19 鳳凰暦2020年8月15日 土曜日夕刻 国立ヨモツ大学附属高等学校応接室(2)



「だから12人ではなく、8人で計算し直して……。もちろん、大学での新設分も合わせて、だけどね。それで5億4千万だ。ここがもう、大学としての限界なんだ。事前契約で決めた最低額の4億円からは1億4千万の上積みになる。ここらあたりが妥協点じゃないかねぇ? お互いのために?」


 ……後藤教授は限界額を示した。事前にわしらが聞いていた金額が本当なら、ここが後藤教授の絶対防衛線だ。これ以上は譲れないだろう。


 茶番劇なら……話はここまでのはずだ。


「……12人だった計画を8人で、つまり、ここで示された金額の3分の2を想定して、5億4千万が限界だと? そういうことですね?」


「そういうことだね。すでにこの金額は、あの実験で不可能ではないと示してもらっているし、だからといってこちらも利益なしでは特進コースの設置というような大きな変革はできない。こちらにも、そちらにも利益が出てはじめて、いい取引ってもんじゃないかい?」


「そのラインが5億4千万ということで間違いないですか? これ以上は譲れないけれど、5億4千万なら確実に出せる、と? そこは間違いないですか?」


「ああ、そうだね。だから、ここで折れてもらいたい。今後もいい関係でいたいと思うからね、こちらとしても」

「なるほど……」


 ……そこでうなずいてる釘崎はやっぱり、鈴木から限界額を聞いていたのか?


 ようやく茶番劇が……鈴木の役を釘崎に変えたことで茶番劇に見えなくなったアドリブ劇が、終わる、のか。釘崎はそのための……配役変更だったのか?


 わしがそう思った……わしだけでなく、校長や後藤教授も同じだろう。わしらがそう考えた瞬間、釘崎は赤ペンをさっと取り出した。


「なら、こうしましょうか」


 後藤教授が出した資料の上に、釘崎が赤ペンで二重線を引き、数字を消す。そして、その数字を赤ペンで書き変える。


「なっ……」


 後藤教授が動きを止めた。わしも、ここで終わりだと感じた一瞬の隙を突かれたような感覚だった。


 釘崎は特進コースの生徒の換金額から20%を吸い上げるところを……40%に書き変えたのだ。


「これで、学校側が得られる金額は2倍になりますよね? つまり8人で特進コースを新設したとしても10億8千万は可能だということになります」


「いや、君……その数字を書き変えるのは……」

「何をおっしゃいますか。そちらは12人を8人に書き変えたじゃありませんか」

「それは……」


 後藤教授が言葉に詰まる。

 確かに釘崎の言う通りだった。こちらが先に数字を変えて金額を突きつけたのだ。同じことを釘崎がしたからといって言い返せる訳がない。


 ……この一手。そう、全てをひっくり返すかのような逆転の一手。


 いつからだ? 釘崎は……いや。鈴木はいつからこれを考えていた?


 まさか、鈴木メソッドをこっちに送り付けたあの時から、なのか……。


「……だが、さすがに40%も吸い上げるとなると生徒たちの負担が大きいし、特進コースを希望する受験生も減って……」

「いいえ、その心配はありませんよ」


 それでも反撃を試みようとした後藤教授を、微笑みながら釘崎がさえぎった。


「ここにいる鈴木はもちろん、あの実験に加わった女子生徒たちも全員、ウチの見習いアタッカーとしてすでに40%の吸い上げを受けています。それで、特に何も問題は起きていませんので。むしろ、40%というのは見習いアタッカーとしては破格の厚遇ですよね? ご存知でしょう?」


 見習いアタッカーは一般的に高校3年生がなるもので、受け入れたクランは見習いアタッカーに対する限界額の90%を吸い上げるのが普通だ。それが40%というのは確かに破格の厚遇と言える。


「私どもとしましては12億を主張していましたが、10億8千万であれば妥協点として考慮に値しますが……」


 後藤教授ははっきりと顔色を悪くしていた。後藤教授の狙いを完全に外され、上をいかれたのだ。


「君……釘崎くんといったか……。いったい、どこでこんな交渉の仕方を……」

「いろいろと経験は積ませて頂きましたので」


 釘崎はにこりと笑った。その笑顔には迫力があった。


「いや、10億8千万はさすがに……」

「先ほど、吸い上げが20%の時点で5億4千万は可能だとはっきりお聞きしていますが? 確認、しましたよね?」

「う……」


 さっきの話で後藤教授は言質を取られている。

 それが釘崎の……そして、鈴木の狙いだったのだろう。5億4千万という限界額を引き出せたら……あれで全てをひっくり返すつもりで……。


「ふふ。まあ、いいでしょう。そちらも限界まで頑張って頂いたのであれば、こちらも少しは折れるとしましょうか。10億8千万が厳しいのなら……そうですね、キリもいいので9億円で手を打ちませんか?」

「9億……」


 もう、後藤教授には余裕がない。釘崎はすでに勝者の笑みを浮かべていた。


「最低額4億円に1億4千万の上積み。そうおっしゃいましたよね? 吸い上げが倍額で最低額が8億円だと考えれば、上積みは1億円で……4千万もそちらがお得になっています。9億円で手を打たないというのであれば、ギルドなど……この鈴木メソッドで10億以上は引き出せそうな相手も、こちらにはいますが?」


 後藤教授は一度、目を閉じた。


「ああ、そうですね。大学が附属の普通科から新しい特別推薦で受け入れる予定の学生たちは、平坂で寮生活か、もしくは通学可能範囲ですよね? 普通科ですから。それなら3月の卒業後は、時間も取れるでしょう。その初年度の育成にウチのクランが協力しましょう。格安にしておきますよ?」


 ……これはとどめだ。校長と後藤教授が準備している新しい特別推薦まで把握していたとは。


 それでいて、金額でも、サービスでも、釘崎は利益を示してきたのだ。


 後藤教授はゆっくりと目を開いて、そのまま両手を上げた。降参、ということに違いない。


「分かった。9億円で買い取らせてもらおう……」


 鈴木メソッドの金額交渉は、わしの目からは大学の……後藤教授の圧倒的敗北のように見えたのだった。後藤教授はこの後、大学でいろいろと説得に回る必要があるに違いない。


 同時に、後藤教授を交渉で打ち負かした釘崎が、まるで巨人のように見えていたのだった。





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