ロボット・マスター 【私は異世界でロボットのパイロットになりました】

なんじゃもんじゃ/大野半兵衛

第1話 巨木の下で

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 001_巨木の下で

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「木…」

 掠れる声でそう呟いたのは、くすんだ黒髪に木の葉をつけた30程の女であった。

 大木という括りには収まりきらないほど巨大な木の根元で、彼女は目覚めたのである。


「私……なんでこんなところで寝ているの?」

 マッシュショートの髪はぼさぼさで、黒い瞳の下にはくっきりと大きなクマがある疲れた顔をした彼女は、不思議そうな表情で首を傾げた。


「ああ、これは夢なのね。夢を見るのは何年ぶりかな」

 上半身を起こして木にもたれかかり、胸が揺れた。薄着のため、りぱな胸がより強調されている。


 巨木の周囲には何もない。だだっ広い草原が広がっているだけだ。

「こんな長閑な夢を見るなんて、やっぱり疲れているのね」

 平日は始発の電車に乗って出勤し、帰りは終電で帰宅する。休日出勤はしないが、平日の時間外労働だけで毎月100時間を軽く超えるハードワーカーである。

 その反動か、土日の休みはゲーム漬け。寝る間も惜しんでゲームに没頭するのであった。

 平日も休日も睡眠時間は非常に少ない。恋などとうの昔にしたきりで、この10年は恋人というものに無縁だった。

 恋人をつくるより、仕事とゲームをしているほうが楽しいのだ。


「私、寝落ちしちゃったようね」

 これが夢なら、ゲーム中に寝落ちしたことになる。オンラインゲームの『バトルマシーンマスター』というロボットに乗り込んで戦闘を行うシューティング要素の強いゲームのミッションをしていたはずだが、その途中で寝込んでしまったようだ。


「たしか、会社から帰って……」

 寝落ち前のことを思い出そうとする。


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 酒臭い中年サラリーマンやいちゃつくカップルが少しいるだけの、昼の雑多な賑わいなど感じさせない駅のホームにビジネススーツ姿の彼女が立っている。

 今日も最終になったとため息が出た。

 そんな不健康そうな顔色をした繰型唖瑠香くりかたあるかは、今年で29歳になる。唖瑠香は働きすぎのはずだが、会社の健康診断では健康体と太鼓判を押されていたのだった。

 最終電車に乗って終着駅までおよそ1時間半、そこから歩いて20分。歩きが20分は微妙な距離だと、いつもぼやく。

 以前は自転車で駅まで通っていたが、3回も盗難に合うとさすがに乗ることを止めた。どんな対策をしても、盗まれる時は盗まれるものだ。バスもあるが毎日最終電車で帰ってくると、バスはすでに最終が出た後で結局歩きしかないとなり、20分を歩いている。


 家の10分手前のところでコンビニエンスストアがある。そこで軽く・・おにぎり10個、サンドイッチ5個、スナック菓子5袋、缶ビール(500ml)4本を買い込んで自宅へ急ぐ。家事はできるが、滅多にしない。だから調理しなくてもすぐに食べられるものを買うのが日課だが、金曜日は土日の分も買い込むことで量が多く、コンビニ袋はパンパンになっている。


 築40年の自宅は親が建てたものだ。両親は交通事故で2人とも他界し、兄弟も姉妹もいない。真っ暗な玄関を入ってLEDの電灯を点けると、しっかりと掃除された廊下が光る。

 料理はしないが、掃除や洗濯はこまめにする。幸い、一番近い家まで20メートルは離れている。夜中に掃除機や洗濯機を動かしても、誰の迷惑にならない。都心からおよそ2時間の家は、夜中に音を立てても近所迷惑にならないところが便利であった。


 おにぎりやサンドイッチ、ビールを冷蔵庫にしまい、今夜の食事分を持ってリビングへ行く。

「よっこらしょ」

 年寄り臭い言葉を吐いてソファーに座り、買ってきた食料を広げる。

 缶ビールのプルトップを引っ張り開け、一気に呷る。

「ップッハーッ!」

 そのままおにぎりとサンドイッチも開けて食べ進める。20分もかからず、全部食べきった。

 社会人になったばかりの頃に、男性の先輩から早食いしないと時間がもったいないと言われた。唖瑠香もそれに倣って早食いになった。それでも太ったりしないのは、それなりに動いているからだろう。


 設計部一筋7年。女性で設計部に配属は珍しいと、当時は話題になった。

 この7年間、忙しくて恋愛どころではなかったが、仕事は好きだ。好きすぎてオーバーワークになるような仕事まで受けてしまう。

 その結果、今年の春の人事で女性としては異例のマネージャーという役職に就いた。一般的な会社だと、課長クラスの役職だ。おかげで残業手当がつかなくなり、収入は減ってしまった。悲しい事実である。

 彼女の会社に女性役職者は創業者の娘の副社長以外にいない。その副社長がなぜか可愛がってくれたのだ。9割がたその縁の昇進だと皆に思われているし、唖瑠香自身もそう考えている。

