第12話 徹底反攻か徹底防御か
=ハワイ・太平洋戦線司令部=
ドン!
「B-17が全滅だとぉ! 私にくだらないジョークを披露したいのか!」
「残念ながら…」
「ミッドウェー島を直接叩きたいが空母も戦艦も航空機も足りない。陸軍航空隊は頼りにならないと証明された。この期に及んでマッカーサーはニューギニアから打って出ると言うのか!」
ニミッツは執務室の上質な机を贅沢に叩いた。第二次世界大戦における対日戦は太平洋戦線と称する。ニミッツは海軍の総指揮を執った。陸軍の総指揮はダグラス・マッカーサーが執る。両者は陸軍と海軍の不仲を代表する犬猿の仲で有名だが、まさか、太平洋戦線の作戦にまで現れるとは驚きだ。
米海軍は先のミッドウェー海戦で大損害を被っている。敵艦隊は超巨大戦艦を押し立てた。昼間の空母機動部隊決戦から夜間の水上打撃部隊決戦を経て、深夜の艦砲射撃まで含めると凄惨が占めている。太平洋から正規空母の『レキシントン』と『ヨークタウン』が失われた。戦艦は条約型以前の便宜的な旧式戦艦が全滅する。軽巡洋艦と駆逐艦も複数隻が沈没した。
空母に関しては機動部隊決戦で大破して退避中に敵潜水艦の雷撃を受ける。ヨークタウンはハワイへの航行中に被雷した直後に大傾斜して沈んでいった。レキシントンはハワイで応急修理を受けてからシアトルで本格的な修理を受ける。その回航中に被雷すると大爆発の爆沈を遂げた。
「キンメルは勇敢に反撃して太平洋に散りました。ご子息はいかがいたしますか」
「私が言うまでもない。キング長官の意向で長男は陸上勤務に戻している。ご婦人にだけ真意を伝えたが、キンメル元長官は栄光ある戦死を遂げられた旨で通し、真実は絶対に明かしてはならない」
「問い合わせが来ても」
「適当にはぐらかしたいが、その時は私が直接会う」
米海軍が太平洋に差し向けられる戦力が数日の海戦で一挙に削がれる。
太平洋の主役たる戦艦は条約型戦艦のノースカロライナ級とサウスダコタ級が健在だった。大西洋に一定数を回す予定の変更を余儀なくされて太平洋に集中投入する。両姉妹は16インチ砲9門の火力に28ノットの快速を振り上げた。ノースカロライナ級2隻とサウスダコタ級4隻の合計6隻が敵超巨大戦艦を包囲し袋叩きにする。こう聞いて満足する者は楽観主義者と言われた。太平洋艦隊の旧式戦艦が8隻で包囲を試みた結果が全滅なのである。
空母は残存艦を掻き集めた。ミッドウェー海戦で中破したエンタープライズは2週間で修理を終えている。彼女の妹にして五体満足な幸運艦のホーネットと仲良くハワイの防衛と称して航空隊の訓練に明け暮れた。レキシントンは航空隊が不在な事情からミッドウェー海戦に参加できない。貴重な正規空母として真珠湾に待機が命じられた。新しい航空隊を得ると復讐の姉妹と合流する。大西洋で作戦行動中のワスプは太平洋に異動と移動が命じられ、ノーフォーク海軍工廠で点検と修理を受けた後にサンディエゴに寄り、南太平洋防衛強化の増援部隊を護衛した。それから再建中の空母機動部隊に参加する。
「エセックス級の優先供給は辛うじて通した。大統領はいつも強権を振り回すよ」
「キンメル長官は大統領の強権に…」
「ここではな。私も納得いっていないから余計に」
「失礼しました。マッカーサーの悪口はいかがでしょうか」
「それなら大歓迎だ。いくらでも吐き出そう」
米海軍の大損害は主力級艦艇だけでない。人的被害も尋常どころでない。太平洋艦隊の基幹である戦艦部隊を率いたハズバンド・キンメルと参謀たち、各戦艦部隊の中枢の人員、各艦と航空隊のベテランが一挙に失われた。人材の育成は一昼夜で終わるだろうか。
