第33話 ハザマさん
僕達は町に到着後、宿を借りて一夜を明かした。
そして今日、マルさんとドッカリはこの国を出発して、風の国に帰るようだ。
ドッカリが風の国に行くのは、魔獣の少ないソルフーレンの方が自分には合っているかららしい。
ドッカリは本職が決まるまでは、マルさんの所で一時的に働くようだ。
まあ、ドッカリは冒険者みたいな危険な仕事より、花屋の様な落ち着いた仕事の方が性に合っていだろうと思う。
またお金に困って子供を脅すよう仕事をされてもね、というのがマルさんと僕の思いだ。
ドッカリも冒険者を辞めるきっかけを求めていたようで、その花屋の仕事を、うんうんと一つ返事で受け入れた。
僕は「良かったね」とドッカリの肩を叩くと、彼は「へへっ」と照れ隠ししたように、鼻の下を擦っていた。
もしコイツが間違いを犯しそうになった時は、マルさんが睨みを効かせてくれるだろうから、安心・・・・・・だな?
マルさんの暴走の方が危険な気もするけど・・・・・・まあ、その時はドッカリが止めるだろ。
リトトスさんも中々に天然らしいから、ドッカリ個人の負担は凄そうだな・・・・・・ま、大丈夫か。
ドッカリだしな。と僕は一人でうんうんと頷き、勝手に納得した。
それに危機感を持ったドッカリは僕の肩を掴んだが、僕はそれを「虫でも止まった?」と言って誤魔化した。
そして絶望した顔でドッカリが部屋に戻って行ったのが、昨日のこと——
「それじゃあ二人とも、お元気で」
「また会いましょうね、ソラさん」
「うん。今度は悪いことしないでね」
僕は最後に一応、釘を刺しておく。
「わ、分かってますよ」
それにビクッと肩を揺らし、オドオドした目でドッカリは返事をした。
「寂しいですねぇ・・・・・・」
「マル、お前涙脆すぎるぞ」
「歳を取ると、そうなるんですよぉ」
「そうかぁ?」
「そんなもんですよぉ」
トウキ君とマルさんの話が終わり、今度は僕がマルさんに話しかける。
「マルさん、ドッカリをよろしくお願いします」
「任されました。次は無いということを徹底的に叩き込んであげますからねぇ!」
「ま、マルさん、勘弁してください・・・・・・」
僕達は町の南門まで移動し、そこで国を出る彼等を見送る。
僕とトウキ君はこの国に残り、二人でハザマの国の首都を目指すことになっている。
ハザマの国の首都はここから二十日ほど掛かるらしく、超長距離の移動になるとのこと。
僕達はもう旅の支度を済ませているので、お別れが済んだら直ぐに移動になる。
「それじゃあ皆さん、またお会いしましょう! ソラくん! お母上が見つかる事を祈っていますよぉ!」
「はいっ! 今までありがとうございました、マルさん! ドッカリも、身体には気を付けてね!」
「はい! また会いましょう、ソラさん、トウキさん!」
「オウ」
「それじゃあ、出発しますヨォ!」
マルさんはそう言って、パシんっと馬に鞭を打った。
ガラガラと車輪が周り、町から離れていく。
ドッカリはマルさんみたいに、顔を涙と鼻水で光らしながら、大振りで手を振り続けた。
「またねっ、二人共っ!」
僕はそう叫び、二人との別れを済ませた。
そしてトウキ君は踵を返し、僕の肩を叩いた。
「俺達も行こうぜ」
「うん、行こう」
僕はトウキ君の後ろについて行き、予約しておいた馬車の元へ向かった。
* * *
現在は午後——昼が過ぎたところだ。
僕とトウキ君の二人は馬車の荷台に乗り、ガタガタと揺れる傾斜のキツイ道を進んでいく。
空は晴れていてるのだが、背の高い木に陽の光は遮られており、若干薄暗い。
山道では馬車と度々すれ違う。
その馬車には武装した人が数人乗っており、その人達は御者さん曰く、魔獣対策で雇われた冒険者の人達らしい。
この国では移動の度に護衛として冒険者を雇うせいで、風の国より馬車の運賃は高いそうだ。
しかし、今回はトウキ君が乗っているおかげで、冒険者を雇わずに割安で馬車に乗せてもらっている。
僕一人だったら冒険者を雇わないといけなかったのかぁ、と思うと、ちょっと情け無い気持ちになるが、稼ぎの無い僕には凄くありがたい。
「へえ、ソラくんはこの国に来て短いんだねぇ」
僕は馬車に揺られながら御者さんと世間話をする。
御者さんは人当たりの良い人で、マルさん程ではないが、結構なお喋り好きのようだ。
