第19話 ベランダの誤算



雲が優雅に流れる昼下がり。


梨花は、部屋の勉強机に学校の宿題を広げて、

外をながめていた。

天気がいいなぁとシャープペンとくるくると回した。

英語の日本語訳が途中だった。

教科書ノート、辞書を広げたままぼんやりする。


猫のミャーゴがいつの間にか朔斗の家のベランダに

飛び出してるのが見えた。


「あ、おいで、おいでー。」


 無意識に近くに呼び寄せていた。

 猫は気まぐれだというけれど、

 ミャーごは梨花のことが気になるようで

 いつも近くに寄ってくる。


 体にまたたびでもついてるのだろうか。

 梨花の部屋の前のベランダにやってきたミャーゴは喉をゴロゴロとさせて、ご機嫌だった。梨花はミャーごの顎の下を撫でていた。


「良い子良い子。

 かわいいなぁ。

 うちの子になればいいのになぁ。」


 ミャーゴはしばらく梨花のなでなでに

 終始ご機嫌だった。

 それを朔斗は数分前から気づいていたが、

 静かに待って、梨花とミャーゴを眺めていた。

 何気ないそんな姿が愛しかった。

 柔らかい表情の梨花とそれに応えるミャーゴの

 反応に引き寄せられていた。


「あ、朔斗!!

 何、そこでじっと見てるの!?

 ミャーゴ、うちの子にしちゃうよぉ。

 ねー?」


 ミャーゴを優しく抱っこしてなでなでした。

 朔斗はハッと気づき、怒りの表情を見せた。


「梨花にミャーゴは渡さないぞっと。」


 朔斗は自然の流れで梨花の部屋のベランダに移動した。梨花と朔斗の家は数メートルのスペースしか離れていない。少し足を伸ばせば届いてしまう距離だ。


「よっと!」


 ジャンプして、梨花の部屋の中に移動すると

 思いがけず、着地した足のバランスを崩した。


「きゃー。」


 不意に、ミャーゴを抱っこしていた梨花の上に

 朔斗は乗っかる形になった。アクシデントだ。


「ちょっと!やめてよ!……?!」


 うつ伏せになっていた梨花が起きあがろうとした

 瞬間、朔斗との顔が目の前に。バチっと目があって、何も言えなくなった。かなりの至近距離。抱っこされていたミャーゴはにゃーと鳴いて逃げ出した。

動けなかった。体がかたまる。こういう時どうすればいいのか。思いがけず、目をつぶった。すると、何か柔らかく、温かいものが唇に触れた。何をされたのか。目をつぶっていてわからなかった。

 気になって、目をバチっと開けた。


 そこには、ミャーゴを抱っこする朔斗の姿だった。

 夢だったのだろうか。下唇を指でおさえた。


「さ、朔斗、今、何かした?!」


「……何もしてない。

 ミャーゴ抱っこしただけだし!!」


「う、嘘だ。」


「……ミャーゴ、ほら行くぞ。

 にんにくくさい人とはおさらばだ。」


「……ちょ、それってどういうことよ!?

 確かにお昼ごはんは今日餃子だったわ。」


「へーそうですか。

 通りで唇がテカテカのテッカテカですね。」


「あ、油っぽいってこと?

 てか、ちょっと待って、今、キスした?!」


 その質問には一切答えない朔斗は、

 ミャーゴを連れて、元いた自分の部屋に

 戻って行った。


 肩には名残惜しそうなミャーゴが

 こちらを見て鳴いていた。


 ぺろっと舌を出す朔斗がいる。


 ロマンチックなんてどこへやら。

 質問の答えを聞いてないまま一日を終えた。


 モヤモヤした気持ちのまま

 夜は全然眠れない梨花だった。






 



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