように。

 和田も北条真奈の幸せを願っている。その心に嘘はない。


「ふ~んっ。正直なところ、寂しいとかあるだろ?」


 隠す気のないニヤニヤ顔で問いかけてくる坂本に悪意を感じる。


「そうだな――」


 寂しいとか考えたことがなかった。

 いつも自分ではなく北条が幸せならいいかとしか考えなかったから。

 この際、少し考えてみるが、一人の時間が増えた。

 むしろお互いのためにこれで良かったのではないか?

 そんな結論しか出てこなかった。

 なので、答えとしては。


「――寂しくはないな」


「本当に冷めてんのな」


「知ってる」


 疲れやすくて元気がでない。

 そのせいで感情の一部が上手く機能していない自覚がある和田。

 それを冷たいと思う人間もいればそうじゃないと感じる人間もいる。

 ただし前者の方が世間一般的には多い。

 それなら誰とも関わらない方が初めから誰も傷付かないし勘違いしなくて済む。

 もし、心が疲れていなかったら……。

 もし、感情と呼べるものが上手く機能していたら……。

 もし、気を張ってないといけない世の中じゃなかったら……。

 何かが変わっていたかもしれない。


「そんなことないよ。あきは私のこと大切にしてくれてるよ? だよね? あき?」


 突然背中越しに感じる温もりに、「おっ?」と声が漏れる和田。

 背後から伸びる手が優しく包み込むように伸びてくる。

 女の子の柔らかい胸の感触がハッキリとわかるぐらいの距離。

 クンクン、と犬のように匂いを嗅ぐ女の子は和田の知る限り一人しかいない。


「おっ、北条さんじゃん! 彼氏さんいるらしいけど、ソイツとそんなにイチャイチャして大丈夫なの? 見られたら大変なんじゃない?」


 前方に体重を掛けて、自慢の大きな胸を背中に押しつけてくる北条。

 周りの男子の目が険しい物に変わっていく。

 実際の所、北条は仲の良い人だけに対してだが甘えん坊の一面を持つ。

 それを知っている和田からすればいつもの光景。

 ただし年々お互いに身体が大きくなっているのでそれに合わせて……色々と荷重が変動している。

 だけど荷重が変わっても、小中学校で慣れた和田としてはいつもの光景だが異性として北条を意識している男子からは疎まれやすい光景だった。


「お、おもっ――」


「ん?」


 ここだけは冗談じゃなく、本気の投げかけだった。

 一歩間違えれば……。

 思春期女子は体重をよく気にしていると言われるが、北条も例外ではない。

 つまり乙女なのだ。扱いは丁重にする必要がある。


「――なんでもありません」


「う~ん、やっぱりこっちの方が落ち着くかな~」


 身を完全に預けてくれるのは心を開いているから。

 それは決して悪いことではない。

 むしろありがたいことなのだが、机と北条にサンドイッチにされないように両手で体を支えている和田としては喜んでばかりはいられない。

 反応が遅れ無理な態勢だけに腕はプルプルと震える。


「か、彼氏は……どうしたんだ?」


 腕だけでなく声まで震えるのは限界が近いから。


「さっき別れちゃった」


「なんで?」


「キスされそうになった時に「あっ、この人違う」と思って」


「あらっ。それは残念だったね北条さん」


 上から下に三往復される視線。


「ぶっちゃけて聞いてもいい?」


「なに?」


「見るからにお似合いなんだけど、北条さんはコイツのことどう思ってんの?」


 一瞬でも期待した自分を馬鹿だったと思う和田。

 目の前の男に期待することが愚かだったと反省。


「じゃなくて、まずは見るからに限界って言葉で俺を助けろ」


「あぁ~、ごめん、ごめん」


 ようやく和田の状況を理解した北条が離れる。

 背中が軽くなったことで楽な態勢に戻る和田。


「そうだね~、小さい頃は一緒にご飯やお風呂も入ってたし、一緒に寝たり勉強もしてたから……可愛くていざって時に頼りになる弟って感じかな!」


