第2話 彼を狙っている組織などない

 新興のギャング団「ブラックハンド」はスラムの中でも比較的新しい区域を根城にしていた。


 リーダーの名前はヘルムート。長身の偉丈夫で、鍛え上げられた身体はスラムよりも戦場がよく似合うと言えた。


 事実、ヘルムートは二年前までは騎士であった。


 ラング帝国によって併合されたグラナダ王国では剣鬼と恐れられていた人物で、今もその腕は衰えていない。


 いや、それどころか祖国を奪われた恨みで凄みを増していた。


 ブラックハンドのメンバーのほとんどは旧グラナダ王国の出身だ。彼等はヘルムートに率いられ、帝都の闇の部分を支配しようと目論んでいたのだ。


 現在の彼等のターゲットは古くから帝都のスラムを支配してきたギャング団「スネークヘッド」。


 今夜もヘルムート達はスネークヘッドの拠点の一つを襲撃していた。スラムに漂う血の臭いの原因は、彼等だった。





 扉の前で斧を構えていた男はヘルムートの剣筋を一切捉えることが出来ず、無残に首を飛ばされた。


 まず身体が力なく床に崩れ、鈍い音を立てる。少し遅れて頭が落下し、恨めしそうな表情をブラックハンドの面々に向けた。


「乗り込むぞ」

「はっ!」


 ヘルムートが合図を出すと、メンバーの一人が扉を蹴破った。すかさずヘルムートが踏み込み、中で短剣を構えていた男の右腕を飛ばした。


「てめぇ! ここが何処か分かっているのか……!?」


 血が噴き出る腕を押さえながら、男は叫ぶ。その後ろでは三人の男が短剣を構えていた。


「スネークヘッドの幹部マーウィンの拠点だろ?」と言うと同時にヘルムートは大きく踏み込み、剣を振るう。


 刃が斜めに上半身を分かち、腕のない男は絶命した。


「お前らには用はない。剣を捨てれば、見逃してやろう」

「ふざけるなよ!」


 三人の男達は次々にヘルムートに斬りかかる。が、その刃が剣鬼に届くことはない。悉く躱され、流され、そして命を奪われる。


「マーウィンは二階に居る筈だ。奴からスネークヘッドのボスの居場所を聞き出すぞ」


 ヘルムートと仲間の三人はスネークヘッドの幹部を追い詰めようとしていた。





 血の臭いの元に辿り着いたロミオンは強化した腕力で壁にへばりつき、人の気配がする二階の窓を覗きこんでいた。


 豪奢な机に座った太った男が、騎士風の男に剣を向けられていた。耳を澄ます。


「お前がスネークヘッドの幹部、マーウィンだな?」

「あぁ。俺がマーウィンだ。お前はブラックハンドのヘルムートか?」


 マーウィンは落ち着いた口調で話す。それなりに場数を踏んでいるのだろう。


「その通りだ。今日は教えてほしいことがあってやってきた」


 ヘルムートは剣先をマーウィンに向けたまま話す。


「ほぉ。一体なにを知りたいんだ?」

「ある人物の居場所を知りたい」


 ヘルムートの言葉を聞いて、ロミオンは全身の毛が逆立つのを感じた。やはり、エルフを狙う組織が存在していたのだと。青い瞳が強く輝き、仮面の下で奥歯が鳴った。ぐっと力を込めたのだ。


 ロミオンは窓の桟に足を駆け、腕を十字にして窓を突き破り、部屋の中に飛び込んだ。すかさずヘルムートの手下三人が斬りかかるが、刃は空を斬るのみ。


 電光石火の動きで懐に入り込み、拳を次々と打ち込む。三人のメンバーはそれぞれ壁までとばされ、あっという間に意識を失った。


 新たな脅威の出現にヘルムートは構え直す。


「……お前達か。俺を狙っていたのは」


 ロミオンはヘルムートへ憎悪に満ちた声を向けた。


 しかしその一方、ヘルムートは困惑していた。彼等が狙っていたスネークヘッドのボスの性別は女だったからだ。目の前の仮面の人物は線こそ細いが、間違いなく男であった。


「えっ……。いや……たぶん、違う」

「誤魔化しが効くと思っているのか?」


 ロミオンは全身に魔力を循環させた。身体全体が青く輝き始める。空気が共鳴するように震えた。


「本当に違──」

「なめるなよ!」と発すると同時に、ロミオンの身体がブレた。


 ヘルムートは辛うじて反応するが、その剣がロミオンを捉えることはなかった。


 ドン! と衝撃音がし、ヘルムートの身体は吹き飛ばされた。壁に当たると建物全体が揺れる。その後には右腕を振り抜いたロミオンの姿があった。


「俺達のことを探ろうとするな。次は殺す」


 残念なことに、ヘルムートは既に死んでいた。

 

 他のブラックハンドのメンバーも誰一人として意識を保っていない。当然、言葉は届いていなかった。


「あ、あなたは……?」


 命を拾いをしたマーウィンはロミオンに尋ねる。ロミオンは向き直り、仮面の下で思考を巡らし始めた。


「お前は俺達のことを知らないのか?」

「は、はい! 存じ上げません!」


 ロミオンは仮面の下で笑う。


「そうか。知らないか。ならばいい」


 そう言い残して、ロミオンは入ってきた窓から飛び出した。そして屋根から屋根へと飛び移る。


「一体、なんだったんだ……」


 マーウィンは窓から首を伸ばし、凄まじい速度で去っていくロミオンの姿を眺めていた。


 以降、スラム街を牛耳るスネークヘッドの間では、「仮面の男に出会っても、絶対に素性を探ろうとするな!」という指示が下るのだった。

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