第31話 真の黒幕
「う、うぅん……?」
「あ! ソラっ!」
目を覚ますと、視界には知らない天井が広がっていた。
僕が『ここは、どこだ?』と思いながら起き上がろうとすると、体がガチガチで動かなかった。引き攣ったような痛みが全身に走り「ウギッ」と苦悶の声を漏らす。
ガシッと僕の腰に手を回すのは、見知った黒紅色の髪の少女。エナは目尻に涙を溜めながら「よかった……」と呟く。僕は心配させてしまったのだろう、彼女の頭をそっと梳いた。すると、エナは嬉しそうに、ニコッと僕に笑みを向けた。
僕も笑みを返し、ふふっと二人で笑い合う。
「あ、皆んな呼んでくるね。いなくならないでね?」
「ありがとう。今はちょっと動けなさそうだから、どこにも行けないかな」
エナは安心した表情を浮かべ、扉を開けて部屋を出ていった。
「・・・・・・ここ、は」
僕は部屋を見回す。
調度品は全て高級品なのだろうと思えるほど、大胆で、それでいてシンプルな金の細工が施されている。今僕が横になっているベットも、体を包み込むような、眠たくなるような良い寝心地だ。広い部屋だ。ある物全てが高級品。
ここは、ゴルゴンの屋敷……?
部屋を呆然と見ていると、バタバタとした足音が聞こえた。
「ソラくん!」
「あっ! マルさん!」
「よっ!」
「トウキ君! あ、ブラッシュ君も!」
ブラッシュ君が居るってことは、やっぱりここはゴルゴンの屋敷か。
僕が気絶してここに——ってことだよな。
「あれ? ドッカリは?」
「アイツはまだ牢屋だ。それよりゴルゴンが呼んでるぜ」
「クレジーナさんが?」
「ソラさん。クレジーナ様にお会いする前に、一度、ご入浴をお願いします」
「分かりました……」
僕は部屋を出て、フランシャさんについて行く。
連れて行かれた風呂で身体を洗い、渡された服に着替える。
用意してくれた服はすごく着心地が良い。これも高級品なんだろうな。
僕が着ていた服が安物だということを実感させる着心地。
ゴメンね、爺ちゃん。僕、この服がいいよ。
浴場を出ると、扉の前にはメイド服を着た獣人の女性が居た。
その人は僕にお辞儀をし、こちらですと右手で誘導する。
僕がメイドさんの後ろについて行く。話を聞くと、僕が今いるのは二階らしく、クレジーナさんがいるのは五階なのだそう。階段を登るのかなと思っていると、重厚な扉の前に着く。まさか——と思っていると、メイドさんは扉の横にあったボタンを押した。すると、ポーンという音がなり、扉が開く。扉の中は四角い部屋になっており、僕はそれに見覚えがあった。エレベーターだ。家に付ける物なのか、これ……。
お金持ちって、やることが凄いなぁ。
僕はエレベーターに乗り、凄い速さで五階に移動。
しばらくメイドさんについて行き、長い通路を歩く。
通路の端には不思議な形の壺に、ギザギザした使い道の分からない長剣。
誰かの肖像画とグニャグニャの絵画。
僕の目には骨董品にしか見えないけれど、高い物なんだろうなぁ。
欲しいかと聞かれると、いらないって僕なら答えそう。
「クレジーナ様。ソラ様を連れて参りました」
「どうぞ」
金の装飾の入った重厚な扉を開け、クレジーナさんのいる部屋に入る。
「おはようございます、ソラさん」
彼女は開口一番に、僕に挨拶をした。
「あ、おはようございます、クレジーナさん。あの、お世話になったみたいで、すみません。ありがとうございました」
僕が挨拶を返すと、彼女は柔和な笑みを向けた。
「お気になさらず。貴方は依頼通り、親蜘蛛二体を討伐なさったのですから。我々がその後のケアを施すのは然るべきかと」
この人、昨日より優しい感じだ。雰囲気もあるけど、声の端々の棘が無くなってる。何かあったのか?
