【56】ゼッグ・エイジェーチ子爵

 ゼッグの背について行くと、書斎へと案内された。

 この部屋ならば、他の誰にも話を聞かれずに済むだろう。俺たちとしても好都合だ。


「……リジン。結婚したというのは事実か」


 使用人がお茶を運び終えて書斎の外に出るのを見届けると、ゼッグが口を開いた。


「はい。ほんの数週間前ですが、正式に夫婦となりました」


 ゼッグの問いに答え、ロザリーと俺は互いが指に嵌めた結婚指輪を見せる。

 すると、それを見たゼッグが深い息を吐いた。


「お前もようやく私の役に立つときがきたか……」


 役に立つ、と言われた。

 元々政略結婚の駒としか見ていなかったのだろうが、まさか本人を前にして堂々と口にするとは思わなかったな。

 まあ、これが義父であり、ゼッグ・エイジェーチ子爵という人物なのだと納得するしかあるまい。


「良いだろう、リジン。今日このときを以って、お前と私の親子の縁を戻してやろう」


 ゼッグは、十年前に切れてしまった親子の縁を戻すと宣言する。

 勘当が無かったことになったのだ。


「感謝します。……ところで一つ、お訊ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」

「言ってみろ」


 仏頂面は変わらないが、機嫌がいいのだろう。声色が微妙に変化していた。

 しかしそれも当然だ。ローグメルツ伯爵家との繋がりができたのだ。こんなにも喜ばしいことはない。


 だからこそ、俺は今の状況を利用する。


「父さんは、アウダー・ワーグ男爵のことをご存じですか」


 問う。

 途端に、ゼッグの眉が皺と共に寄った。


「……どこで、その名を知った」

「とある筋から」

「とある筋……か」


 ふん、と鼻息を鳴らし、ゼッグは俺の顔を睨み付ける。

 だがその程度のことで怖気づくほど、今の俺は弱くない。


「……その男の何を知りたい」


 やがてゼッグは、目を逸らして一息吐くと、お茶を一口飲んで再び訊ねてきた。


「昔、何度か屋敷に足を運ぶ彼の姿を見たことがあります。彼はいったい何をするために屋敷を訪ねていたのですか」

「お前が知る必要はない」

「つまり、隠されると?」


 返事が無い。ゼッグは答える気が無いらしい。

 だとすれば、こちらにも考えがある。


「では、ローグメルツ伯爵の名をお借りして、大々的に調べてみることにします」

「ま、待て!」


 もう、用はないと席を立つ。

 すると、俺たちを引き留めるようにゼッグが椅子から立ち上がり、声を上げた。その表情には焦りの色が窺える。


「まだ、何か?」

「リジン、お前……我がエイジェーチ家を潰す気か?」

「はて? 何故そのようなお話になるのかサッパリですが、お聞きしても?」

「……っ、どこまでも食えん男だ」


 そこに座れ、と指示を受け、俺はロザリーと並んで座り直した。


「アウダー・ワーグか、随分と懐かしい名を出してきたものだ……」


 ゼッグはお茶を飲み干して喉を潤すと、苦々しい表情を浮かべながらもぽつりと呟く。


「どこでその名を耳にする機会を得たのかは知らんが、結婚して間もなく死にたくなければ、奴には一切、手を出すな」

「それは何故でしょうか」


 核心に迫る勢いに、ゼッグは後が無くなる。

 そして口を滑らせてしまった。


「アウダー・ワーグ……奴は、王族と繋がっている」

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