あたたかい~ククルカ島②Ⅶ~

「それじゃあ、ゆっくりとね。そーっと。そーっとね」


 俺は手本を見せるように、フォルの頭を撫でてやり、反対の手でソーニャの手を取ると、重ねて俺が動かすように撫でさせた。


「うわぁ‥‥‥」


 海竜の肌に初めて触れたであろうソーニャはその触り心地に感嘆した。


「なんていうか、すごいね」

「だろう? 僕たちとは違ってこの硬い鱗があるから、並大抵の攻撃は効かないし、魔法にだって抵抗力がある。なのにそれを感じさせない程しなやかに体を動かすことが出来るんだ」


 そうなんです。そうなんです。この海竜とか言う不思議生物は知れば知るほど無駄がないというか、生態系の頂点に立ちうる要素の塊というか、実はこれで存在進化して上位の海龍になったのならば、どうなっちゃうんだって話なんですよね。


「それもそうだけど、違うよ。ランディがすごいなって」

「俺?」


 ほえ? なんでぇ?


「うん、だってこの子。凄く安心してるもん」


 ソーニャはまるで自分のことのように誇らしげに微笑んでいる。

 そんな真っすぐに褒められるとなんだか照れるな。


「まぁ、一年ぐらいだけどずっと一緒にいるからなぁ」

「でもそれよりも長く一緒にいる調教師の皆はそれぞれの海龍にこんな顔させられないよ」


 俺がフォルに害を及ぼさないのを分かっているからな。それは物理的なことだけじゃなくて、精神的なことも含めて。

 そう、おれは新たな仮説を立てている。“眠り笛”についてだ。あれを吹くと精神的に害されたと感じてしまうのではないだろうか。なんせ、強制的に体を硬直させ、落ち着かせるなんて、まるで劇薬だ。そんなものを常習的にしてくる人間なんて、たとえご飯や寝床の掃除をしてくれるとしても、心を開いてはくれないだろう。


「それはきっとランディが凄いからなんだよ」


 たぶん、そうではないが、それを簡単に否定するのは憚られる。ソーニャの笑顔を曇らせたくないし、この仮説を公開して、異端者扱いされたくない。


「そうかな‥‥‥」

「そうだよ‥‥‥」


 簡単に肯定してくれるね。感謝している。嬉しいもんだな、こうやって褒められるのって。


「「‥‥‥」」


 お互い少し気まずくなって、無言が続く。しかし、二人のフォルを撫でる手は止まらない。止められない。変な緊張感を、何かアクションを起こすことで無様に崩れるかもしれないとおもうとなかなか行動を起こせない。


 仕方ない、ここは俺からアクションを起こしますか。


「‥‥‥私も頑張るね、あなた」

「え? あ、うん。よきに図らえ」


 ヘタレでした。先をこされちゃったよ。ってそういえばままごとしてたんですね俺たち。







 ソーニャと遊び終えた俺は、家に帰って来た。いつの間にか太陽は真上を通り過ぎて、沈みかけていた。心地の良い疲労感がドッと俺を眠たくさせる。


 まるでゆっくりと時間が流れているようだ。椅子に腰を掛け、窓の外を眺めていると、背後に人の気配を感じた。振り返ると母さんが俺の方を見つめていた。



「ランディ、何か食べたいものはある?」

「食べたいものかー、そうだなぁ‥‥‥」


 今日はどことなく皆チルいね。なんか感化されそうだ。


「‥‥‥母さんの、いつもの夕飯が食べたい」

「‥‥‥! そう‥‥‥分かったわ。腕によりをかけて作っちゃうわ」

「いつものでいいのに」


 一瞬母さんが泣きそうな顔をしたけど、すぐに嬉しそうな顔をして、フンすと鼻息を荒くして、腕まくりをした。


 正直、ちょっとギザなことを言った自覚はあります。でも、こういうところでしか、母さんに親孝行できる気がしないんだよな。完璧超人でなんでもこなす人だし。


「ただいまー! ‥‥‥ってなんだ? どうかしたか?」


 透き通るほどに静かだった部屋の中を、突如鳴り響く父さんの声。

 空気が読めないというか‥‥‥今回はいい方向に転んだからいい物を。でもそこが父さんの良い所だ。


「母さんが今日の夕飯は腕によりをかけてくれるんだって」

「ほーう、そりゃ楽しみだ。ニイナの料理はいつも美味いのに、これ以上があっただなんてな」


 それについては全くの同意だ。


 父さんの言葉に機嫌を良くした母さんはルンルンで台所に向かっていった。

 父さんナイスアシストですよ、これは。





「じゃあ、いただきます」

「「いただきます」」


 待ちに待った夕飯だ。作ってる途中から暴力的に味覚に来る匂いをさせてた母さんの料理を父さんと一緒に待っていたけど、二人して涎をこぼさないようにするのに必死でした。


「今日はまた一段と美味いな。な! ランディ!」

「本当にすごいや、いつもの夕飯と同じメニューなはずなのにどうやったの?」

「ふふふ、隠し味を入れたのよ」


 母さんは嬉しそうに答えた。


「隠し味? 何を入れたんだ?」

「それを言ったら隠し味にならないじゃない。小さいころに私のお母さんから教わったのよ」


 父さんは分かってないみたいだが、前世の日本ではよく言われる言葉だ。あかん、泣きそうになってくる。最近は涙腺がゆるくなっていけませんな。


 そうして、蠟燭の灯は三人を照らし、家族団欒のひと時は緩やかに過ぎていく。


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