第16話 囮

「ニア、気を付けて」

「うん」

 ボクはダンデが腰に下げた袋の中から声をかけた。

 しばらくはここがボクの定位置になるみたい。

「ニアはスキル持ちが3人態勢で追跡する。ガフベデの屋敷も監視している。動きがあれば逐一こちらに連絡が走る。大船に乗ったつもりでいろ」

「うん」


 ◇ ◇ ◇


 それから小一時間。早くも動きがあった。連絡員から支部長に報告が入る。

「獲物が喰い付いた。餌は無傷で持っていかれた。かなりの手練れ。だそうだ」

 無傷ってところに、ほっと胸を撫で下ろす。

 ほどなくして、次の報告はガフベデの屋敷の監視から。

「ゲイル指名の納品、樽ひとつ、とのこと」

 連絡員が退室し、ダンデが立ち上がる。

「よし、手はず通り、すぐに…………ん?」

 そのとき、また支部長室のドアがノックされる。合図と違うから別件だ。

「今取り込み中だ、明日にしてくれ」

 でも、来客は有無を言わせずドアを開けた。

「その件についてだ。少々時間をもらおう」

 入ってきたのは軽鎧に身を包んだ騎士が3人。ひとりが隊長格で、残り2人が副官、のような感じ。

 ダンデがあからさまに渋面になる。

「どこで嗅ぎ付けた」

「我々も以前から奴を追って根回ししていたのだ。後ろ盾も押さえた。あとは堕とすだけのところなのだ」

 騎士にしては老齢に見える隊長格の男が答えた。ダンデの眉が跳ね上がる。

「今回の件はこっちが売られた喧嘩だ」

 口を出すな、と。

「もちろん、そちらの顔を潰すつもりはない。だが、同行はさせてもらう」

 隊長格の男も、ここが引けない一線だという事を毅然とした態度で示す。

「今すぐ行けるのか?急ぐんだがな」

 同行は構わないんだろう。ただ、急ぐ理由がある。

「鑑定士を呼んでいる。1日待て」

「待てん!被害者の安否に関わる!」

「被害者? ……ふん、そういう事か。待たせておけ、死にはせんだろう。勝手に動くなよ。ではな」

「待て! おい! …………クソッ!!!」


「…………フェイ、まずい事になった」

 立ち尽くしたまま、ダンデが絞り出すように言った。

「まさか、待つの!?」

「警察権限はあっちが上なんだ。こうなっては自警団は単独で動けん。動いたら全員反乱罪だ」

「だって、ニアが…………!」

 ダンデが握った拳が震えている。

「…………すまん…………」

 立場上どうしようもないのはわかる。わかるけど……!

 ボクは袋を飛び出すと、部屋の窓に取り付いて思いっきり押す。

「フェイ! 待て、お前が行ってどうなる!」

 ぐぐぐぐぐ……と窓が開く。

「行かないでどうなる!!!」

 ボクは窓から飛び出した。


 ◇ ◇ ◇


 はぁっ、はぁっ、はぁっ…………

 全速力で飛び出したはいいものの、すぐに息切れしてしまった。逸る心とは裏腹にスピードがどんどん落ちてしまってる。

 失敗した、最初からスピードを加減するべきだった。でも……ニアが……!

 途中、何人かに目撃されちゃった気もするけど、そんなこと気にしてる場合じゃない。


 やっと、ガフベデの屋敷。外壁を飛び越えて逃げだした出入口に来たけど、扉が閉まってる。いや、たとえ建物に入っても、あの地下室に行く扉はボクじゃ開けられない。

 …………そうだ、通気口!

 拷問部屋には通気口があった。地下室の通気口は外に通じてるはず。建物の土台をぐるりと辿りながら間取りを考える。地下室はこのあたりのはず……

 あった! 石組みの外壁の一部に、隙間を作って組んであるところが。

 ボクならギリギリ入れる!

 身体をねじ込んで奥に進む。

 んぐぐぐ……、はあっ!

 隙間の奥は空洞があった。ボクにとっては通路と言えるくらいに広い。ただ、ちょっと進むと、真っ暗。

 目を慣らすため、一度止まって目をつぶる。しばらくして目を開けると、うっすらと通路が見えた。

 建物の壁に沿ってまっすぐ伸び、突き当たりが見える。そこから先は行ってみないとよくわからない。

 壁に手を添えつつ暗闇を進んでいく。突き当りまで行くと通路は直角に折れ、奥行きと縦が深い空間があった。

 そして下の方に3か所ほど、明かりが見えている。

 同時に、何かを叩くような鋭い音が、かすかに、繰り返し聞こえていた。

 ……いる! ニアと、豚の気配!


 明かりのところまで行くと、脱出するときに見た通気口だ。檻が嵌まってるけど、ボクは素通りできる幅。

 部屋の中を見下ろすと…………

 大の字の磔台に拘束されたニア。頭はがっくりと項垂れていて表情はわからない。

 バシイッ!

 豚が太く短い鞭を振り下ろした。全裸のニアを打ち付け、ニアの身体がビクンと痙攣して血飛沫が飛ぶ。

 ニアの身体には幾筋もの肉まで捲れた鞭の跡が刻まれていた。

 なんてことを…………!!!

 気が付いたら、ボクは全力で豚の横っ面に体当たりしていた。

「おがっ!? なっ、何…………おおおおお、妖精が戻ってきおった!!!」

 くそっ、全力でぶん殴ったのに、喜んでんじゃないか! 全然効いてない!

「ニア!!!」

 返事がない。気絶してるみたいだ。

 ボクは、使い方を教わっていた通り、電撃付与の首輪を掴んで豚に投げ付けた。電撃が解放されて稲妻が走る。

「ふごっ」

 豚が硬直して倒れた。ざまあみろ、こないだのお返しだ!

 まずニアの右手を拘束してるベルトを外し……外そうとしたけど、固く締まってて外れない。

 このおおおお!

 力任せに引っ張る。もう少しで外れそうだけど、もう豚が起き上がってきた!電撃弱くない!?

 豚が鞭を振りかぶる。でも、これ取らなきゃ……

 こんのおおおお!!

 渾身の力を込め、外れた!と思ったのと、振り下ろされた鞭が避けられないのを悟ったのは同時だった。

 バシイッ!!

 巨大な鞭がボクを横薙ぎに弾き飛ばす。

 ニアの毛皮を切り裂くほどの鞭だ。

 ボクの血飛沫がニアの肩から横顔を染め、ボクは壁に打ち付けられていた。

 前のフェイの、あの最期の瞬間がフラッシュバックして視界に被る。

 ……ああ、でも、身体はまだ繋がってるや…………

 おかしな向きの身体を見下ろし、ボクは重力に引かれて落下しながら、意識が暗転した。


 ・ ・ ・


「ぐふ、ふふふ、でかしたぞケモノムスメぇ、これなら許してやるわ!」

 ガフベデはフェイの上からポーションをぶっかけて、摘まみ上げる。

 捻じ曲がっていたフェイの身体がみるみる修復されていく。

「妖精だからか?やはりポーションの効きがいいわ。そう簡単に死んでもらっては困るからのう、ぐふ、ふふふ…………」


 ◇ ◇ ◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る