信頼という感情の話④
そのどれもが、空が一人前の魔法使いであることを証明する。
私を治療した時も、犬獣人とともに夜の街へくり出した時も、空は他人のためを思って行動し、みんなの心を解きほぐしてきた。
空は、私が思っている以上に力がある。
心配することなんて、最初から何もなかったんだ。
ただ、私があの子のことを心配していたいだけじゃないか。
景色が切り替わる。
目の前には、野原を走る空がいた。傾き始めた日は、空の顔を赤く照らしている。これは、エルフの森の外にある野原だろうか。
これは、いつの景色だ。いつの話だ。
『魔女さん! 返事して!』
空のテレパシーが聞こえた。
酷いノイズのせいで聞き取りにくいが、確かに私を読んでいる。
一秒前でも、過去であり記憶である。これは一秒前の景色……今の空だ。
「すまない。エルフの森に入ってから、私の魔法が弾かれてしまってて」
伝達の術を使い、テレパシーを飛ばして謝罪をする。しかし、空には聞こえなかったんだろう。私の声に被せるようにして、空は言った。
『ヨルズさんが……グリムニルさんのお母さんが、今日にも死んじゃうかもしれないんだ!』
ニールのお母様が、今日にも?
私はそのことに驚いたが、同時に焦りの感情が湧いた。空は助けてもらいたがっている。
「ねぇ、グリムニルさんを連れてきてよ! 宮廷魔道士の弟子だった魔女さんなら、王様に頼めるでしょ!」
やはりそうだ。
だけど、その要求に私は首を振る。今回ばかりは、私が助け舟を出すことはできない。
「私は、先生の弟子なだけだ。王様とはなんの関係もない」
『でも、できるでしょ!』
できないんだ。
「できない。だって私は、城に入ることを禁じられている……先生の弟子をかたる資格がないから……」
かつて女王に拒否された私が、城に行けるわけがない。女王が亡くなったのは四百年以上も前のことだけど、きっと王族は私を許してはいないだろう。
杖を振る。
途端に、星降堂は色で溢れた。
風をまとってやってきた空は、泣いてくしゃくしゃになった顔で私を見上げる。感情を溢れさせる空からは、目が眩む程に光を、色を溢れさせていて、私は目を細める。
悲しみの青。
怒りの赤。
不安の灰。
やるせなさの黄。
恐怖の黒。
「ねぇ、なんで助けてくれないの! いつも助けてくれたじゃん! なんでダメなの!」
それらは全て私に向けられていて、まるで私の奥を突き刺してくるようで……
「今回は助けてあげられない。」
子供の期待と絶望は、少しばかりしんどいね。
だって、私は本当に何もできない。エルフの森に干渉することも、城に出向くことも。
だから……空を信じるしかない。
「だから、空。今回のことは、空の力だけで解決しなくちゃならない」
「できないよ! 僕は、魔女さんがいないと何もできない」
笑いがもれた。
私もさっきまで、同じことを思っていた。空は子供だから、私がついてやらなくちゃ、だなんて。
でも、そんなことはない。
「何もできない? そんなことないだろう」
君は、立派な……
「君は魔法使いだ。魔法使いは、空だって飛べるんだよ」
空は強く首を振って、漆黒の煌めきを溢れさせる。
不安なんだろう。怖いんだろう。自分が至らないばかりに、ニールを呼ぶのが間に合わなかったらと考えたら。
でも、至らないなんてこと、ないんだよ。
「それは、過小評価しすぎじゃないかい?
君は君の力を知らなさすぎる」
空が目を見開き、金色の煌めきを辺りに散らした。
空が驚いているのもかまわず、私は片手に空の手を、片手に箒を握り、空が寝泊まりする二階の部屋に向かった。屋根に登るには、そこが一番勝手がいいんだ。
窓から外に出て、屋根に立つ。空も同じようにして屋根に立つと、強く吹き荒れる風に目を細めていた。
遠くに見える王城、二つそびえる塔のうちどちらかに、ニールはいるだろう。
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