第25話


 未だ驚いた様子で口をぱくぱくと動かしたまま動かない父に対して、俺は声をかける。


「……さすがに、かなりMPを消費しましたが……俺の回復魔法も勇者にまけないだけの力があると思います」


 ……実際、そんなには消費していないが、俺は額を拭い、頑張ったアピールをしておく。

 こんな魔法がおいそれと使えてしまったら、今度は俺がビビられるかもしれないからな。


「……」


 サーシャは眼帯を外し、それから視線を向ける。

 その目も、完全に治っているようで彼女の美しい瞳が俺を見てきた。

 そして、その目からぽろぽろと涙をこぼしながら、口元を押さえた。


「……もう、こんな風に両の目で何かを見られるなるなんて……思ってもいませんでした」

「……」


 サーシャが泣き出してしまい、ひとまず俺たちは彼女が落ち着くのを待っていた。




「魔王を倒すために、勇者が必要なのは分かります。でも、魔王以外が勇者を倒せないということもないはずです」


 それまで、少し強い程度と俺のことを認識していた父ならば、止めてきただろう。

 しかし、先ほど目の前でこの世界ではありえない奇跡を見たからか、俺の言葉に反論はしなかった。


「……そう、なのかもしれないな」


 肯定。俺の言葉に同意を示すように頷いてくれた。

 それでも、まだ迷いはあるように感じた。それは、俺の実力に対してというよりも親だからこそ、なのかもしれない。


「俺はまだ、魔王を倒せるだけの力はないかもしれませんが、これからもっと強くなります。……だから、旅を許してくれませんか?」


 旅。

 屋敷の中にいたままでは制限があるので、俺は今のうちに行動範囲を広げたかった。

 といっても、父を狙ってゾルドラが人間界に来るまでには戻ってくるつもりではあるが。


「旅……か?」

「はい。サーシャのような戦える力を奪われた人たちを助け、人間側の戦力を上げておきたいんです」


 俺の言葉を聞き、父は目を丸くした。

 ……俺の魔法を使えば、サーシャのような被害者たちを治療できるはずだ。


 原作ではすでに死んでしまっているキャラや、あるいは原作に登場しているが、全力が出せないキャラクターがこの国にもいる。


 俺が仮に魔王を倒しても、魔族たちが襲いかかってくる可能性はある。


 魔王の加護がなくなった彼らならば脅威ではないが、それでも俺がこの国を離れ、旅に出たとしても戦える人たちを用意しておく必要はあるだろう。


 俺は、この国に残り続けるわけじゃない。憤怒の魔王を倒した後は別の国に行き、戦う。

 それまで、この国を、この世界を守れる人たちを用意しなければならない。


 何より、それが俺にとっての最高率の経験値稼ぎ、になることも――サーシャを治療して理解した。

 その詳細の確認は、後で女神様にする予定だ。


 俺の意図を、父は汲み取ってくれたようだが、まだ迷っているようだった。

 しばらく表情はさまざまに変わっていたが、それでも最後は頷いた。


「……分かった。……くれぐれも、無茶だけはしないでくれ」


 父は、迷いながらではあったが頷いてくれた。

 これで、一歩前進だな。


 とりあえず、やることは変わらない。ただ、これまでは一人でこっそりとやっていたことが、これからは堂々と自由に動き回れるくらいだ。


 そんなことを考えていると、サーシャがこちらにやってきて深く頭を下げた。


「……ルーベスト様。私をどうか、その旅に同行させてはくれませんか?」

「……どういうことだ?」


 腕を治したことへの感謝とかだろうか? 別にそんなものは必要ないのだが……。

 すでに大量の経験値を得られているので、それで満足だ。


「私は、魔王を討伐するためだけに生きてきました。あなたが、魔王を倒すために旅をするというのなら……あなたの力になりたいです」


 ……そういうこと、か。

 サーシャは、自分の復讐を果たすために、同行したいんだろう。


「何より……私を救ってくださった、あなた様に……すべてを……捧げるつもりで戦いたいと思ったのです」


 深く頭を下げたサーシャを見ながら、俺は少し考える。

 この提案は……悪くないよな。


 俺はゲーム知識を持っているが、この世界での常識的な部分はあまり持っていない。

 その差異を埋めてくれるかもしれないサーシャが仲間として同行してくれるなら、心強い。


「父さん、別にいいですか?」

「ああ、大丈夫だ。旅……旅、かぁ……ルーベストがいなくなると、屋敷が寂しくなるな」

「……でも、十五歳の誕生日までには戻りますよ」


 魔王を倒すために。

 いや……何よりも。


 父を、この家族が崩壊してしまったその日を変えるために。

 何より、勇者を救うための一歩でもあるしな。


 父はまだ悩んでいる様子だったが、


「そうだな。分かった。頑張ってくれ、ルーベスト」


 それでも最後にはこくりと頷き、俺たちの話は終了した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る