 バサッ。

 隣の席に座る小柳の手から本が落ちたので拾ってあげる。

 タイトルは『マジシャンの極意』。本当にマジックが好きらしい。


「あ、ありがとう……」


 全ては昔の話である。

 どうやら驚いているのは小柳だけではなく、ちらっと視線を飛ばせば。

 放課後残っていたクラスメイトのほぼ全員が驚いていた。

 耳を澄ませば「うそ……?」「う、羨ましい……」「変態」「真奈可哀想……」など多種多様な感想が聞こえてくる。


「そうなの?」


「うん。私が四月一日生まれだから私がお姉ちゃんだよね?」


 横から顔を近づけてくる北条に、


「そうだな」


 と頷く形で同意する和田。


「なら幼馴染って言うよりかは家族みたいな感じ?」


「そうだね。幼馴染だけど親同士仲良いし、実質姉弟みたいなもんだよ」


 その言葉に思う節があるのか『うん、うん、なるほどね』と納得する者たちが現れる。


「だからそれに嫉妬する人たちの気持ちはわかんないかな。だって姉弟の縁に嫉妬されても実際困るし」


 そこに追い打ちをかけるように先ほど聞こえた悪口を含む声に牽制をかける北条。

 北条の視線がクラスを泳ぐ。

 それに合わせて気まずそうにする男子がチラホラと現れる。

 北条の中では和田明久は護るべき可愛い弟でもある。


「だから皆変な目でこっち見ないで」


 これが日頃のコミュニケーション力の差。

 周りに冷たい態度を取ることから、クラスで悪い意味で目立つ和田に対して軽蔑な目を向けていた者たちが北条の一言でそれを止める。


「てか、最近気付いてない振りしてたけど、クマ凄いよ? ちゃんと寝てる?」


「ぼちぼち」


「辛かったらちゃんと言ってね? 見てる私まで辛くなるから」


「わかってる」


 気持ちはわかる。

 凄く有り難い。

 だけど身近な存在だからこそどう甘えていいかわからない者だっている。

 常に周りの期待に応えようと、弱さを隠してきた男にはソレがわからない。

 だから余計に疲れる。

 どう反応していいかわからないから。

 誰よりも信頼しているからこそ、相談もしにくい。

 誰よりも味方になってくれるとわかっているから、相談しにくい。

 迷惑を掛けたくないと思える存在だから、相談しにくい。

 そんな感情が入り混じって出来上がった物は言葉や態度で表現が難しい。

 それは現実に影響を及ぼす。

 夜一人になると気分が沈み不安になる。

 目を閉じると心の中にはもう一人の自分がいて、心の奥底から声をかけてくる。

 人が無意識に弱くなる瞬間を狙い打ちしたかのように、


(臆病者、自分の限界に気づいた臆病者は絶望し逃げた、頭がいいから気づいた……いつか周囲の期待に応えられなくなると……だから逃げた臆病者で弱虫は誰?)


 心の中で、ゆっくりと、恐怖(もう一人)の自分が近づいて来る。

 すると、恐怖で心が乱され生活に支障を与える。

 寝ようとすればするほど、恐怖は近づいて来る。

 だから寝れない。

 あらゆる感情が恐怖に負け、怯えた感情は心の中に隠れる。

 結果、どうしていいかわからない自分だけが取り残され、周囲に敵を作りやすい自我を形成し外敵からも身を護ろうと自己防衛機能が誤作動する。


「お前さ、もうちょっと愛想よくできないの?」


 坂本の言葉にはぁ~と大きいため息が出てしまう和田。


「癖になってんだろ? ソレ」


 小さく頷いて認める。

 腐れ縁とは言え、強引に友達枠に入って来ただけあって坂本は坂本で和田のことを独自に理解している。


「でもな、周りから見ると素っ気ない奴って思われるぞ?」


「かもな」


「いいか? よく聞け、今から大事なこと教えてやるから」


「んっ?」


「女と一発ヤルには嘘でも愛想良くしておいた方がな、結果論にはなるが成功率が高いんだよ。所詮女は男の前で理想の彼女を演じる、そして男は欲望の為に愛想の良い紳士を演じる。これぞまさに因果応報ってやつだ!」