「そうですね、まだ右も左もって感じで」
「じゃあ、この国のこと教えてあげようかね」
「おお、それはありがたいです! お願いします!」
暇潰しという感じで、御者さんがハザマの国のことを話してくれた。
ハザマの国は、千数百年前に鬼国からこの地に渡ってきた「ハザマ」という人族の女性が建国したらしい。
そのハザマさんは鬼国の華族だったようで、そこで得た莫大な財産の全てを注ぎ込んで、この国を建国したそうだ。 それで女王になったハザマさんは、何故か女王の権力を振るうことなく、付き人に国の全てを任せて、この国の田舎で一人、その生涯を終えたのだとか・・・・・・。
話を聞くと、ハザマさんは、ただ国を作っただけの人だ。
それ以上の伝説は無く、何故国を作ったのか、何故作っただけで何もしなかったのか・・・・・・その一切は不明なのだそうだ。
現在この国を治めているのは、ハザマさんに国を任された付き人の子孫らしい。
この話を聞き終わると、トウキ君は「変わった奴だな」と感想を述べた。
僕もトウキ君に同意し「そうだねぇ」と口から溢す。
それに御者さんも笑いながら頷いた。
話をしたり昼寝をしたり、そんなこんなで日が暮れた。
僕達はまだ山道を進んでおり、もう少し先にあると言う村に向かっている。
日が沈みかけているせいで、昼以上に暗くなった山道。
一度空を仰げば、そこには茜色に染まった美しい景色が広がっているのに・・・・・・視線を戻すと不安を煽るような薄暗い光景に様変わりだ。
この景色のせいで不安が煽られ、風の国と比べて魔獣が多い——という話が僕の頭の中で反芻される。
僕は緊張気味に辺りを見回し、魔獣の有無を確認した。
・・・・・・いないな、うん。
僕はソワソワと荷台を動き回り、エナからもらった短剣の柄を握りしめ、何とか気持ちを落ち着かせる。
トウキ君は僕と違って落ち着いていて、俯きながら目を瞑り、馬車の揺れに合わせてコクコクと首が動いている。
トウキ君、寝てるな・・・・・・。
僕は、ふぅーと深呼吸し、不安を紛らわすために目を瞑り、思考に耽る。
もし、あの時みたいに魔獣に襲われて怪我をしても、僕は怪我を引きずって先に行くしかない。
ここには治癒魔法を使える、ルナさんもアミュアさんもいないんだ。
今怪我をしたら取り返しがつかない。
そもそも、犬型魔獣に襲われたあの時、ルナさんが僕を助けてくれなかったら僕は今頃、左腕の療養で旅を中止していただろう。
・・・・・・僕も治癒魔法が使えればなぁ。
まあ、トウキ君が簡単と言う、雷魔法を使えない僕が、トウキ君も使えない治癒魔法を使えるわけもなく・・・・・・。
雷魔法ができなくても、他の魔法は使えたりすると、彼は言っていたけど・・・・・・そもそも魔力の感覚がイマイチ分かってないんだよなぁ。
そういえば、トウキ君に聞いた話だと、エリオラさんの拳の炎は「炎魔法」らしい。
火の加護かな? ってトウキ君に聞いたら、絶対に違うって即否定された。
それだけ加護というものは「特別」なんだとか・・・・・・。
僕は思考を止めて、掌に視線を落とす。
ググッと魔力を集中させて、ビリビリと掌に走る電気をイメージする。
何でも、魔法はイメージが大切らしいのだ。
想像力が必要不可欠だと、トウキ君は言っていた。
・・・・・・空から落ちる雷を・・・・・・イメージ。
心臓から・・・・・・流れる血液を集める感覚で魔力を集中。
集中、集中、集中・・・・・・。
雷のイメージを掌に・・・・・・電光を、雷鳴を、落雷を。
掌から・・・・・・ドンゴロゴロガッシャーンと・・・・・・。
うーん・・・・・・できないなぁ。
風は集められるのに、魔力を集める感覚がわからない。
どうすればい——
『バグアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
「ッ⁉︎ な、何っ⁉︎」
「魔獣だっ。飛ばすぞ、掴まってな、ソラくん!」
「うえっ⁉︎ は、はいっ!」
御者さんはそう言って、鞭を強く打ち馬を加速させた。
荒れた道で急加速したせいで、馬車の荷台が飛び跳ねる。
僕は馬車の跳ねに合わせて、宙に浮かぶ。
地から身体が離れる度に、あ、死んだかも・・・・・・という諦念が僕の心に行き渡る。
・・・・・・いやっ、死ねるかっ!
