漁師飯・極み~入学Ⅱ~
「おーおー大量だなこりゃ。俺たち船乗りの立つ瀬がないぜ」
舵取りを部下に任せたジェフがこちらに近づいてきた。
俺の背後には魔力糸で獲った魚が生け簀の中で大量に泳いでいる。
「たまたまですよ。魚群がちょうど下に来てくれたんで助かってます」
ふふ、つい釣りが楽しすぎて乱獲してしまった。これは反省しないといけないな。ところで‥‥‥。
俺はジェフの方に身体を向け、首をかしげる。
「これで今日のご飯も‥‥‥?」
「ダッハッハ、男にそんな目で見られても嬉しかねぇよ。安心しろ。期待に応えて作ってやるよ。それに今回はお前の門出を祝して――」
一拍ためて、口の端を上げた。
「――漁師飯・極み。だ」
「おいおいおい、まじか。今日食えるのかよ!」
「ガハハ非番だった奴らに自慢してやろうぜ」
「くぅ~最高の日だな今日は!!」
ジェフの言葉の後に、次々と船内から喜びの声が上がった。
俺といえば何が何やら分からず、周りの浮かれように戸惑っていた。ただ、名前から察するに以前食べたものの上位互換。そんなものが存在していいのだろうか。喰ってみな、飛ぶんだろうな。
「そ、それはいったい‥‥‥どんなものなのですか?」
“ゴクリ”
思わず生唾を呑み込む。
そんな俺に対し、ジェフはこちらをじっと見ている。
俺もジェフをじっと見る。ジェフは口角を上げる。
俺は口を結ぶ。ジェフは頬の皴を深める。
そして溜めに溜めた口を開いた。
「‥‥‥楽しみに待ってろ。フハハハハハ。お前ら今日は魔物を獲りに行くぞ」
「と、頭目ぅ、そりゃないっすよぉ」
俺が項垂れていると、再び周りの船員たちが熱狂した。
な、何事だ‥‥‥? 船が揺れるほどはしゃいでいるぞ。
「おい! 小僧! 何でもいい、魔物だ、魔物を釣れ!」
「もう普通の魚は釣るな! 少し遠回りをするが、海生魔物のいる海域に行くぞ!」
「野郎ども! 舵を切れ! 全速全身!!」
「ちょ、ちょっと待ってください! 俺、魔物なんて釣れないですよ!」
小さな魚だったら俺の魔力糸で釣れるけど、魔物は無理だ。それに釣り上げたとしても俺には無理だ。
二年前の魔物との戦闘の記憶が蘇る。魔物は生物としての格が違う。もし仮に釣り上げたとしても、船の上で暴れられたりしたらこの船ごと全員お陀仏だ。それはご免被る。
「大丈夫だ、ちょっとでかい魚みたいなもんだ」
あ、目が泳いでる。怪しい。
「ちょっとって、どれくらいですか‥‥‥?」
「んあ? ちょっとはちょっとだよ。物置小屋ぐらいだな」
「絶対無理です! 俺の魔力強度が足りません! それになんで魔物なんですか!? 漁師飯と何が関係してるんですか!?」
騒ぎ立てる俺のことなんか誰も相手にせず、皆はせっせこせっせこ準備に奔走している。どうやら本当にこのまま魔物の棲む海域に進んでいくらしい。何故そんなに魔物を欲しがるのだろうか。
「大丈夫だ。俺たちも加勢してやるから」
「そうそう、それに関係ならあるぞ。“漁師飯・極み”はな魔物で調理するとな、その真価を発揮するんだよ」
真価を発揮するってことは?
「つまり――」
「そうだ。‥‥‥さらに、美味くなる」
“ドンガララガッシャーーーーーン”
体中を衝撃が走った。自分でも驚いている。転生以前はこんなこと無かったのに。今、俺の身体はワナワナと震えている。“美味しい”という概念に身体が反応、いや支配されているようだ。
「あの頭目の漁師飯のさらに上の、さらに、上?」
頭の中に宇宙が広がり、口を開け、目はどこか遠くを見ているようだ。一体どんな味になるのだろう。涎が口からこぼれ、床に一滴、ポチャンと弾けた。
「お‥‥‥」
「「「お?」」」
「おもかじいっぱあああああい!! いざ行かん! 極上の漁師飯・極み!!」
「「「「「「おおおおおおおおおおお」」」」」」」
俺も釣った後や、釣れるかどうかなんて考えずに、ただただ航海を手伝った。メシが待ってる。メシが待ってる。メシが待ってる。
血眼になって海中に潜む魔物を探し始める俺だった。
「うちの船はどうして、こんなんばっかりが集まるんだ」
ジェフのため息なんぞは誰も聞いていなかった。
「おい、そろそろいるはずだぞ、警戒を怠るなよ!」
「あんま船の縁から身を乗り出すなよ! 衝撃で振り落とされるぞ」
船はしばらくして、例の海域に入ったようだ。
俺はといえば、冷静になっていた。なんであんなに熱狂していたんだろう。なんかその場のノリって怖いな。今思えば絶対釣りあげられないんだよな。この船にもそういう器具はついてなさそうだしな。
皆は釣り上げられると確信しているようだが、一体どうやって‥‥‥
「いたぞ!! 頭目!! 魔力反応あります! ちょうど船の真下から近づいてます!」
「まじかよ! 船の出力上げろ!! 回避しろ!! 回避!!!」
船内に緊張が駆け抜ける。急旋回に皆が腰を低くして、何かに捕まる。船の床が斜めになるほどの勢いで回ったすぐのちに、海面がせり上がり、水飛沫が顔にかかる。
顔を腕で覆って、その隙間から姿を確認する。あ、あれは‥‥‥!!
「マグロおおおおおおおお!!!!」
引き締まった銀の腹にシャープなボディライン。しかしその内側には綺麗な赤みがパンパンに詰まっていることだろう。宝石の如き赤。それに塩気のある醤油を垂らしていく。多すぎてもいけない。素材の味があるから。
口内にの唾液腺が猛烈に刺激される。
アイツを喰いたい!!
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読んでいただきありがとうござくぃます。
今夜はマグロ丼でいいんじゃなぁ~い。と思ったあなたは★★★、フォロー、レビュー、感想、いいねをよろしくお願いします。
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