第7話 アレスの報告とロミオンの修行

 夜の学園寮。マレーゼが一人で魔法書を読みふけっていると、俄かに廊下が騒がしくなった。ドタドタと走る音がし、部屋の前で止まる。鍵を回す音とほぼ同時に扉が開いた。


 ルームメイトのキキが息を切らしながら現れる。


「実家でアレスの報告を聞いたわ……」


 扉をしっかり施錠すると、キキは立ったまま話し始めた。


 マレーゼは机から立ち上がり、ベッドに腰掛ける。


「どうだったの?」

「ロミオンは夜な夜なスラムに行ってパンを配っていたそうよ」

「パンを……?」


 キキは含みのある笑顔で続ける。


「仮面をかぶって正体を隠してね。謎の慈善家ってとこかしら。でも、それだけじゃなかったの……!」


 思わず声が大きくなった。


「ロミオンは元A級冒険者アレスの尾行に気が付き、彼に警告したんだって。『まだ残党がいたのか……。懲りない奴等だな。俺達のことを狙う奴は排除するのみ』ってね」

「残党……。俺達……。ロミオン君は何かと戦っている……?」


 キキのアーモンドアイが光る。


「そうよ! 変な時期に学園に編入してきたのも、あえて実力を隠しているのもきっと、その組織との闘いに備えているのよ!」

「で、本当の実力はどうだったの?」


 マレーゼは食いつくようにキキに尋ねた。


「ロミオンは最上位風魔法のテンペストと身体強化魔法を並行起動し、アレスに襲いかかったそうよ。なんとか逃げ切ることが出来たけど、『死ぬかとおもった。もう勘弁だぜ』って元A級冒険者が語っていたわ。マレーゼが言っていた通り、ロミオンはとんでもない実力を秘めているわ……」


 二人して、ごくりと唾を飲む。


「キキ。ロミオン君のことは……」

「もちろん、二人だけの秘密よ。彼を怒らしたくないもの」

「そうね。見守りましょう」


 やっと落ち着いたのか、キキもベッドに腰を下ろした。


「ねぇ、マレーゼ。ロミオンが戦っているのはどんな組織だと思う?」

「うーん……。帝国は敵だらけだから、難しいね。来年には第三皇子のレオン殿下も入学するし……。皇位継承争いも絡んでいるのかもしれない……」


 その日は深夜まで二人はロミオンと学園に潜む悪しき存在について、語った。 もちろん、彼女達が正解に辿り着くことはなかった。なぜなら、ロミオンと敵対する組織など、存在しないのだから……。



#



「やっぱり運動性の付与が下手ねえ。自分の身体のごく近くでしか、効果がない」


 今日も今日とてロミオンは深夜の修練場でアリエルの個別指導を受けていた。


 ロミオンは風の塊を手から放つが、それはすぐに勢いを失って空気にとけてしまう。無尽蔵ともいえる魔力があるので、いくらでも練習はできる。しかし、上達の兆しがないと、教える側としても焦れるものがあった。


「テンペストと身体強化の併用で大体の敵には勝てると思うけど、それじゃ~駄目なのよね?」

「駄目だ! 俺は、あらゆる魔法を使いこなせるようにならなければならない……!!」


 ロミオンは突き出した右手を固く握り、その意思を伝える。伝説のエルフの末裔(ただの人間)がたった二つの魔法しか使えないなんて、恥以外の何物でもなかった。 


「じゃーちょっと考え方を変えてみようか?」


 アリエルはロミオンに近付くと、上目遣いになってじっと見つめる。


「考え方を変える?」

「そう。ロミオンは身体の外に出る魔力に対しての運動性の付与が下手だよね。だったら、自分の身体だと認識する領域を広げてみるのはどう? 魔力はいくらでもあるんだし、いくら魔力を広げても平気でしょ?」


 フードの奥でロミオンは難しそうな顔をした。アリエルの意図がよく掴めなかったのだ。


「これは探知系の魔法を練習するときによく言われことなんだけどね。自分の身体を一定の領域まで拡張して、そこに魔力を浸透させるの。そうすれば、領域内の変化。例えば侵入者がいたりすると察知することが出来る」

「こういう感じか……?」


 ロミオンは瞳を閉じると両足を肩幅まで開き、深い息を繰り返す。身体の輪郭が徐々にぼやける。体内から出る魔力が靄のようになり、広がっているのだ。


「そうそう! そんな感じ! それをどんどん広げて!」


 調子にのったロミオンは修練場の天井にまで、魔力の靄を伸ばす。


「ここで魔力に属性を付与してみて! 今日は水属性を!」


 最近、ロミオンは風の他に水属性の付与も出来るようになっていた。ぐっと眉間に皺をよせ、自分の身体の周りを漂う魔力に小さな小さな水滴のイメージを重ねる。途端、修練場に霧で出来た巨人が現れた。


「成功!!」


 アリエルの声にロミオンは瞼を開いた。そして、自分を中心にして出現した霧の巨人を見上げる。


「これを……俺が……?」

「そうよ! 今は何の役にも立たない魔法だけど、これを応用すれば色々出来るようになるんじゃない? 明日からしばらく私はいないから修練場はつかえないけど、帝都の外、人気のない場所で試行錯誤してみれば?」

「やってみるよ」


 ロミオンは新しい魔法の可能性に瞳を輝かせた。自分の行動が大きな騒動を巻き起こすとは知らずに。

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