第53話 貧民街

 ミヤノの一番大きな出入口である南門からミヤノの中心地である泉の公園まで抜ける、中央通り。組合はその途中の中央広場の一角にある。

 中央通りを北上して泉の公園を横目にさらに直進すると、北門通り。その名の通り街の北門まで通じてる。

 北門通りも中央通りと同じように綺麗に整備はされてるけど、北門付近までは商店もほとんどないただの通り。

 そんな通りをてくてくと歩き、北門付近の北門街に出た。組合から1時間近くかかったかな。

 北門街は、南の方の街と違ってどこか寂れた雰囲気が漂う。

 そんな表通りを外れて裏路地を奥に進むと、街が違った顔を見せる。――娼街。

 昼間だというのにそこここに客を取る女性が立っている。

 淀んだ空気にはどこからともなく煙と香水の匂いが漂っている。

 フードを目深に被って通り過ぎるニアに、彼女たちの敵意ある視線が追ってくる。

 浮浪児はスリや盗みを働く。ニアは彼女らのシマを荒らす侵入者と勘違いされてるようだ。

 爛れた路地をさらに奥に進むと、饐えたような匂いが漂ってくる。

 そこには貧民街の住人たちが住むスラムがあった。

 雑然と立ち並ぶバラック小屋や粗末なテント。

 ぼろ布のような毛布で横になる人も見える。

 どこからともなく、激しく咳き込む声が聞こえる。


 ニアはあたりを見回すと、バラックの柱に背を預けて所在なげに立つ少年に近寄る。

「イルトに会いたい」

 目的の依頼人の名を告げる。

 ニアより少し幼いくらいの犬族半獣人の少年が鋭く睨む。

「……何の用だ」

「冒険者」

「お前が?」

 少年は一瞬疑いの目を向けるが、すぐに踵を返した。

「来い」

 迷路のような狭い通路を抜け、ひとつのバラックに案内された。

「イルト、冒険者だ」

 少年がニアに入るように促しながら告げる。

 バラックに入ると奥は布で仕切られていた。そこから慌てたように別の少年が出てきた。

「まさか、手に入ったのか!?」

 ニアは横に首を振る。

「……何しに来た」

 がっかりと力が抜けたように肩を落としながらイルトが問う。

 ニアがフードを捲った。イルトの目が見開かれる。ニアがイルトの目を見る。

「私はニア。私も似たような生活してた。仲間が死ぬのは悲しいのも……知ってる」

 ――そうか。こんな場所にどこか慣れてる感じだったのは、それでなんだ。

「……」

 イルトは唇を噛んで、仕切られた奥に目をやった。

「もう間に合わねえ。……今夜持たないだろう」

 イルトが小さな声で言う。

「俺はイルト。ガキどものリーダーみたいなもんだ。奥に寝てるのはミミ姐。俺たちは7人で力を合わせて生きてきたんだ。中でもミミ姐は客を取れたからいちばん稼げた。俺たちが食い繋げたのはミミ姐のおかげなんだ。でも客に流行り病を感染されちまった。ポーションなんて買えないから、ミミ姐は言い出せなくて、気付いた時には手遅れで……」

 イルトがまた唇を噛みしめる。目に涙が浮かぶ。

「チビーがさ……仲間のひとりなんだ、そのチビーが妖精を見たって言うんだ。妖精の血ならミミ姐を治せるはずだって。俺たちの金を全部集めてもポーションは買えないけど、冒険者に依頼なら出せるって。それしか……それくらいしか俺たちには思いつかなくて……ミミ姐を、ミミ姐を助けられなかった……」

 イルトが俯く。地面にポタポタととめどなく雫が落ちた。

「ミミに、会いたい」

 ニアが祈るように言う。

「……感染るぞ」

「だいじょぶ」


「ミミ姐、ファーリー仮面が来てくれたぞ」

 イルトがミミに声をかける。

 胸が上下するたびにぜぇぜぇと音をたてて呼吸しながら、ミミは横になっていた。

 痩せこけ落ち窪んだ目を薄く開け、ほんの少しだけこっちを向く。

 頭の特徴的な耳は兎族の半獣人。ニアより2つ3つ上くらい、イルトと同年代だろうか。

 濁った目はニアを見ただろうか、涙がひとすじ流れた。胸に置いていた手を伸ばそうとしているのか、弱々しく手が動く。

 ニアはその手を両手で包み込むように握った。

 何かを言おうとミミの口が動き……

「ごひゅっ、ゴボボ……」

 口から泡立った血が流れ出た。

「ミミ姐!」

 イルトがミミに取り付き、唇を重ねて口の中の血を吸い出しては吐き出す。

「……かひゅう……ぜぇ……ぜぇ」

 ミミはまた目を瞑る。両の目から涙がひとすじだけ流れた。

 胸が上下するたび、ぜぇ、ぜぇ、という呼吸だけが響く。

「……これを」

 ニアが魔法収納からポーションを取り出し、ミミの口にほんの少しだけ流し込む。

 ミミの喉が動くのを確認して、また少し流し入れては様子を見る。

「ありがとう、何か月かけてでも金は払うよ。でも並みのポーションじゃもう手遅れなんだ……」


 時間をかけ、少しずつ、何度にも分けてポーションを飲ませきった。

「すぅ……すぅ……」

 いつの間にか、ミミの寝息が安らかな音をたてていた。

「……ミミ姐?」

 イルトが血で汚れたミミの顔を拭く。顔色もよくなっていた。

「ポーションが効いた……? お、おい、そのポーションって、まさか……」

「ん、上級」

「じょ……っ!?」

 イルトが絶句する。

「……なっ……そ、そんな高価なもの……か、金はねぇ、俺は、俺たちは何をすればいい……?」

「いらない、貰いものだから。ファーリーサービス」

「い、いや、この恩はぜったい何か……かえっ……返すから……」

 イルトの言葉は涙に押し流されてしまった。


 ……ええ話やなあ。

 ボクも思わずもらい涙がちょちょぎれるよ。

 ――ん? うやっ!?

 ニアが胸元に指を入れてボクの涙を拭った。


「舌出して」

 人さし指を立ててニアが言う。

「……え? な、なに?」

 イルトはどぎまぎしながらも、言われた通りに舌を出した。

 その舌にニアがその指を当てる。

「な……甘い? 何?」

「ん、ファーリーおまじない」


 ◇ ◇ ◇

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