キンメル大将の戦死は衝撃を以て受け止められた。太平洋艦隊前司令長官が太平洋に散ったことは慎重に伝えざるを得ない。。本国の市民に負の感情を抱かせて海軍と政府を突き上げられては堪らなかった。したがって、本国の宣伝部門と協議して栄光ある戦死で塗りたくる。キンメル大将は日本海軍の卑劣な罠に嵌れど勇猛果敢に反撃した。敵艦隊に単身突撃して痛撃を与えた代償に壮絶な戦死を遂げている。
ここで問題なのはキンメル大将のご子息だ。偉大な父の背中を負おうと子供たちは海軍軍人を志す。特に長男は潜水艦に艦長として乗り込んだ。ハズバンド・キンメルの戦死を知るや否や復讐心に燃え、日本の艦船を1隻でも多く沈めてやると息巻く間もなく、突如として陸上勤務が命ぜられている。何も失態を犯していないのに陸上勤務とは謎の力が働いたに違いない。ニミッツが配慮する前にアーネスト・キング長官が負い目を感じて稀有な特例と動かした。
「マッカーサーが再三にわたりニューギニアとソロモン諸島に艦隊派遣を求めていることに関しては」
「全て拒否したいがそうもいかない。ミッドウェーを奪還してからと返せよ」
「先にニューギニアと言っています」
「ハワイという喉元にナイフを突きつけられている! それなのにマッカーサーは相手を殴ると言うのか!」
「敵がハワイにナイフを突きつけるなら、我々もナイフを日本本土に突きつけてやり、我慢比べに持ち込もうと」
「ミッドウェーはいつでも奪還できます。ニューギニアに艦隊と航空機を割かれては不可能ですがね」
ハワイはミッドウェー島陥落から連日のように航空偵察を受ける。敵潜水艦の出現も多発して輸送船に被害が生じた。ハワイに直接的な被害は出ていない。いいや、喉元にナイフを突きつけられているに等しいのだ。太平洋戦線の最終防衛線であるハワイが脅かされる中で悠長にニューギニアから反攻する余裕がある。なんて呑気で羨ましい限りだ。
マッカーサーはフィリピン脱出後にオーストラリアから指揮を執る。現在はニューギニアから島伝いに反攻する作戦を主張した。フィリピン奪還を声高に叫んでいる。日本軍の魔の手からオーストラリアを守るにニューギニアへ上陸したが、日本軍はどこにも見当たらず、現地の将兵はアメーバ赤痢やマラリアなど疫病に蝕まれた。陸軍はニューギニアで戦わずして消耗が相次いでいる。海軍は陸軍の徹底反攻に反対する前に呆れて物も言えなかった。
「陸軍の話は止めだ」
「はい。スプルーアンス少将の処遇は」
「ミッドウェーの敗北の責任は問わないが、一応の処置として、私の相談役に置いて陸上勤務に決めた。ハルゼーが復帰次第に再建中の空母機動部隊を預ける。戦艦部隊はリー少将に預けよう」
「リー将軍! あの砲術の天才ならば超巨大戦艦を撃破してくれる」
「本当はアイオワ級戦艦を待ちたいが時間は許してくれない。なにやら16インチ砲から18インチ砲に変えるなど噂が聞こえてきた」
これ以上陸軍の話をしては気分を害するだけと判断した。
ミッドウェー海戦で敗北を喫したスプルーアンス少将は昇進の上で太平洋艦隊司令長官の相談役に異動が決まる。当初はハルゼーに指揮を執らせるところ、ハルゼーは皮膚病の悪化により帰国が決まり、急遽の代役にスプルーアンスが充てられた。いくらなんでも、敗北の責任を一身に背負わせることは酷である。そのまま艦隊の指揮を執らせることも難しかった。一旦は陸上勤務に置いて冷却期間を設けよう。
ハルゼーは本国の皮膚病治療を終えて戻って来るはずだ。スプルーアンスを解いてハルゼーを戻して再建中の空母機動部隊を任せる。太平洋艦隊の戦艦部隊はノースカロライナ級とサウスダコタ級に変わった。敵超巨大戦艦を撃って討つべきはウィリス・A・リー少将しかいない。
そして不穏な噂話も聞かれた。
米海軍の戦艦はノースカロライナ級とサウスダコタ級に終わらない。
「モンタナ級も加速させよう」
続く
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