待ちに待ったこの一口

 一度手をブランブランと振って、握力を元に戻すと、再度紐を握り直し、捻じるようにしてじわじわと力を込めていく。

 そーっとだ、そーっとだぞ! 自己暗示をかけるようにして、心の中で声を大にして引っ張っていく。


 そしてコルク栓の限界を迎えそうになったとき、手で抑えながら捻じった。


“ポンッ!”


 あわわわわわわ。思ったより大きい音が出てしまった。慌てて周囲に目を向けるも、幸いにも起きた人いないようだ。


 安心すると同時に、赤ワインの芳醇な香りが鼻孔をくすぐった。


 あぁ~、この匂い! ‥‥‥キッツ!!! 十数年ぶりに嗅いだ赤ワインの香りは、子供の身体には思ったよりも刺激が強いらしい。


 思わず顔を背けてしまったが、好奇心に負けてもう一度今度は覚悟をもって嗅いでみる。


 あぁ、これだ。この香りだ。抑えきれない本能が、一口舐めてみろと叫んでいる。いや、違う。本能は体の毒になるものを口に含めるなと警鐘を鳴らしているが、野獣のような理性が大学生のようなコールを掛けている。


 ふふふ、若いころの溢れんばかりのやんちゃが戻ってきたようだ。では、まず一口いただきます。


 ラッパ飲み? そんな無礼なことは出来ないですよ。礼節に手足が生えた男ですよ、私は。


 ということで、帰り道に買っておいたおちょこを取り出す。本当はグラスで飲みたいんだけどね。ガラス高すぎやしませんかね。一つ十万してたんですけど。誰かプラスチックを開発してくれ。あれの原材料って樹脂だっけ? それとも化学的なアレ? 


 まぁ分からないものをいくら考えても仕方ないので、はやる気持ちを抑えきれずに、ちびっとだけ注ぎ入れる。そして、表面に浮かぶ赤い月に魅入られるようにして、一気に口の中に含ませた。


 ‥‥‥。


 ‥‥‥。


 ‥‥‥!! かぁ~!! 体が熱くなってきたあああああああああ!!! これだよ、これ!!


 口の中に残る酸味と渋さ、そして仄かに香る甘さ。間違いなく断言できる! 美味い!!


 誰か、この馬車の中に肉料理をお持ちの方はいませんか!? 救急なんです。俺の胃袋が、五臓六腑が欲しているんです!


 ハンバーグ! ステーキ! 漫画肉! 干し肉はNGで! とにかく、肉汁と赤ワインのハーモニーが欲しいんだ!


 とは言うものの、それが叶わない事は分かっているので、大人しく二口目に移行する。

 それにしても、あーこの気分、久しぶりだな。思考が上手く回らなくて、見える景色の全てに趣を感じることのできる、最高の気分。


 ここが森を少し抜けた道中で、馬車の中でなければ、多量に飲んで、踊りだしていただろう。それほどに、久しぶりのお酒は、背徳感も相まって楽しいものとなった。


 まだまだ飲み足りないが、明日に影響しても嫌だし、そもそも怪しまれたくないので、コルク栓を元に戻して、空を仰いだ。


 夏にしては涼しげな風を感じつつ、黄色くまん丸な月を眺めながら、赤ワインを丁寧にかばんにしまって、静かに眠りについた。




 次の日、俺たちの馬車は最終目的地のノミリヤ学園のある街に辿り着いた。まだ海は見えていないけれど、どことなく潮風を感じるのはこの街の特徴なのだろう。


 しばらく海から離れていたからこそ感じる新しい刺激に、胸を高鳴らせている自分がいた。


 さて、こんなに気持ちのいいお昼の時間帯なのだから、やることは一つ。肉料理を提供してくれるお店を探すことだ。


 俺は北の門から南へと海の見渡せる坂道を下り始めた。



「ないよなぁ」


 分かってはいたけれど、大通りに並んでいる屋台では俺の求めている肉料理を提供してくれるお店は並んでいなかった。


 勿論焼き鳥や、串焼きなんかは割と見かけるのだが、俺の求めているのはそれじゃない。ワインに合う肉料理であって、日本酒やビールがあう肉料理じゃないんだ。


 ていうかさ、スベオロザウンが赤ワインじゃなくて、日本酒でもくれてたら良かったんじゃないの? それかもっと合わせやすいウイスキーとかさ。


 全然いいんだよ? いいんだけどね? 鍛冶師が赤ワイン出してくるって思わないじゃん。受け取ったときは場にのまれて、冷静じゃなかったのは認めるよ? ‥‥‥でもさぁ、そんなタイプじゃないじゃん‥‥‥。


 はてさてどうしたものか、いっそ妥協してしまって普通に美味しそうな物でも買って帰ろうか。あーでも、あまり遅くなっても帰る時間が無くなっちゃうし、いっそのことどこかに宿泊してもいいな。


 学園‥‥‥は流石にダメか。お酒の持ち込みも倫理的にね。


 となると、この街で宿を取ることになるんだけど、なるべく宿泊費は抑えたいけど、それよりも料理が美味しい所が良いな。あっちでのご飯が美味しすぎたせいで舌が肥えちゃったんだよ。


 あかん、ごはんの事考えてたらお腹空いてきちゃった。


 そうだ! 久しぶりにヒナバンガさんのお店に行こう。確実に美味い物が出てくるはずだからね。


 てことで、ヒナバンガさんのところにレッツゴー!


 ‥‥‥ここどこですか? 俺は今、絶賛迷子中です。


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読んでいただきありがとうございます。

寒暖差で風邪ひきそうですが、、皆さまは気を付けてくださいね。自分は無敵マンなので、しばらくひいてないです。

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