【5】将来性の有無

「常設依頼分だ」


 ギルドに着くと、真っ先に受付へと足を運ぶ。二角兎の死体を入れた回収袋を肩から下ろし、ギルド職員にそのまま手渡した。


 倒した魔物の魔石を提出することで、対象となる魔物の討伐証明になる。今回は二角兎の魔石を六個で、大銀貨一枚と銀貨二枚。それに加えて、二角兎の死体を持ち帰り、提出している。死体から回収可能な素材の分を合わせると、それなりの額になるはずだ。


 ロビーのソファに腰掛ける。

 査定が完了するまでの間、ここで待たせてもらうことにした。


「――あ! 居たわよ!」


 すると、ギルドの扉が勢いよく開かれる。

 姿を現したのは、テイマーのフージョだ。その後ろからユスランとカヤッタが続き、俺の傍へと近づいてくる。


「逃げ足が速いおじさんですね」

「職業柄、足の速さは誰にも負けないものでな」


 ユスランの嫌味に対し、俺はソファに預けた背を離すことなく、淡々と答える。


「さすがは盗人ですわね」

「人聞きの悪いことを言うじゃないか」

「事実だし! あんたが獲物を横取りしたんでしょーが!」


 ロビーに怒声が響く。

 ギルド内に居る冒険者たちが、何事かと目を向けてきた。


「職員さん、ちょっとよろしいですか? どうしてもお伝えしなくちゃならないことがあるんですけど」


 とここで、ユスランが片手を上げ、受付担当のギルド職員を呼び寄せる。


「何かございましたか?」


 先ほど、二角兎の死体を提出した際に担当してくれた職員がユスランに呼ばれて受付から出て来る。

 大体の予測は付いているが、嫌な予感しかしない。


「はい。実は本日、二角兎の討伐依頼を受注しまして、パーティーの仲間たちと共に、順調に倒し続けました。でもその途中、ここに居るおじさんに回収袋を盗まれてしまって……そのせいで、依頼を達成することができませんでした」

