世界で一番だるい君

あきてんた

第1話 小せぇ悪魔

 僕は人生において、如何に面倒臭いイベントを避けるかが最も重要だと考えている。


学校行事における役割分担や、友人関係など、数々の面倒臭いイベントを楽に乗り越える術がこの頭には備わっている。


「雨か・・・だるいな」


そんなことを思いながら学校から帰っていた矢先、僕の平和な人生を脅かす、最大のだるいイベントが目の前で起きた。


 目の前に、どう見てもやばい角の生えた銀髪の少女が倒れていた。なんだこの子。コスプレ・・・だよな。それにしても完成度が高いけど。


 幸いにも僕の存在には気づいていなさそうなので、僕は少し考えた後、救急車に電話し、その場を去ろうとした。


 「ま、待て。頼むッ・・・助けてくれんかッ・・・」


 あきらかにやばい人だったが、さすがの僕でも話しかけられたら、応えるしかない。


「心配しなくても、救急車呼んでおいたのでもう大丈夫ですよ」


「それだけではどうにもならん・・・。体力もそうだが、なにより悪魔力が足りんのじゃ。ウウッ頭が」


 中二病もここまで来ると怖いな・・・・・・。


 ただ、さっきから頭のあたりをずっと抑えているあたり、本当に頭は痛いのだろう。


「頭ぶつけたりしたんですか?血とか出ててるかもしれないし、安静にしておいた方がいいですよ。」


 そういって彼女に、持っていたタオルを渡すために近づいたその時、妙な違和感を覚えた。そう、あまりにも角がリアルすぎたのだ。


「いや~リアルなコスプレですね。本物の角みたいだ」


「本物だからな」


「またまた~。冗談やめてくださいって」


「いや、だから本物じゃと」


「ハハハッ・・・」


 明らかに信じていない僕に対して、怒った彼女は、語気を強めて言う。


「だ~か~ら~。本物だって言っとるじゃろうがぁぁぁ」


 彼女がそう言った瞬間、角の間から謎の紫の光線が発射され、僕の頭の上を掠めた。髪がほんのり焦げたにおいがした。




 その後話を聞いたところ、彼女はどうやら本物の悪魔らしい。魔界での戦いの末にダメージを負い、人間界に逃げてきたようだ。こんな話とても信じられないが、あのビームを見てしまっては、今更疑うこともできない。


「悪魔なのは理解したんですけど。結局どうすればいいんですか?てかそもそも悪魔力って何ですか」


「質問が多いの~。しょうがない特別に教えてやろうニンゲン。悪魔力とは・・・そう、負のエネルギーの集合体じゃ」


「負のエネルギー?」


「そうだ。誰しもが抱える負のエネルギー。悲しい気持ちや嘆きたい気持ち、それをわれわれ悪魔は喰らって生きている。そうじゃ、例えばあの店に入っていくニンゲン。あいつの負のエネルギーを喰らうこととしよう」


 そういって彼女は不気味に微笑む。一体どうする気なんだろう。悪魔っていうくらいだからとんでもなく恐ろしいことをするんじゃ


「奴は今頃、晩酌のお供を買いながら、夜のテレビ番組のことでも考えていることだろう。ククク・・・そんなことを考えていられるのも今のうちだ。奴の傘立てに入れた傘を、ここにあるボロボロの傘と交換する。どうだ悪魔的だろう。」


・・・・悪魔ちっせええええ。確かに嫌だけど。それでいいのか悪魔。


「いや、悪魔なのに殺したりとかしないんですか・・・」


「昨今はコンプラが厳しくてな。むやみに殺生はできんのだ」


 あ、悪魔にもコンプラとかあるんだ。


「とにかく、早くしないと体がもたん・・・。我の代わりに行ってこいニンゲン」


「えぇ~。僕が行くんですか・・・。」


「塵になりたくなければな」


おい。コンプラはどうした。そう思いながらも、もし断ったら何をされるかわからないし、言われるがままに傘を取り換え、彼女の元へ帰ってきた。


「これで本当にいいんですか?」


「うむよくやったニンゲンよ。褒めて遣わすぞ。まさかここまでやるとはな」


いや、ただ傘取り換えただけなんですけど。


「そういえば名を聞いてなかったな。名乗る権利をやろう」


「名前・・・。佐藤けんたです」


もちろん偽名である。すまんな。二つ前の席の佐藤君。


「サトウか。よし。特別に、其方にも我の名を教えてやろう。ありがたく思え。我が名はリリス・フルーレティ。覚えておくがよい」


「わかりました・・・。てか、さっきの人出てきそうですよ」


「本当か!より濃い悪魔力を摂取するために近づくぞ!」


 さっきまで倒れていたのが嘘かのように、急に元気になった彼女は、店の方へと近づいていった。


「いや、そんなに近づいたら怪しまれますって」


 そう呼びかけかけようとしたのも束の間、店からさっきの人が出てきた。


『は?俺の傘は?さっき買ったばっかなのに・・・。ふざけんなよ~マジでッ!』


 当然のごとくキレていた。それはもうとてつもなくキレていた。


 怒る彼を見て僕は罪悪感を感じたが、それを見ていた悪魔は本当に満足そうだった。


「もう僕帰りますね」 


彼には悪いと思いながらも、この場を離れようと思ったその時だった。誰が予測できただろう。その悪魔はニヤニヤ顔で男に近づき、平然と話しかけた。


「傘ならあるじゃろうそこに。プププッ」


『は?いやこんなボロボロの傘俺のじゃないし・・・。ていうかなんの用ですか』


「いや、別に用があるというわけでわないんじゃが、お主が困っているようじゃったから話しかけただけじゃよ。プププッ。ハハハッ」


 もはや笑うのを我慢できていなかった。


『あなたには関係ないですよね。わかったらもうどっか行ってください』


「いや、我は店に入った時から見てたからプププッ。関係はあるじゃろ」


『そうか・・・お前かァァァ』


 その瞬間、男は持っていたカバンで頭を叩きリリスを吹っ飛ばした。


「なんで・・・我やってないのに」


 いやそりゃそうなるだろ。僕に頼んだ時点で、お前も同罪だ。


 リリスはもともと死にかけだったのもあって、体力を完全に失って倒れた。


 しばらくしてもリリスが動いていないのを見た僕は、頭を打たれる覚悟で傘を返したのだが、素直に謝ったら案外許してもらうことができた。


そうして僕がもう帰ろうとしたその時、遠くから大きなサイレンが聞こえた。そう、呼んでいた救急車が到着したのだ。


「大丈夫ですか!具合の悪い方はどちらですか!」


「そこです」


 そう言って僕は、仰向けに倒れる情けない悪魔を指差して、何事もなかったかのように家へ帰った。


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