「うおおおおおっ! ちょっお、あぶねえっ!」
僕は馬車から振り落とされないように、死ぬ気で荷台の縁に掴まった。
ガタンっガタンっ! と揺れ跳ねる馬車は最悪な乗り心地で、もう二度と乗りたくないという感想が浮かんでは消える。
この馬車に乗るか、魔獣のいる森を歩くかなら・・・・・・ギリギリこの馬車が勝った。
「荷物押さえてくれっ!」
「ええっ⁉︎ っと、はいぃっ!」
「ナイスっ!」
僕は荷台に乗せられた小麦粉が飛んでいかないよう、這いつくばりながら移動し、小麦粉を両手で押さえる。
こんな状況なのに、どっしりと胡座を組んで微動だにしないトウキ君に、僕は引き攣った顔を向けた。
すやすや寝てるよ、この人っ!
普通起きるだろっ⁉︎
「ちょっ起きてよ、トウキ君っ! これ押さえるの手伝ってよぉっ⁉︎」
「・・・・・・んん? はぁ〜・・・・・・よっと」
トウキ君は僕の呼びかけで目を覚まし、大きな欠伸をした。
そして、凄まじい揺れの中を平然と立ち上がり、ドシッと小麦粉の上に座って飛ばないよう押さえた。
「あの吠え声の距離なら、コッチまで来ないと思うぜ?」
「あぁ、そうなんだ・・・・・・っていつまで寝てるのさ!」
僕が必死の目を向けると、彼は誤魔化すように笑った。
「わりい、わりい」
「まったくぅっ」
あの状況で僕が起こすまで起きないとか、肝が据わってるどころじゃないぞ・・・・・・。
そんなこんなで馬車は速度を落とし、落ち着きを取り戻した。
「もういいよ! 押さえてくれて、ありがとね」
御者さんがこちらに顔を向け、そう言う。
僕はその言葉を聞いて、ホッと息づく。
額には玉のような汗が滲んでいて、僕はそれを乱暴に服の袖で拭った。
「はあぁ・・・・・・何か、ドッと疲れたよ」
「座って休んどけよ。次は俺が何とかするからさ」
「うん・・・・・・よろしくね。はあ・・・・・・」
僕は小麦粉から手を離し、その場にドスッと腰を下ろす。
「あ、もうすぐ村に着くからな」
そう、御者さんは言う。
どうやら馬車を飛ばしたおかげで、一気に村に近づいたらしい。
それから十数分ほどで、向かっていた村に到着した。
御者さんから話を聞くと、どうやらこの村には宿屋が無いそうだ。
「え、じゃあどうすればいいんですか?」
「えっとな、まず民家に行って、そこの家主に金を払うんだよ。そしたら飯も出てくるし、布団も貸してくれるんだ」
「へー。じゃあ、どうする・・・・・・?」
「そうだな、村長の所にでも行くか?」
「うーん・・・・・・」
「あ、若い娘のいる所がオススメだぞ?」
鼻の下を伸ばしてそう言う御者さんに、僕とトウキ君は苦笑した。
上の空になっている御者さんは目的地があるのか、馬を引きながらふらふらと何処かへと歩いて行った・・・・・・。
その哀愁漂う男の背中を眺めていた僕達は「どうする?」この後について話し合った。
結果、僕達は村長さん宅に行くことになった。
トウキ君曰く、一番家が大きいだろうし、食事なんかも豪勢そうだろ? とのこと。
それが理由? という思いだったが、僕に代案はないし、うんと頷いて彼の後について行く。
「ソラ」
「ん?」
「さっきの御者、絶対女にカモにされてるぜ? 骨抜きだったろ、あの感じ」
「はははっ。そうかな?」
「オウ。俺の勘はそう言ってる」
「ええー?」
僕はトウキ君と談笑しながら、村長宅を探しに村を歩いた。
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