「回収袋を盗まれたんですか? それってつまり……」

「はい。獲物の横取りです」

「このおっさん、冒険者として有り得ないっての! ソロで狩りもできないからって、盗みを働くとか頭おかしいから!」

「残念な御方なんです。そうでなければ救われませんわ」


 言いたい放題とは、まさにこのことか。

 俺が口を挟まないのをいいことに、どんどん饒舌になっていく。


「ええっと……確かに、二角兎の依頼を受けていますね。それも、ギルドの指定依頼を……」


 ユスランたちの抗議を受け、ギルド職員は発注済みの依頼書を確認する。

 間違いなく、ユスランたちが受注したものだった。


 しかしながら、それが証拠になるわけではない。単に依頼を受けたことが分かっただけだ。

 二角兎の討伐は、常設依頼に含まれている。だから俺が二角兎を目当てに裏山へと入ったとしても、何一つ問題はないのだ。


 そして今回、問題があるとすれば、ユスランたちが受けた依頼の方だ。


 ユスランたちが受注したのは、通常の依頼とは異なり、ギルド直々に出された指定依頼になる。

 指定依頼とは、常設依頼や通常の依頼よりも達成するのが困難で、時間が掛かるものが多い。


「二角兎の角を、二十本……しかも、今日中に提出と書かれてあるな」


 ソファから腰を上げ、横から依頼書を見てみる。


 ギルド職員の手には、ユスランたちが受けた依頼書がある。

 肝心の依頼内容についてだが、ギルドお抱えの素材職人が、二角兎の角の部分を大量に必要としていて、計二十本の角をギルドに提出するといったものだ。


 それだけならば、時間を掛ければユスランたちでも達成することができるかもしれない。

 但し、この指定依頼には提出期限がある。それは今日中となっている。


 つまり、仮に俺がユスランたちから回収袋を盗んでいたとしても、角の数は二十本に満たないので、ギルドの指定依頼が未達成なことに変わりはないということだ。


「依頼失敗か、残念だったな」

「なっ、失敗したのはおっさんのせいだろ!」

「そうですよ、わたしたちが倒した二角兎の死体を貴方が横取りしなければ、問題なく依頼をこなすことができ――」

「何本あった」

「え?」

「回収袋には、二角兎の死体が六体あった。それはここに居る職員が確認済みだ」

「いったい何の話をしてるんですか?」

「だから、お前たちが倒したというのなら、角の数が何本あったか分かるはずだと言っているんだ」


 俺からの問いかけに、ユスランたちやギルド職員、それに遠巻きに目を向ける野次馬たちが眉を寄せる。


「……おじさん、僕を馬鹿にしてるんですか? 倒した数は六体なんだから、全部で十二本に決まってるじゃないですか」


 ユスランが言う。

 と同時に、ギルド職員が目を細めた。


「――だそうだが、十二本で間違いないか?」

「いえ、間違っていますね……」

「っ!?」


 ギルド職員は、間違いだと指摘する。

 その返事を受けて、ユスランたちは驚いたような表情を浮かべる。


「わ、分かりましたよ! 僕たちが倒したのは六体ですけど、おじさんも一体か二体、倒したんでしょう? だから数が合わなかったんだ!」

「何も分かっていないんだな」


 やはり、ユスランたちは気付いていない。

 というよりも、その存在自体を知らないのだろう。


「確かに俺は六体と言ったが、だからと言って角の数が十二本あったとは一言も言っていない」

「だ、だからそれがなんだってのよ!」


 フージョが言葉に噛みつくが、相手をせずに更に続ける。


「二角兎の中には、稀に一つの角が枝分かれした個体が現れる。今回倒した中に、そいつが一体居たんだ。つまり、角の数は全部で十三本になる」

「枝分かれ……!? そんな個体が居るなんて……」

「自分たちで倒したと言っていたが、そんな珍しい個体の二角兎に気付かないはずがないと思うがな?」

「う、うるさいっての! おっさん、あんたが邪魔しなかったら今日中に集めることができたんだから!」

「いいや、それも無理だな。お前たちは知らないかもしれないが、そもそも二角兎は見つけ難いことで有名だ。人の気配を感じると、すぐに逃げ出してしまうからな。だと言うのに、足音に気を付けることなく、更にはお喋りしながら裏山を歩き回っていたんだ。それは探索とは名ばかりとしか言いようがないし、その調子だと一週間かかっても依頼を達成することはできなかっただろう」


 他の生息地では多少異なるかもしれないが、モルサル街の裏山に生息する二角兎は見つけ難いと言われている。

 労力の割には報酬も少ないので、誰も手を付けたがらない。


 そうなると、二角兎の素材が出回らないので、それを欲しがる人が困ることになる。

 その結果、ギルドが指定依頼を出すに至ったのだろう。


 それでも他の冒険者が手を出さなかったのは、討伐対象が二角兎だったからだ。


 ユスランたちは、指定依頼の報酬と貢献度に目が眩み、自分たちの手に負えない依頼を引き受けてしまった。木級から鉄級に上がった新米冒険者にはよくある話だ。


「これに懲りたら、次からは身の丈に合った依頼を受けることだな」

「っ、クソッ!」

「あっ、ちょっとユスラン! 待ってよ!」

「……おじさまの顔、覚えましたからね」


 吐いた嘘がバレたことで、この場に居辛くなったのだろう。

 ギルド職員や野次馬たちに白い目で見られたまま、ユスランたちはギルドの外へと足早に出て行った。


 その場に残されたのは、俺とギルド職員の二人のみ。


「……それで、査定は終わったか?」

「いえ、もう暫くかかると思います。何しろ希少種が含まれていますので」


 枝分かれした二角兎のことを言っているのだろう。

 再び、ソファに腰掛けて背を預ける。だが、ギルド職員はまだ何か言いたげだ。


「どうかしたか?」

「……あの、ジョレイド様。非常に申し上げ難いのですが、一つよろしいでしょうか」


 顔を上げ、「なんだ?」と訊ねる。すると、


「明日以降、当ギルドでの活動をご遠慮願えますか」

「……何故だ?」

「先ほどの一件、嘘を吐いたのは彼らであって、正しいのはジョレイド様の方です。しかしながら……彼らは将来性豊かなパーティーなのです」


 これ以上聞かずとも、その先に続く台詞が手に取るように分かる。

 何故なら俺はソロのアタッカーだから……。


「それに加えて、ジョレイド様は余所者で……彼らは、この町の出身です。どちらがこの町に必要かと問われれば、ソロアタッカーのジョレイド様でしたら、ご理解していただけるかと……」


 五年もの間、モルサル街を拠点に活動してきたというのに、余所者扱いとはな。


「分かった」


 つまり、パーティーをクビになった翌日に、今度はこの町からも追放されるってことか。


「ジョレイド様がアタッカーでなければ、私共も味方をすることができたのですが、とても残念に思います……」

「いや、いい」


 手を上げて、話を終える。

 今の俺には、残念なのはこっちの方だと文句を言う気力すらなかった。

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