第四十話 人狼ゲーム

 K県に在住のIさんは、かつてオンラインでの人狼ゲームにはまっていた。

 人狼ゲームというのは、多人数でおこなう対話式のゲームである。プレイヤーには始めに「村人」や「人狼」といった役割が秘密裏に割り当てられ、村人陣営か人狼陣営に分かれる。人狼陣営は自分達の正体を伏せた上で、「夜」のターンに、村人を一人選んで噛む(食い殺す=脱落させる)。「昼」のターンには、生き残っているプレイヤー同士で相談して、人狼だと思われる一人を選び吊るす(処刑する=脱落させる)。

 この「夜」と「昼」を繰り返しながら、最終的に村人陣営なら人狼を、人狼陣営なら村人を、一定数脱落させれば勝利となる――というルールだ。

 この他、村人陣営の中には、毎夜プレイヤーを一人選んで人狼かどうかを知る「占い師」、毎夜自分以外のプレイヤーを一人選んで人狼から守る「騎士」など、特殊な能力を持つ役割も存在するが、その辺は割愛したい。

 もともとはプレイヤー同士が対面した状態で遊ばれるゲームだが、Iさんがプレイしていたのはオンラインのものである。自分はあくまで部屋に一人。向かうパソコンに表示される参加者達の姿も、アイコンとハンドルネームのみだし、会話もすべてチャットでおこなう。

 もちろん誰もが、実際には会ったことのない相手ばかりだった。


 あるプレイでのことだ。

 Iさんは人狼になった。

 人狼はもう一人いて、互いにチャットでやり取りし、一夜目に噛む村人を選ぶ。ちなみに人狼同士の会話は、村人のプレイヤーからは閲覧できないようになっている。

 二人が第一の犠牲者として選んだのは、「K」と名乗るプレイヤーだった。

 女性の口元の写真をアイコンにした人物で、始めの挨拶の時から、何も喋らない。だから、取り立てて何か特徴があるというわけではないのだが――。

 逆に考えれば、実は何らかの特殊能力を持っていて、人狼に目を付けられないように、意図的に目立たないよう振る舞っている……とも受け取れる。Iさんはもう一人の人狼と相談の上、噛む相手として、「K」のアイコンをクリックした。

 そこで「夜」が終わり、「昼」のターンになった。

 ……Iさんは、軽く眉をひそめた。

 噛まれたはずの「K」が、生きたままで脱落していなかったからだ。

 つまり、騎士に守られたのだろう。ルールによっては他にも生き延びる方法があるが、今回採用しているルールでは、騎士に守られる以外に、人狼の襲撃を避けることはできない。

 Iさんは初手のしくじりに小さく唸りながら、そのままプレイを続行した。

 ところが――脱落者が半分近くになってきたゲームの中盤で、奇妙なことが起きた。

 それは、「昼」のことだった。

 村人達で相談の末、「K」が吊られることになった。「K」は一夜目を終えた後からずっと無言で、まったく会話に参加していなかったため、不審に思われたのだろう。

 Iさんは、この村人達の同士討ちを、内心ほくそ笑んだのだが――。

『あれ、変ですね』

 そんな文字が、チャットの中に表示された。

 吊られたはずの「K」が、なぜか脱落せずに、そのまま生きているからだ。

『Kさん、そっちどうなってます? 死亡扱いになってますか』

 一人が「K」に呼びかけた。

 ……返事はない。「K」は無言のままだ。

 ちなみに今回のルールでは、吊られた者が生存する可能性もない。だから「K」が生きているのは、明らかに不自然なのだ。

 つまり――プログラム上の不具合、と見なすべきだろう。

 しかしこうなってくると、「K」が一夜目に生き延びた理由も怪しくなる。もしかしたら、「K」というプレイヤー自体がただの不具合の産物で、実際にはゲームに参加していない可能性もあるのでは……。

 Iさんがそんなことを疑っていると、ふとプレイヤーの一人が『仕切り直しませんか?』と提案してきた。やはりその人も、Iさんと同じことを思ったようだ。

 結局このプレイは中断され、始めからやり直されることになった。

 誰からも異論はなかった。当の「K」が、仕切り直しを提案されてなお、ずっと無言だったからだ。

 その後新たなゲームが始まったが、そこに「K」の姿はなかった。

 だからこの時は、それ以上おかしなことは起こらなかった。


 ところがそれからというもの、Iさんはこの人狼ゲームで、しばしば「K」とマッチングするようになった。

 そのたびに、例の「不具合」が起きた。

 たとえ噛まれても吊るされても、「K」は絶対に脱落しない。会話に参加することも、一切ない。

 しかも、そのたびにプレイが中断されたり、場が荒れたりするので、Iさんとしては面白くない。やがてプレイヤーの中には、参加者に「K」を見かけただけで、すぐに抜けていく者も増えていった。

 そんなある時のことだ。

 Iさんが人狼ゲームのサイトにアクセスし、部屋を起ち上げて参加者を待っていると、そこへ「K」が入ってきた。

 一瞬顔をしかめたものの、見ればここには、自分と「K」の二人きりである。

 Iさんはふと思い立ち、駄目元でチャットからメッセージを送ってみた。

『あなた、何者なんですか?』

 どうせまた無言だろう、と思った。

 そうしたら――返事が来た。

『あなたにころされたのでここにいていいいます』

 ……どういう意味かは、分からなかった。

 ただ薄気味悪く思ったIさんは、すぐにゲームをやめ、それ以降このサイトにはアクセスしなくなった、ということだ。


  *


 『絵本百物語』に曰く、ある刀鍛冶師の妻が狼に食い殺された後、その狼が妻に乗り移り、幽霊の姿で数多くの旅人を食い殺した。これが「鍛冶かじばば」である。

 現代の日本に野生の狼は存在しないが、Ⅰさんが遭ったような怪異ならば、現代版「鍛冶が媼」と呼べるかもしれない。

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