「ふふふ。そこまで警戒なさらなくて良いですわ。私は仕事のできる優秀な人間が好きですの。貴方も、その好きに入っているだけですわ」
「はあ……?」
よく分からないけど、悪い感じではなさそうだな。ちょっと安心した。
僕は広い部屋をキョロキョロと見回す。調度品は金一色。
フカフカそうなソファに、大きな大理石? のテーブル。 部屋の中央から少し奥に、事務机のような物がある。
彼女はそこの黒革の椅子に腰掛けて、膝を組んでいる。下着が見えそうなのだが、気にしないのかな? 今着ている黒いドレスも豊満な胸の谷間を強調するような形だ。昨日も露出の多い服装だったし、そういうの気にしない大らかな人なんだろうな。風邪引きそう……ちょっと心配になるな。彼女は僕の考えが読めたのか、ニヤニヤと笑いながら、部屋の端に立っている金髪の少女を一瞥した。
「キャンドル、挨拶なさい」
「はい、お母様」
キャンドルと呼ばれた少女は僕の前に立ち、少しスカートを摘み、膝を折った。
「初めまして、ソラ様。私、クレジーナ・ゴルゴンの娘の、キャンドル・ゴルゴンと申します」
ク、クレジーナさんの娘?
ということは、まさか——マックスさんの娘ぇ?
キャンドルちゃんはクレジーナさんそっくりの金の髪に、オレンジ色の瞳。
身長は百五十センチ前半、立ち振る舞いや雰囲気は大人という印象。
この感じだと、エナより年上そうだな。
彼女は、エナのことをどう思っているのだろうか?
僕は緊張で汗を流し、ゴクっと喉を鳴らす。
キャンドルちゃんはそれに気付いたのか、僕を上目遣いでギロっと睨んだ。
これはヤバイかもしれないぞ。僕は無意識に姿勢を正し、彼女に挨拶を返す。
「どうも初めまして。ソラ・ヒュウルと申します」
「はい。末永く、よろしくお願い致します」
「は、はあ……」
何か変な言葉遣いだな。まあ何であれ、この子は要警戒だ。
さっきの目。アレは、何かを狙っている獣の目だ。そういえば、よくカカさんがしてた目だな。気を付けておこう。
「あのぉ、皆んなは何処に?」
僕の問いに答えたのは、キャンドルちゃんだ。
「ソラ様のお連れの方々は別室で食事中です」
「あ、そうなんだ……ありがとう、キャンドルちゃん」
「——ちゃん⁉︎ あ、いえ……失礼しました」
キャンドルちゃんは俯きながら、そそくさとクレジーナさんの横に移動してしまった。もしかして、ちゃん付け駄目だったかな?
「あ、ゴメンね。ちゃんって、嫌だった……?」
「い、嫌じゃないです……」
「ああ、そっか」
うーん。恥ずかしがり屋さんなのかな?
顔を隠して、目を合わせてくれなくなってしまった。
「すみませんね。この子は同年代の異性と話す機会が滅多に無いもので。緊張しているようですわ」
「そうですか……」
「ええ。それで貴方にはお話がありまして、こちらにお呼びしました」
「話、ですか?」
「はい。お話です」
え、何この感じ。重要な話か何かか?
クレジーナさんは表情を引き締め、両手に顔を乗せた。
後ろに立っているメイドさん達も、ピリッと緊張しているようだ。僕はググッと背伸びをし、姿勢を改める。クレジーナさんは少し間を置き、口を開いた。
「ソラさんは、マックス。という男を知っていますか?」
き、来たぁっ! 僕はスゥーと深呼吸し、それに答える。
「は、はい。あの、エナから聞き、ました」
「そうですか」
僕はか細く「はぃ」と言う。クリジーナさんは眉間に皺を寄せて、何かを考えている様子。部屋から音が消え、暴れる心臓だけが僕の鼓膜を揺らしている。
ふぅーふぅーと浅い呼吸を繰り返して、数分。
黙り込んでいたクレジーナさんが「はあぁ」と深いため息を吐いた。
「貴方は勘違いしているようなので、説明しておきましょう。マックスを殺した、真犯人の事を」
「し、ししし、真犯人っ⁉︎」
と、突然なに言ってんの⁉︎
「ええ。マックスやエマの殺害を命じたのは我々ではありません。あと、トウキさんから伺いましたが、エナさんに嫌がらせを命じていたのも私達ではありませんのよ」
「え、っと。じゃあ、今までの事件全部、その真犯人が?」
「ええ。そうなります」
いやいやいや、僕を騙そうとしてるのか?
