インタビュー

201✕年7月21日 カズヤ宅にて


※以下、インタビュー音声の一部書き起こし。

カズヤ「──はい、それでは簡単に自己紹介からお願いします。あ、動画で使う際はピーって入れるんで、安心してください」

男「あ、はい、朝長です。朝長、由紀夫」

カズヤ「朝長『由紀夫』さん、ですね?」

トモナガ「はい」

カズヤ「動画では使わないかもですけど、一応、ご年齢もよろしいですか? 使うとしても何十代とかにするんで」

トモナガ「五十……六です」

カズヤ「ありがとうございます。あの、ホント、顔もモザイク入れますし、特定とか絶対されないようにするんで、安心して下さい」

トモナガ「ああ、いえ、大丈夫です。あの、信用してますんで」

カズヤ「ありがとうございます」


(中略)


カズヤ「──それでは早速なんですが、朝長さん、あの日、あそこで一体何をしていらっしゃったんですか?」

トモナガ「あの……何って言われると難しいんですが……人探しと言うか……」

カズヤ「どなたを探していたのですか?」

トモナガ「妹です」

カズヤ「妹さん? 待ち合わせでもしていたんですか?」

トモナガ「待ち合わせと言うか、何と言うか……」

カズヤ「単刀直入にうかがいますが、朝長さん、あの壁に書かれた落書き、『実家で待つ 由紀夫』という落書きはあなたが書いたものですか?」

トモナガ「あ、はい。それはそうです、はい」

カズヤ「あの、えっと、落書きについでですが、我々が出会ったあの廃校以外にも、我々、あれと同じ落書きを見つけているんですが、それら全てトモナガさんが書かれたものなんですか?」

トモナガ「はい、あの、そうですね。あの、皆さんの動画見たんですが、皆さんが把握されている分については全部、私が書いたものです」

カズヤ「我々が把握していない分もあるんですか?」

トモナガ「あります」

カズヤ「差し支えなければ、あといくつ──?」

トモナガ「二箇所ですかね」

カズヤ「良ければ後で場所を──」


(中略)


カズヤ「──事前に新聞の切り抜きと、週刊誌の記事のコピーをいただいておりましたが、先ほどおっしゃった『妹さん』というのは、この記事に書かれた──?」

トモナガ「はい、亜矢子のことです」

カズヤ「亜矢子さん。あ、これもピー音入れるんで、安心してください」

トモナガ「あ、はい」

カズヤ「それでは改めて順番にお訊ねしますね。まず、あなたがあの落書きを書き始めたのはいつ頃ですか?」

トモナガ「あれは……落書き……あれを書き始めたのは、確か……十年前くらいですかね。廃墟に行くようになったのは、もっと前ですけど」

カズヤ「廃墟に行くようになったのは、何故?」

トモナガ「初めは……まあ、墓参りみたいなもんですかね。あ、いや、墓は別にあるんですが……。あの、インタビュー前にお渡しした週刊誌の記事にもあったように、妹は、かなり凄惨な殺され方……いや、あれは殺され方、って言うのかな。とにかく、あまりにも酷い仕打ちを受けて……」

カズヤ「……僕は、ごめんなさい、先ほど記事をお見せいただくまで、妹さんの事件を知らなかったんですが、これは本当に、本当に悍ましい事件だと思います。ちなみに、犯人は……?」

トモナガ「……少し前に、釈放されたそうです。模範囚だったそうですよ」

カズヤ「それは……すみません、話の腰を折ってしまって」

トモナガ「いえ……それで、その……妹が殺されて、始めのうちは裁判だ何だと忙しくて、こう、熱量というか、犯人への怒りの感情や憤りといったものが大きかったんですけど、暫くして、その、事件現場っていうんですかね、犯人が妹の遺体を連れて回ったっていう廃墟を、見てみたいと思ったんです。……変ですよね。自分でもまあ不思議な感情だとは思うんですけど、何だかそれが、兄としての責任のような気がして……」

カズヤ「それが何年前くらいですか?」

トモナガ「二十……五年とか、六年とか前でしたかね。僕が三十歳になった頃だったと思います。妹は……亜矢子は、僕の三つ下でね、事件当時は大学生でした。こんなこと言ったら何ですが、そんな犯人に目をつけられるほど可愛らしい見た目ってわけじゃなかったんですよ。僕にとっては、可愛い、本当に可愛い妹でしたが……」

カズヤ「それからずっと、廃墟に通っているんですか?」

トモナガ「いえいえ、流石にそんな……。妹の、ねえ、何と言うか、関わりの深い場所とはいえ、廃墟ですから。僕、けっこう怖がりなんですよ。だからね、初めて廃墟に行こうとした時も、前まで行って引き返しちゃったりなんかしてね……。最初の何年かは、妹の命日に建物の前まで行くくらいのもんでした」

