第42話 クエスト5〜王都への道〜

「やあやあやあ、こんちわ!ボクはマイス商会の若番頭、マーニーってモンや!」


マイス商会の若番頭を自称する男。


猫のように細まった目をした、軽薄そうな若者だ。


質の良い深緑のケープを纏い、とうもろこしの印が刻まれたメダリオンを首からぶら下げている。


ふむ……、そう言えば、マイス商会とは言ったが、依頼人の顔は知らないな。


目の前の男が本当にマイス商会の若番頭とやらなのかは、俺には判断できん。


《鑑定》の魔法もあるにはあるが、あれで分かるのは能力の数値が主。


そもそも、『深淵のアルギュロス』の魔法は、神がもたらした秘術であるからして、人間には理解しにくい、使いづらいものが多い。


つまり、目の前のこの、明らかに胡散臭い男を本物と判別する方法はないのだ。


いや、ならば……。


「クイズだ。ある店舗の売上が一月で王都金貨百五十枚だった。番頭の取り分が二割、手代の取り分が一割、丁稚全員分の取り分が一割五分だとした時、残りの金貨は何枚だ?」


「百五十の五割五分やから金貨八十二枚と半分やな」


計算が早いな。


これは……、恐らくは本物だろう。


「申し遅れた、俺は六級冒険者のシバだ。マイス商会だったか?よろしく頼む」


「……もしかして、ボク、疑われてました?」


「事前に会っていないから、もしかしたらマイス商会を騙る別人かと……」


「あー……。ま、まあ、その辺は、冒険者ギルド側の仕組みが悪いんやから……、しゃあないですわ」


おや、心が広い。


マイス商会と言えば、この辺境においてはかなり力の強い商会だ。


なのに、俺の無礼を許すのはどういうことだろうか?


「あっ、もしかして、疑ってます?」


「ああ」


「あー……っとですね、ウチの商会としては、有能な冒険者さんとは仲良うやってきたいと思うとります」


「ふむ?」


「活動期間たった半年で六級にまでなった辺境の英雄であるシバさんと、三級の、しかもエルフであるアデリーンさん」


ふむ。


「そんで、地母神神殿始まって以来の天才であるノースさんと、英雄の弟子たるヴィクトリアさん」


なるほどな。


「ちょいと言いづらいんですが、その……」


「唾をつけておきたい、か?」


「へへへ、まあ、そうなります」


それなら、理解できるな。


商人らしく、利益がありそうな存在に渡りをつけておきたい。


納得できるプレイングだ。


そしてそれは嘘じゃないことも、『心理学』の技能で分かる。


「よく分かった、よろしく頼む」


「へへへ、おおきに。よろしゅうたのんます」




「……で、これ、何です?」


「キャンピングカーだ」


「は、はあ……」


「まあ、馬車のようなものだ」


「何か運ぶんです?」


「ああ、旅の最中でもぐっすり眠れるように、ベッドや毛布なんかを中に設置してあるんだよ。あとは暇潰しの本だとか」


「ははあ、なるほど……。面白い考えですね」


若番頭ことマーニー曰く、王族の馬車は揺れないことと丈夫なことにリソースを全振りされており、ベッドやら毛布やらは別の馬車に積んでおき、休む時に一々運び出すそうだ。


まあ確かに、王族が街を跨いでの移動ともなれば、一人じゃなくて、お供の部下を何百人と連れて行くだろうからな。


お供にお世話されると考えれば、それで良いだろう。


何百人の下僕が、何百台の馬車から天幕を張り、寝台を設置して、煮炊きをする……。


それが王侯貴族というものだ。


だが、俺は冒険者。


使用人をぞろぞろ連れて、ダンジョンに行脚するなど不恰好だ。


え?じゃあキャンピングカーはアリなのか?


いや……、この世界における二ヶ月半の馬車の旅は、ロールプレイの範疇からはみ出すくらい辛いんだもん……。


あくまで俺は遊びでやっているのだ。


シバに成り代わった身として、シバに恥じるようなことはできないが、裏を返せばシバがやりそうなことはいくらやっても良い。


例を挙げるとすると、臆して逃げたり、無様を晒したりはしないが、ファンタジー世界でキャンピングカー乗り回しても別に良いということ。


王侯貴族のように下僕を引き連れての行脚はグレーゾーン?


ダンジョンに愛人を連れてきたとかならセーフ?


左腕に封じられたアルギュロスがなんと言うか分からないが、少なくとも、「俺が確実に間違っていると思うこと」をやらない限りは問題ないはずだ。


シバに、つまりは自分に殉じなければならない訳だな。




さあさあ、じゃあ早速、キャンピングカーに乗って旅を始めようか。


まず、キャンピングカー側。


こちらには、俺、アデリーン、ノース、ヴィクトリアの四人が搭乗する。


俺達は、商隊における最も危険な位置である最後尾を移動して、護衛することになった。


拓けた平原が主なるこの西方世界では、複数人で移動する時最も危険なのは最後尾。


逆に最前列にいる人が一番安全なのだ。


何故かと言うと、前にいる奴は何かあればそのまま前に逃げられるから。


後ろにいる奴は、前がつかえて逃げられない。


迂回は、馬車だと難しい。


あ、因みに、道から外れて好きな方向に逃げると言う選択肢はないぞ。


この世界にはGPSなんてないからな。一度道から外れれば、何にもない草原で永遠と迷い歩く羽目になる。


で、マイス商会側。


若番頭は質の良い馬に跨り、その両隣を同じく馬に跨る護衛が固める。恐らくは側近的なアレだろうな。


徒歩の護衛も八人ほど。


そして、荷馬車が四台、その後ろを並んで追いかける。


三台は商品、一台は物資だそうだ。


この世界は、ノースのいた村などからも分かるように、意外と宿場町が多い。


なので、川沿いの道を歩って、割と多い宿場町に停泊していけば、持ち歩くべき物資はかなり少なくなるようだ。


何でこんなに宿場町が多いのだろうか……。


アデリーンに訊ねたところ、道はその地の領主の所有物で、使った奴から税金を徴収するから、らしい。


貴族は道路を整備して、宿場町をたくさん設置して人通りを多くする。


たくさん行き来する人々からちょっとずつ税金を取れば、ガッポガッポという訳だな。


なるほどなあ、資本主義かー。


そんなことを思いつつ、護衛隊と顔合わせを済ませて、出発だ。

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