 物凄く友達思いでいい奴と思ったのも一瞬。

 自分で株を上げて落とす天才が和田の目の前に居た。


「台無しだな、色々と全部」


「私もソレには引くかな……」


「なにを言う。これぞ若さなのさ☆キラッ」


 ドヤ顔で決め顔。

 クラス中の女子がドン引きしても胸を張って持論を語る坂本のメンタルは強靭と言える。

 和田もそのメンタルの強さだけは素直に感心する。

 しかし。問題があった。

 他が圧倒的にクズな為、人としては全く尊敬できない反面教師としてしか見ることができないことだ。


「あき?」


「なんだ?」


「友達選びやり直した方がいいかも……私心配になっちゃった」


「善処する」


 同じことを思っていただけに即答する和田。

 場合によっては性格云々の前にまず友達選びからになりそうだ。


「そうは言うけど、北条さんだって彼氏とキスしたいとか思ったことあるだろ?」


「彼氏いない歴=年齢の人間に問う質問ではないね、ソレ」


「あれ? でもさっき別れたって言ってなかった?」


「彼氏(仮)のこと?」


 ふとっ、何かを思い出したかのように質問する坂本。


「そう言えばなんで仮だったの?」


「良い人だなとは思ったけど……なんか違うかな? と思ってお断りしたらチャンスをくれって頼まれて――」


「ほほう。それで?」


 興味津々の眼差しで聞く坂本。


「――ならお試し期間ってことで、友達として二週間過ごしてフィーリングがあったらそのまま付き合おうってことになってたからだよ」


「つまり北条さんの中で(仮)は彼氏にカウントされてない?」


「うん。あくまでお友達の関係」


「なら、なんで彼氏って呼び名使ったの?」


「私は友達って言ってたけど……あきがどうせ付き合うなら彼氏(仮)でいいだろって」


 肘で突きながら「もぉ~あきのせいだよ?」と小声で文句を言う北条。

 だけど全然怒っているように見えない。

 これは北条なりの和田に対する一種のコミュニケーションでもある。

 小さい時からずっと一緒のことが多く距離感が近い為か、ボディータッチに抵抗はない。

 その小さなコミュニケーションが和田にとっては嬉しかったりする。

 僅かな表情や仕草からそれを正しく理解している北条の目は母のように暖かい。


「俺のせいかよ」


「うん♪」


 ニコッ!

 満面の笑みで白い歯を見せて返事をした北条は眩しい。


 キーンコーンカーンコーン。


 放課後のチャイムが鳴り、そろそろ帰るかと和田が時計を見て動こうとした瞬間。


「千里帰るぞー」


 と、教室に居た全員、そして廊下でそれを聞いていた全員の時間が止まった。

 今まで男ネタが一切上がらなかった学園のアイドル的な存在。

 百を超える失恋者を創造した天才美少女魔法使い――小柳千里。

 そんな彼女に慣れ慣れしい男子生徒の声とスリッパの色から二年生とわかる先輩の出現。

 夏休みを終え、多くの男子生徒が密かに『聖夜の魔法』で一発逆転の青春ホームランを狙い打席に立とうと準備していた時に……強敵出現。

 驚いたのは男子だけではない。

 女子生徒も例外ではない。

 この世には女同士の愛と言うのも存在する。

 深くは追及しないが、愛に性別は関係ない、と言う女子の頭に突如落ちてくる落雷。

 なにより普段表情の変化があまりない和田でさえも目を大きくして「マジかよ」と驚く次第。それはある意味、凄いことで、クラスからは「あの和田まで驚いてやがる」などと言われる始末。

 和田がそう思った理由は簡単で。

 今は誰とも付き合う気はありませんので諦めてください、と言うのが夏休みまでの通例で、多くの生徒がまた誰か撃沈したのか……と殆ど毎日のように思っていたからだ。

 刷り込まれた意識をひっくり返す出来事に帰る気が遠のいてしまう和田。


「あっ! 遅い!」


 待ち人が来たことを確認した小柳が荷物を纏めて立ち上がる。


「悪い。編入手続き書類に不備があったみたいで遅れた」


 そのまま教室を出る前、


「あっ!」


 と、なにかを思い出したように、


「明久君またね」


 と、謎が深まる言葉を残して廊下に消えていった。


「だ、誰……あれ?」


 しばらくして北条がした質問に、


「さ、さぁ……」


 坂本が答える。

 どうやら顔が広い二人でも先ほどの男子生徒は知らないらしい。


 嵐のような出来事が終わった。


 ――。


 ――しばらくして。


 冷静さをある程度取り戻したタイミングで和田と北条も帰宅することにした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る