第61話 ギブアンドテイク

 「一ノ瀬くんもうすぐ出来ますよ」 


女神の楽しそうな鼻歌コンサートを聞いて待っていると声がかかった。


お願いしてお昼ご飯を作ってもらっている身なのだが、意外にも待っている時間は落ち着かずスマホを見ても特にやることもなく出来上がるのが一層嬉しかった。


完成した料理を運ぼうとキッチンに向かうと、揚がったばかりの天ぷらが目に入りすでに飢え切っていた食欲がさらに活発になった。


「朝比奈さん俺これ食べたい」


すぐにでも食べたくて指さしで朝比奈さんに伝えると、俺は何故か笑われた。


「そんなに焦らなくても一ノ瀬くんの分ですから大丈夫ですよ」


「まじですか。さすがに贅沢だ」


「ふふっ...そんなに喜んでもらえるなら作った甲斐がありますね」


作ってもらった俺がはしゃいでいるだけでよろこんでくれる朝比奈さんはどれだけ懐が広いのだろうか。


「私もお腹空きましたし早く食べましょう。それにお蕎麦が伸びちゃいます」


リビングに運び席に着くと目の前には店で食べてるみたいと思うくらいに綺麗に盛り付けされた食卓が広がっていた。


メインを勤める蕎麦に続き、天ぷら、小鉢には気遣ってもらったのかちょこんとのったおひたしに、薬味類の小皿も用意されていた。


まるで蕎麦定食である。


「すごい朝比奈さん自分の家なのに外食してるみたい!」


「そうですね。こうやって並べて見ると私もちょっと気合入ってこだわってたみたいですね」


 確かに朝比奈さんの家から荷物を運ぶときにやけに重いなと思ったが、この食器の量を見れば納得だ。


というより...最近普通に朝比奈さんの作ったご飯を食べる機会が増えたというのか..


といってもここ最近の話であって長い期間一緒にいるわけではない。


お互い一人暮らしで同じマンションなら皆こんな感じなのかな...


朝比奈さんの「いただきます」の掛け声に続いて俺も口にした。


 飢えに飢えた俺の胃袋は止まることをしらず朝比奈さんお手製料理を食べ進めた。


というよりは美味しくて手が止まらないと言った方が正しいだろう。


「朝比奈さん!」


「はい!なんでしょうか?お口に合いませんでしたか...?」


いきなり俺に呼ばれたことに驚きながら、不安そうに尋ねてきた。


「いや、美味しすぎて自分で想像してたよりも大きい声が出ちゃった。驚かせてごめんよ」


「よかったぁ。あんまり驚かせないでくださいね。それで、どうしたんですか?」


「この間もらったお弁当もこの蕎麦定食も美味しすぎて将来お料理系に進むんですか?」


「大袈裟ですよ。ただの家庭料理ですから。将来のお仕事に繋げる事なんて考えたことないですかね。小さい頃将来の夢にパティシエって書いた事ならありますけどね」


朝比奈さんは恥ずかしそうに笑った。


「そういうものなのか。少なくともうちの学校で朝比奈食堂なるもの出したら一食一万円で出しても売れると思うけどな」


「そんなあこぎな商売はしませんよ!まったく...まぁ一ノ瀬くんが美味しく食べてくれるならそれでいいですよ」


「やっぱりやめよう!人が多すぎて俺が食べれなくなる」


朝比奈さんは呆れた顔をした後に肩を落とした。


「だからやらないですって。まぁ、そう思っていただけるなら今日の作戦は成功でしたね」


「作戦ですか?えっと俺が知らない間に何か競ってましたか?」


「競ってませんよ。私があなたに届けたかったんです。」


 届けたかった?朝比奈さんの言葉の意味が俺には理解できなかった。


「あなたの生活環境は精神衛生によくありませんからね。部屋が散らかり食生活も偏った物ばかり。そんな環境で変わろうとしても変わりませんから」


「そんなにグサグサいきなり刺さなくてもいいじゃないですか...」


「初めがひどかったから仕方ないでしょう。最近は少しずつ部屋も綺麗になってきましたが、あと足りないのは食生活ですね。あなたには温かくて栄養バランスが整った物が必要です」


「そりゃあ同じマンションに怒ると怖い人がいる...」


途中まで口にしたところでギロリと鋭い目つきが飛んできたので言葉を飲み込んだ。


「そこで提案なのですが、一ノ瀬くんさえ良ければこの体育祭期間だけでいいですから私のご飯を食べていただきます」


「いや..いくらなんでもそれはやりすぎでしょ。それに朝比奈さんの負担大きすぎるし」


「別に負担にならないので問題ないです。それに一ノ瀬くんにはこの期間練習にも付き合っていただくので私もお礼がしたいのです」


「それはそもそも俺が巻き込んだからで...」


「でも、私は自分の意志で参加しました」


「そのおかげで俺は助かった。だから練習に付き合うのも別に問題はない。それでいいじゃないですか」


 俺はなにかをしてほしくてやっているわけではない。

朝比奈さんがそこまでやってくれる必要はないのだ。


「一ノ瀬くんならそう言うってわかってました。返せるものがないからでしょう?」


朝比奈さんの一言ですべてを見透かされた気分になった俺は俯くしかなかった。


「一ノ瀬くんはギブアンドテイクがないとダメなんですか?」


返す言葉が見当たらない...全く嫌なところを突いてくる。


 朝比奈さんがどういう人なのかはこの短い期間で少しはわかってはいるつもりだ。


他意がないことも、嘘つきなところも。


頭ではわかってる。


ただそれを言うには遠い。


「そこまでする必要は確かにないのかもしれないです。これは私の自己満足も入ってますから」


「自己満足ですか。朝比奈さんはそれをして何を得るんですか?」


「そんなの一つしかないですよ。手作りのご飯をあまりにも美味しそうに食べるからそれを見たいってだけの」


 同じ自己満足でも自分とは違うことに呆気にとられた。


「一ノ瀬くんもそれで精神衛生が整うから悪い条件じゃないと思いますよ。だってこんなにも色んな表情を見せてくれるんですから効果はあるんじゃないですかね?」


まったく..頭が回る人だな。


否定ができない。


言われた通り、一人でインスタント食を食べる時は訳が違う。


温かくて人が丹精を込めた物に会話があって美味しさを共有できて。


まさに「生きてる」って感じだ。


これが朝比奈さんの言う精神衛生ってことなんだろう。


「わかった。じゃあその提案受けるよ。ただ食費は全額俺が持ってもいいかな?」


「提案を受けてくれるのは嬉しいですけど。後半の部分は飲めるわけないじゃないですか!」


「俺は調理に関しては役に立たなくて負担をかけちゃうからせめてのものだよ」


「まったくあなたって人は...折れるつもりもなさそうですね」


「朝比奈さんもよくお分かりで」


「私の自己満足なのにありがとうございます...この期間は毎日美味しい物作ってあげますので!」


「楽しみにしてるよ」


「ほら!早く食べてください。熱々料理だったのが冷めてきちゃってますよ!」


俺は朝比奈さんに言われるがまま目の前で残っているものを口に放りこんだ。


「...私が救えるかな」


「なんふぁいいまひたか?」


「何もないですよ。お行儀わるいから食べてから話してください」


「すみまふぇん」


食べたまま反射で謝ってしまい。朝比奈さんを見るのが怖かったので咀嚼に集中した。

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