 人が何を言おうと、それでも設計が好きで毎日楽しく仕事をしている。通勤時間の長さ以外に、会社への不満はない。

「ふー、満腹だわ」

 スマホの充電を忘れず、そのままゲーミングマシーンの電源を入れ起動を待つ。起動時間が長かったHDDは、今ではSSDになって劇的に短くなった。

 カチャカチャとマウスを操作し、『バトルマシーンマスター』を起動させる。


 これからオールナイトでゲームを楽しむのだ。

 ここで立ち上がった唖瑠香は、シャワーを浴びにいく。女性とは思えない短い時間で、低めの温度のお湯で体を清めたらゲーミングマシーンの前にスナック菓子と新しいビールを供えて準備完了だ。


 ヘッドギアをつけ、ゲームスタート。

 いつものようにフレンドのログイン状況を確認し、チャットで「待たせたな」と渋い声を送る。声色は好きなようにチェンジでき、唖瑠香は渋いオジサマの声に設定している。キャラも中年男性にしており、リアルの唖瑠香に会ったことがないプレイヤーは彼女を男だと思っている。たまに、オフ会に参加するとそういったプレイヤーから誰? といった目で見られるのだ。


 続々と集まってくるいつものメンバーと挨拶を交わし、そしてミッションを受ける。

 今日のミッションは最高難度のものに挑戦するため、ここからその準備に最低でも1時間はかかるだろう。

 戦闘中はさすがに飲食できないから、この間に唖瑠香はこっそりスナック菓子を食べ、ビールを飲む。


 ミッションが始まり、唖瑠香はいつものように前衛を担う。

 実際ではとてもできないような動きが、ゲーム内ではできてしまう。

 敵の弾幕を掻い潜っていく。唖瑠香のプレイヤースキルは結構有名になっており、弾幕を掻い潜って接近し、大打撃を与え離脱するスタイルを確立していた。

 今日もいつものように雨のような弾幕を掻い潜って敵に接近していく。他のプレイヤーも同じように接近しているが、何度か被弾しバイタルが減少している。唖瑠香には、まだ被弾はない。


「俺の前に出てきた不運を呪うんだな!」

 職場では決して言えない厨二系の言葉を吐き、敵のコックピットをビームソードで貫く。

 爆発に巻き込まれないように、敵機を蹴って離脱。その直後に敵機が爆発し、唖瑠香はその爆発を利用して加速する。

「わー」と敵のエース機を撃破したことに歓声があがる。長射程を得意としていたスナイパー機で、ここまでに5機の味方機が撃墜されている。

 それを撃破したことで、一気に形勢が傾いた。唖瑠香の撃墜ポイントも一気に上昇し、思わず口角が上がる。

 唖瑠香の活躍もあり、ミッションは無事にクリアできそうだった。そこで唖瑠香の意識が切れなければ……。


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 いつもよりも爽快な目覚めだった。こんなに良い目覚めはいつ以来だろうかと、目を開ける。

「木……」

 木葉が生い茂り、そのわずかな隙間から差し込む光が唖瑠香に降り注ぐ。

 上半身を起こして木にもたれかかると、抜けるような青空が目に飛び込んできて、思わず二度見してしまった。


 色々考えたが、これは夢ではないようだ。

 木の質感、草の匂い、そよ風が頬を撫でる感触、どれをとってもリアルであった。夢にこれほどのリアリティがあるとは思えなかったのだ。


「なんで私は草原の中の巨木の下にいるのかな?」

 夢遊病で寝ている間に出歩いたとしても、せいぜい町の中だろう。それが建物一つ見当たらない草原の中にいるのだから、困惑や混乱を越えて錯乱したかと思ったほどだ。


「それほど長く生きてないけど、人生最大の驚きだわ」

 遠くには山があり、その手前には小高い丘もある。所々木は生えていて、本当に緑一色といった景色だった。

 立ち上がって背伸びをしたら少しは何か見えるかと思ったが、景色は変わらない。

 そこで自分の状態を確認するべきと思い至る。昨夜自宅に帰ってシャワーを浴びて上はティーシャツ、下はジャージに着替えた。見事にその恰好である。当然ながらブラ(ブラジャー)はしていない。ノーブラでティーシャツは家だからできる格好だ。

 そんな唖瑠香の視界に、服が入ってきた。無造作に草の上に置かれてはいるが、ちゃんとたたまれたものだ。誰のものか分からないが、さすがに今の恰好では羞恥心が爆発する。

「すみません。これ、もらいます」

 いるか分からない誰かにそう断り服を着てみるのだが、なぜか『バトルマシーンマスター』のキャラが平時に来ているような作業用のつなぎであった。地味な灰色のもので、色気も何もあったものではない。

 しかもポケットに何か入っている。まさぐると、ハンカチーフとスマホだった。

「え、これ、私のスマホだよね? はい? てか、私はお金もないのに、どうやってここまできたのかしら?」

 もしかしたら寝ている間に誰かに盗まれたのかと思ったが、人っ子一人見当たらない場所で誰が盗むというのか。

 ただ、拉致されてお金を取られた後、ここに放置されたという可能性はある。ただ、そういうものではないと、勘が告げていた。


「参ったわね……」

 シャワーを浴びて乾かすことなくゲームをしたためか、ボサボサになっている黒髪を乱暴にかきむしる。

 最後の望みとばかりにスマホを起動させるが、電波は来ていなかった。

「詰んだなこれ」


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