第27話 何の用かな?

「久しいね、“魔王サマ”」


 軽い口調、しかし嫌味も込めて、エストリエは言った。

 彼女の視線の先にいる彼こそ、他ならぬ魔物たちの「王」――



 

「……来たか。エストリエ」




 ――〈魔王〉ルシフェル、その人であった。


 暗紅と漆黒で彩られた玉座に腰掛けた彼は、尊大に脚を組み、眼下に佇むエストリエを見下ろしている。歪に捻じ曲がった黒角や、鋭く彼女を睨む深紅の双眸からは、見る者に畏怖を抱かせるほどの威厳が滲み出ていた。


 残虐と、暴力の権化。

 魔物たちを束ねる圧倒的な「力」が、そこに鎮座する。



「仰せのとおりに来てあげたよ。それで、ボクに何の用かな?」



 魔王の威厳をものともせず、エストリエは訊ねた。その瞳には尊敬の念の一つもこもってはいない。が、魔王はさして気にも留めなかった。



「〈十三魁厄〉序列一位――エストリエ。貴様には……我からひとつ話がある」


「ふむ、久々にお話したかったのかい? それでボクを呼んだと?」


「……ああ。それゆえに貴様には、我の直属の部下であるアイムを遣わせた。しかしだ――」



 魔王ルシフェルは、頬杖をつきエストリエを睨めつける。



「伝言役として遣わせた彼が、未だ我のもとへ戻って来ておらぬ。

 ――貴様、アイムに何をした?」



 尋問のごとく圧力をかけ、エストリエを問いただす。

 すると彼女は、顔色ひとつ変えずに言い放った。



「ああ……彼かい? 殺したよ」



 あまりに平然と放たれた一言。しかし魔王はそこに嘘も冗談もないことを推察し、眉間に皺を寄せ不快感を露わにした。


 黙りこむ彼を前に、エストリエはそこから畳み掛ける。



「三下の癖に、口の利き方がまるでなってなかったからね。君のことを侮辱したら、怒り狂って勝手に自滅していったよ。君、もっと部下の教育に力を入れたらどうなんだい? まあ、君に言ったところで無駄だろうけどさ……ハハッ」



 あろうことか舐め腐った口調で、エストリエは臆せず挑発の姿勢を見せる。魔王の反応を窺うように、横目で鋭く睨めつけながら。



「怒らないのかい?」


「……」



 憮然として、魔王はエストリエを見下ろす。

 その赫の瞳には、彼の押し殺した感情の色が滲んでいた。



「……アイムのことは、今は不問としよう」


「へぇ? 許してくれるんだ?」


「今すべき対話のためだ。罪をゆるすつもりはない」



 一呼吸おいて、魔王は続ける。



「……王国のエヴァンジェリスタIX世から、停戦協定締結のやり直しを求める文書が届いた。四日前、魔族による協定破りの襲撃があったそうだ」


「へぇ……それで?」


「……貴様、とぼけるつもりか?」



 眉間に深く皺を刻み、彼はその表情に明確な怒りを滲ませる。

 魔王の声は一段階低くなり、豪奢な一室に響き渡った。




「――魔族たちによる挑発行為をすぐに止めさせろ。今すぐにだ。主犯が貴様だということは我々もわかっている」


 


 まるで今この時までとっておいたかのごとく放たれた、魔王の鋭い威圧。エストリエはようやく、眉を動かして正面から彼の目を見た。今このとき、本当の意味で、二人は正面から対峙する。



「……嫌だと言ったら?」



 相手の出方を窺うように、エストリエが言う。

 対する魔王は、一つ深いため息をついて、



「よせ、エストリエ。今ここで我々が争う必要は――」

 

「――あるよ。多分にね」


「……!」



 エストリエは、なおも臆しない。

 強気な姿勢を保つ彼女は、ゆらりと前へ一歩を踏み出した。魔王の収まるその玉座へと、悠々と距離を詰めていく。それはまるで、剣を手に静かに間合いを詰める熟練の剣士のように。



「〈魔王〉ルシフェル、君は理性的になり過ぎた」


「……何? 貴様には分からぬのか? 今この平和を保つことが、我々にとっての最善であると。無闇に人間と殺し合うような真似は、とても合理的とは――」

 

「だからさ、甘いんだよ。その考えが」



 エストリエの瞳に、明確な敵意が宿る。

 魔王の足元まで歩み寄った彼女は、言い放った。




「――人間ぶるなよ。ボクたちは怪物バケモノだろう?」




 彼女の纏うオーラが一層、濃く強くなる。

 それはもはや、〈魔王〉のそれと同等か――


 または、であった。



「君はボクたち怪物バケモノの王だ。仮にも王の器である君が人間と共存していこうだなんて、そんな寝言がいつまでも許されると思ってるのかい? あんまり失望させてくれちゃ困るよ?」


「貴様……本気で我に楯突くつもりか」



 魔王の頬に、一筋の冷や汗が流れる。

 対してエストリエは、その問いには答えなかった。


 答えの代わりに、彼女が唱えたのは――




「――――【滅光ロヴィナス】」




 短文詠唱による魔術行使。

 それを認識した瞬間、魔王は咄嗟に反応した。

 

 迫り来る黒い光の束を防ぐように、彼は羽織っていたマントで半身を覆い隠す。かろうじて間に合った彼の防御は意味を成し、エストリエの唱えた〈魔術〉を完全に無効化してみせる。


 しかし、この一撃で両者の対立は決定的となった。



「……まさか貴様がここまで愚かだとは思わなかったな」


「君にだけは言われたくないね」

 


 魔王は玉座から立ち上がり、再びエストリエを見下ろした。

 挑戦者の側である彼女はそれでもなお狂気を孕んだ笑みを浮かべ、髪の下に隠れた左目の魔術印をあらわにする。間合いを取り直し、黒い光を放つ右手を前に突き出した。



「ここで消えてくれ、ルシフェル。

 君のような指導者リーダーは……もう要らないんだ」




 



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