3日ごとに予知夢に襲われる「私」 どうすれば予知夢を回避できるのですか?
醍醐兎乙
前編
今年大学に入学し一人暮らしを始めた女は、講義の合間に大学で知り合った友人たちと話をしていた。
課題が難しい、アルバイトが大変、枕を変えてから眠りが深い。
女たちは取り留めのない会話を繰り広げている。
そんな中、友人の1人、小柄でいつもみんなの中心にいる女友達が、新たな話題を提供した。
「ゴールデンウィークはみんな用事はあるの?」
なんの変哲もない言葉、女以外の友人たちは各々、連休の予定を楽しそうに話し始める。
しかし、女だけが、彼女の言葉に、奇妙な既視感を覚えた。
(前にもどこかで彼女たちとこの話題をした気がする。最初に連休の話題を出した彼女が、みんなを旅行に誘って、その誘い方が印象に残ってる。たしか……)
『ここに‼ みんなの予定を合わせて‼ 旅行に行く計画を提案いたします‼』
女が頭に浮かべた言葉と、女の耳に届いた言葉が一音のズレもなく、重なる。
女は驚き、身構えるように、声のした方へ体を向けた。
そこには、最初に連休の話題を出した彼女が、宣言をするかのように胸を張っている。
先程の言葉は彼女が発したようで、友人たちは彼女を取り囲むようにして、旅行の相談を始めた。
女は自身の既視感に気味の悪さを覚え、言葉が出でないでいると、黙り続ける女に友人たちが気づく。
「もしかして、旅行嫌だった?」
旅行の発案者である彼女が、不安そうな上目遣いで女を覗き込む。
他の友人たちも女を見ていたが、女を心配する視線は少数で、大抵の者は旅行の話し合いを中断されたことが不満なのか、厳しい視線を女にぶつけていた。
(まずい‼)
女は自身を刺してくる視線に不穏なものを感じ、既視感を頭の中から放りだす。
覗き込んでくる彼女に、女はヘラヘラとした愛想笑いを向けた。
「黙りこんでごめんね、さっきの講義で出された課題について考えていただけなの。旅行だよね、もちろん賛成、楽しみだよね」
女は周囲の視線を意識しないように、嘘と本音を混ぜた言葉を女友達に伝える。
「本当? あなたって、なにかあると、すぐに考え込んで黙っちゃうから、心配になるんだもん」
彼女の返答に、女は愛想笑いを続けるが、嫌な汗が背中を伝う。
「本当本当、困ったことになったら、すぐに相談するよ。君のこと頼りにしてるんだから。そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
女は嘘しかない言葉を彼女に差し出す。
しばらく覗き込んだまま目を合わせてくる彼女だったが、女の言葉に満足したのか、女を混ぜて旅行の話し合いを再開させた。
旅行の話し合いから3日が経ち、女はアルバイト先のファミリーレストランで働いていた。
休日の昼間、途切れない注文、終わらない配膳、並び始める会計の列、そして騙し討のように襲い来るトラブルの数々。
そんな戦場の最中、女がそれに気がついたのは、客の子供が割った皿を片付け終わり、休憩室に向かう途中のことだった。
(なんか前にもお客様が割ったお皿を片付けた気がする。お子様連れのお客様で、お帰りになられてから、1人で割れたお皿を片付けて。そのあとは……そのまま休憩に入ったんだっけ)
割れた皿の片付けや客の対応を1人でこなした女は、疲労で思考を鈍らせたまま、休憩室のドアノブを掴む。
(それで、休憩室に知らない大人の女性がいて、びっくりして。その上、新しい店長だって名乗らて、更にびっくりして)
疲労で姿勢が乱れうつむく女は、ドアノブを捻り、体をぶつけるようにして、休憩室の扉を開いた。
(この系列のファミレスで、女性の店長って聞いたことないし、夢で見たのかな? それにしても夢で見た女性店長、きれいな人だったな……。ただ夢では、怒らせてしまって怖かったな。たしか……)
『扉に体当たりをして入ってくるなんて、あなたはなにを考えているのですか‼ 扉を壊すつもりですか‼ この店の従業員は荒くれ者の集まりなのですか‼』
女の耳に、夢で聞いた言葉と、一言一句、同じ音が届いた。
女は思い出す。この奇妙な既視感を。今まで忘れていた、この気味の悪さを。
そこから、誰もいない自分の部屋に帰り、1人で落ち着くまで、女の記憶は曖昧になっていた。
覚えているのは、貧血を起こしへたり込んだ自分を、店長が心配してくれたことと、忙しい時間帯に早退する自分を責める、同僚の視線だけ。
どうやって、家に帰ってきたのかすら全く覚えていなかった。
落ち着き、冷静になれた女は、この奇妙な既視感の正体にたどり着く。
「夢で見たんだ」
既視感の正体は、夢で見た光景が実際に現実に起こっているからだと女は結論付けた。
「気づいていなかっただけで、今までもあったのか。それとも今回で二回目なのか、なんにしても、また同じことが起こるかもしれない」
女は、夢で聞いた声と耳に届く声が重なる、気味の悪さを思い出す。
「……ちゃんと知らないと、自分のことなんだから」
追い詰められたように、女は決意を口にする。
「まずは毎日、夢を記録しよう。なにかわかるかもしれない」
女は勉強机から、新品のノートとペンを取り出し、枕元に置いた。
夢の記録を始めて、女が一番苦痛だったのは、予知夢を見ることではなかった。
女が一番苦痛だったのは、支離滅裂な夢の内容を、言語化し、文章に残すこと。
予知夢を見ていたとしても、いつ起こる予知夢なのか、女にはわからない。
その日起きたことが夢のノートに書かれていないか、毎日夢のノートをすべて見返していた女は、その支離滅裂な夢の内容を忘れることができなかった。
日に日に女の中で整合性の破綻した夢が積もっていく。
予知夢なんて気のせいだったと、夢の記録を投げ出そうとしたが、実際、女は予知夢を見ている。
苦痛に耐えながら、女は夢の記録を続けた。
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