背負われて


 足をもつれさせ、倒れるかと思った俺の身体を支えてくれた人物がいた。顔を持ち上げて確認すると、サルマンさんの一番弟子、及びイヴの護衛を務めてくれたカガイヤさんだった。


「あれ? カガイヤさん、どうしてここに。おっと‥‥‥」


 緊張から解放されたからか、俺の身体から力という力が消えて、全身がただの肉の塊のようにだらんとカガイヤさんのお荷物になってしまった。


「すみません」


「言ってる場合じゃないでしょうに、今すぐ街に戻りましょう。もう日が暮れてしまう頃です」


 空を見れば、いつの間にか太陽は森の中に沈もうとしており、橙色の太陽が滲んで見えた。


 カガイヤさんが無言で背中を差し出してくるものだから、その善意を素直に受け取って負ぶさると、勢いよく駆けだした。




 森の木々が残像かの如く視界の端を滑っている。まるで、一般道を走る車のようだが、その速度で運ばれている俺。勿論、顔面の皮膚はブルブルと風の抵抗で震えている。


 それでも足の痛みは風だけなので、我慢できない程でもないが、カガイヤさんにしがみ付く俺の手が気絶しそうなくらいに痛む。


 しかし、ここで気絶でもしてしまえば、今すぐにでも地面に転がり落ちて、受け身の取れない俺は大怪我をしてしまうだろう。大怪我で済めばいいものの、走っている車から投げ出されることを想像してほしい。意地でもこの手を離さんぞ。




 街に着くころになると、太陽は既に沈み、辺りは静まり返っていた。普通の街なら門も締まっているが、魔法都市マルーダニアでは魔道具のお陰で、夜でも明かりがついており、街にはまだ活気が残っている。


 ということで、門兵に事情を話して、通してもらった。

 そして、そのまま領主宅に向かうものかと思ったが、道順が違う。


「これはどこへ向かっているんですか?」

「教会ですよ、流石にその怪我を放置するわけにはいきませんからね」

「あ、ありがとうございます」


 そうでした。自分怪我人でした。怪我に慣れ過ぎて、治療と言う概念を忘れていましたよ。唾を付けとけば治るからね、ククルカ島の男児は。‥‥‥よくよく考えればおかしいよな、本当に人類なのかどうかも怪しいでっせ?? 祖先は魔物かな?


 自身の血脈についてあーだこーだ考えを巡らせていると、とあることに気づく。


「そういえばなんですけど、どうしてカガイヤさんがあそこにいたんですか?」


「簡単な話ですよ、あとを付けていただけです。私が決めた依頼でしたが、流石に子供を一人で森の中に放り込む事は出来ませんから。それよりも、見えてきました、教会です」


「教会?」


「はい、ドットヒッチ邸にも医療に長けた者は常駐していますが、その怪我では跡が残ってしまうかと思われますので、教会の方でしっかりと治療していただこうかと」


「分かりました。ありがとうございます」


 道の先に見える大きな白い建物がどんどんと大きくなっていく。アレが教会なのだろう。


 建物の中にはまだ温かな明かりが灯っていて、心にじんわりと懐かしいような寂しいような、前世での幼い時にへばりついた、冬のストーブを思いだした。母の作る朝ごはんの横で、学校へ行くのを面倒くさく感じたあの時の思い出と共に。


 夜になって、気温が低くなったせいか、地理のせいか、ズビっと鼻を啜る。


 カガイヤさんの背中に全身を預けて、いつの間にか目の前に現れた教会の大きな扉をくぐった。


「治療をお願いします!」


「こちらへどうぞ」


 近くにいたシスターの一人に詰めよるようにして、治療を頼むも、彼女は慣れたように、冷静な声色で別室へと促した。


 案内された部屋は、手術台のようなベットがいくつか置いてあるだけの、簡素な部屋であった。ベッドの上に横になって、少しドキドキしていると、シスターは治療してくれる人を呼びに行くと言って、部屋を出た。


 カガイヤさんは、俺の靴を慎重に脱がせると、クシャっと顔を歪ませ、眉を顰めた。ポーカーフェイスに見えたけど、そんな顔も出来るんだな。などと失礼なことを思っていると、カガイヤさんが口を開いた。


「一体、どうしたんですかこの傷は。傷の上から傷を塗りたくって固めたようなあとじゃないですか‥‥‥」


「あはは、まぁその通りなんですよね――」

「――笑い事じゃありません!!」


「‥‥‥す、すみません?」

「っ!? ‥‥‥いえ、ランデオルス様は悪くありません。すみません大きな声を出してしまい、それに依頼についても。完全に私の責任ですから」


「大丈夫ですよ。これくらいの怪我なら全然っ!! ‥‥‥そうだ、怪我の原因ですよね。聞いてくださいよ」


 これ以上カガイヤさんが自身を責めないように、俺は捲し立てるようにその時のことをなるべく明るく、喜劇のように話した。


 森の中で吐いたことは恥ずかしいので置いておいて、大きな鉄鉱石を見つけた事、そして休憩している間に、スライムに手を焼かれたこと。蠢く魔物たちの絨毯を華麗な血飛沫とダンスしながら逃げた事、その際に足を噛みちぎられ、酸で溶かされ、溶けた肌で固まったりしたこと。


 いやぁ~ウケるね。危うく世界に絶望するところでしたよ。ガハハ!


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読んでいただきありがとうございます。

ふふふ、予約忘れてたなんて言えないったら言えない。気づけて良かった。

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