う、うーん。クレジーナさんが嘘を吐いている感じはしないけど、流石に話が吹っ飛んでいるというか……話が飲み込めない。
僕は頭を何とか回し、混乱しながら言葉を吐き出す。
「ど、どういうことですか?」
「エマとマックスに暗殺を命じたのは、私の従姉妹。その名は——ドルシーナ・ルーレン」
「る、ルーレンっ!? そ、それってお金の名前にもなってる世界一の大金持ちの、あの『ルーレン』?」
「ええ。そのルーレンですわ」
す、すごいな。ルーレン家って僕でも聞いたことあるぞ。
確か、世界一のお金持ちで、世界一の商会の頭。
超大昔から世界を股に掛ける一大財閥……。それがルーレン家。
絵本にもなってる、超有名な一族だ。
そこの人がエマさん達の暗殺を主導したのか。とんでもないな。
「あの、そのドルシーナさん——」
「さんは必要ありません」
「あ、そのドルシーナって人が何故、暗殺?」
クレジーナさんはその問いに、苛つきを隠さない表情で答える。
「ドルシーナは私との勝負に負けて、ゴルゴン家を追放されたのです。それで私達を殺して、ゴルゴンを我が物にしようとしている。といったところでしょう」
「ご、ゴルゴンって……その人『ルーレン』なんですよね?」
世界一のお金持ちの一員になっているなら、わざわざここを狙う必要はないのでは? その表情に、クレジーナさんは頷いた。
「アイツはゴルゴンを追い出された後、ルーレン家に嫁いだようなのですわ。そして、アイツはその権力を使って私達に復讐をしようとしている。ということです」
ふ、復讐って。
「え、でも、エナはゴルゴンじゃ……」
「ドルシーナはマックスのことを知っています。私の味方だった彼も、ドルシーナの復讐の対象なのでしょう」
思い出すのはドッカリのこと。ドルシーナはクレジーナさんの名を騙って、ドッカリにに依頼を出していた、ということわけか。アイツは間接的に依頼を受けてたって言っていたし、直接会っていたわけじゃない。金払いが良くて、その名前を出されたら、アイツなら信じそうだな。いや、信じてたな。
クレジーナさんは嘘を言っていない。つまり、これが真実ってことか。
やり方が遠回りというか、陰湿的だ。
ドルシーナの顔も声も知らないけど、性格が悪そうなのは分かった。
子供も狙う悪逆非道さ——正直、近づきたくない。
「それじゃあ、エナは最悪殺され……?」
彼女はそれを頷いて肯定した。僕はまさかの事態に、口開けたまま呆然と立ち尽くす。キャンドルちゃんと半分同じだからって、ゴルゴンの血が流れている訳ではないのに狙われるのか。事が大きくなりすぎて頭がパンクしそうだ。
どうする? どうすればいいんだ?
いよいよ僕では力になれないレベルになってしまったぞ。
「安心してください。エナさんは私が保護しますわ」
「え、ええっ⁉︎」
「腐っても愛した男の子ですもの。エナさんのことは好いていませんが、見捨てることはできません」
僕は彼女の真剣な眼差しを見つめ、嘘ではないことを理解した。
僕が何と言おうと、どう行動しようと、彼女に任せたほうがエナも安全だろう。
蜘蛛二匹で死にかけた僕に、力が無いのは確かだから。
「……エナをよろしくお願いします」
「ええ、任せてください。しっかりと淑女に育てますわ」
「あ、そうですか」
「エナさんは任されました。あとは貴方へのお話が」
「何ですか?」
「貴方は母親を探して旅をしているのでしょう?」
「はい」
「そこで、もし『ノルマイ』に行く事があれば、ドルシーナを止めてください。万が一、キャンドルに危害が加われば——私は全戦力を持って戦を仕掛けます。それは多数の死者が出るのは確かです。それは、私としても避けたい事なのですわ」
ノルマイ——って確か、南方大陸の北西にある国だな。
ここからだと、かなりの距離がある。
「分かりました。もしノルマイに行く事があれば、ドルシーナに会ってみたいと思います」
「ええ。よろしくお願いしますわ、ソラさん」
僕は近付いてきたクレジーナさんと握手を交わす。
彼女は不敵な笑みを向け、僕はたじたじになりながら、何とか引き攣った笑みを返す。
「貴方、いい男ですわね……」
「は、はい?」
「いえ、何でも」
彼女は僕に耳打ちし、蛇のような目で僕を見つめていた。ちょっと怖いな、この人。捕食者の目をしている彼女に、僕は後退りした。
「それでは。これで話は終わりです。別室に食事が用意されていますので、そこで食事を摂ってお帰りください」
「あ、ありがとうございました、クレジーナさん」
「ええ。また会いましょうね、ソラさん」
「はい! あ、またねキャンドルちゃん」
「ま、またね……そ、ソラ様」
僕はクレジーナさんいお辞儀をし、キャンドルちゃんに手を振って、部屋から退出した。
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