カズヤ「わかります」

トモナガ「でも、何年か通っていると『今回は中に入ってみようかな』『今回は現場まで行ってみようかな』って、少しずつ奥に入って行けるようになって。でもほら、不法侵入じゃないですか。だから今度は夜に行くようになって……。ゴミとか片付け始めたのもこの頃ですね。ほら、夜にゴミだらけの廃墟を歩くの、危ないじゃないですか」

カズヤ「はい」

トモナガ「あんまりボロボロのところは片付けとか、ねえ、出来ないですけど……」

カズヤ「……あの落書きを書き始めたのは、何故ですか?」

トモナガ「ああ、そうか、あれの話ですよね。ハハ、いえね、十年、くらい前からでしょうか。私もこうやって廃墟に出入りする内に、それこそヨモツヒラサカさんのような、当時だとブログとかですけど、そういう人達に興味が出てきてネットで調べるようになったんですよ。何と言うか……不法侵入してるっていう後ろめたさから、仲間が欲しかったのかも知れませんね。まあそれで、そういうの見ていたら、僕の妹のね──現場の話がちらほらあって。その……女の幽霊が出る、と」

カズヤ「ああ……」

トモナガ「それで場所が場所なものですから、その幽霊ってのは……妹なんじゃないかと、思ったんですよ。我ながらおかしいんですけど」

カズヤ「そんな。そんなこと無いですよ」

トモナガ「でもね、僕、何度もその廃墟に行っているのに、一度も幽霊を見たことが無くて……。家族だとしたら、ねえ、出て来てくれても良いようなものなのに……。色々考えてみたんです。色々試してみたんです。実際に妹が……その廃墟に連れて行かれた日時に合わせて行ってみたり、降霊術っていうんですかね、そういうのの真似事をやってみたり。それでも……妹の幽霊には会えませんでした。だから、こう、こちらからでは無く、あちらから会いに来てもらえないかと思って……」

カズヤ「……それで、あの落書きを?」

トモナガ「はい。馬鹿、みたいですよね。でもね、やっぱり、家族なんでね。例え幽霊になってしまったんだとしても、会えるものなら、ねえ」


(中略)


カズヤ「最後の質問です。妹さんの霊を、こう、除霊といいますか」

トモナガ「ああ、はい」

カズヤ「お祓いをして、成仏させてあげたい、とはお考えですか?」

トモナガ「そう、ですね……まあ、そりゃあ、成仏は、ねえ……させてあげたいとは思いますけど……」

カズヤ「やっぱり、会いたいというお気持ちの方が強いと?」

トモナガ「そうですね、はい」

カズヤ「──ありがとうございます。これで用意していた質問は以上なんですが……すみません、もう一つだけよろしいですか?」

トモナガ「もちろん」

カズヤ「事前に、あの、このインタビューについて、動画にして良いとご許可いただきましたけど」

トモナガ「はい」

カズヤ「それは、何故ですか?」

トモナガ「何故、というと?」

カズヤ「いえ、これを動画にすることで──あ、いや廃墟の場所なんかは明言してないですし、色々配慮はしてるつもりなんですが──事前にお話した通り、それでもやっぱり場所を特定して落書きを見に行ってやろう、何なら朝長さんがいないか探しに行こう、なんて考える人が出て来ないとは言えないと思うんですね」

トモナガ「はい」

カズヤ「そうすると、今後朝長さん、廃墟に行き難くなっちゃうんじゃないかな、と」

トモナガ「はい、理解してます」

カズヤ「それでも問題ない、と?」

トモナガ「はい」

カズヤ「それは、何故?」

トモナガ「……これは、あくまでも私が見聞きした話から考えたことなんですが、幽霊って、ひとから忘れられたら消えちゃうと思うんですよ」

カズヤ「えっと……」

トモナガ「恐竜の幽霊や原始人の幽霊が出るって話が無いように、語り継がれなくなった幽霊って、成仏とかじゃ無いかも知れないですけど、この世から消えてしまうんじゃないかと思うんです。ほら、最近は、戦争で死んだ人の霊とかはまだ聞きますけど、落ち武者の霊とか聞かなくなったと思いません?」

カズヤ「ああ、なるほど」

トモナガ「僕が子供の頃なんかはまだ、兵隊さんの霊と同じくらい、落ち武者の霊の話って多かったんですよ。でも今はもう聞かない。語る人がいなくなったから、幽霊自体も消えちゃったんです。だから、僕はもっと沢山の人に、妹の、妹の霊の話をして欲しいんです。きっと、話す人が多ければ多いほど、幽霊は、幽霊の存在は濃くなっていくと思うんです。そうすれば僕も、妹に会える可能性が高まるんじゃないか、って」

カズヤ「……なるほど」


(中略)


カズヤ「それでは、本日は本当にありがとうございました。また動画を作る中で質問などありましたら連絡させていただいてよろしいでしょうか?」

トモナガ「ええ、もちろん」

カズヤ「朝長さんからも、何か追加情報や、或いは『この話はやっぱりNGで』みたいなことがあればご連絡下さい」

トモナガ「はい」

カズヤ「それでは、長時間ありがとうございました──」


(録音終了)

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