お嬢様の名前はアイシャ~ハバールダ辺境伯Ⅱ~



「大丈夫だよ~。この子は大人しいから。ほら、なでなでしても暴れないでしょ?」


 撫でられたフォルは気持ち良さそうに目を細め、首を伸ばしてリラックスしている。


「わ、私が撫でてあげても良いけど!」


「それは止めといたほうがいい。俺には懐いてるけど、他の人がどうかは分からないし、襲われても責任取れないよ」


「私が撫でてあげるって言ってるのに! ずるいじゃない! あなただけ触れるなんて!」


 そんなこと言われてもなぁ。それにこの態度明らかにいいとこのお嬢様だろ。そんな子に万が一怪我でも負わせてみろ。俺とフォルの首が飛ぶわ。絶対触らせないようにしよう。


「そんなこと言われてもですね。触りたいなら素直にそう言えばいいじゃないですか」


「うっ‥‥‥。さ、触ってもいい?」


「ダメです」


 手で大きくバッテンを作る。ついでに煽るように顔を歪める。フフフ、この手の子をおちょくると可愛い反応が見れるはずなのだ。


「何でよ! ちゃんとお願いしたじゃない!」


 お嬢様は地団駄を踏み、ツインテを逆立てている。ほら可愛い反応が見れた。


 俺が反応に満足しているのとは反対に、お嬢様はむくれ顔をして不満アピールをこれでもかと見せている。


「まぁまぁ、まずは自己紹介でもしましょうよ。俺はランディ、こっちはフォル。遭難して互いに助け合って仲良くなった。君は?」


 さてさて、どこの誰でしょう。鬼が出るか蛇が出るか。


「私は、ハバールダ辺境伯の娘! アイシャ! ‥‥‥の友達の知り合いよ。普通の町人よ、本当だからね、嘘じゃないわ。なんてたって――」


 後半尻すぼみでゴニョゴニョと誤魔化そうとしている。


 そう来たかー。考えうる限り一番上だな。もしかしてこれは異世界名物“こっそり街に抜け出しお転婆お嬢様”なのか。


「聞いてるの!?」


「えぇ聞いてますとも。聞いてますとも。だけれども触らせるわけにはいかんのです」


「どうしても?」


 上目遣いを‥‥‥会得している!? ぐぬぬ、やりよるなこ奴。


「そうだなぁ、じゃあ知ってるかどうか分からないけど、簡単な貴族のマナーを教えてよ。公の場に必要なやつじゃなくて、最低限のマナーを。‥‥‥まぁ、でも知らないよなぁ~。教えてくれたら、考えるんだけどなぁ」


「ホント! 知ってるわ! たまたまね! たまたま知ってるわ!」


 もうほとんど隠す気ないでしょ。


 思わず苦笑いが零れるが、見ていて気持ちのいい素直な子だ。恐らく領主様も善人なのであろう。……少し、肩の荷が下りた気がした。


「よし、じゃあ教えてくれ。あ、でも危ないのには変わりないから、入り口で話そう。‥‥‥はいはい、フォルはいい子で待っててね。すぐそこで話すだけだから」


 俺が遠くに行ってしまうと思ったのか、フォルは離すまいと俺の服を齧る勢いで引っ張るが、なんとか、どーどーと落ち着かせて、好奇心の塊のような眼をして待っているアイシャに近づく。


「それで、何から教えようかしら!」


 何がそんなに楽しいのだろうか。アイシャは鼻息を荒くして待ちきれないとばかりに、腕を組んでいる。


「じゃあ、まずは挨拶の仕方を教えてくれ」


「わかったわ! まずはお辞儀ね。見ていてねこうするのよ――」


「アイシャお嬢様! ようやく見つけたましたぞ!」


 アイシャが丁寧に頭を下げるとほぼ同時に男性の声が響き渡った。


「げっ、見つかった」


 アイシャがその男性を見て、顔を顰めた。


「お嬢様! 何度言ったら分かるのですか。ご自身の立場を考えてください。お嬢様が脱走される度に、私等は領主様にこっぴどく怒られるのですよ? お願いしますお嬢様、次見失ったら解雇と言われてる私の身にもなってください」


「‥‥‥分かったわ」


 アイシャは顔を伏せて、気まずそうにしている。


「頼みますよ? さて、お嬢様の悪戯に付き合って頂いたようで申し訳ないな少年。私はハバールダ領主直轄軍近衛兵の者だ」


「あ、いえいえ」


「すまないが、このことは内密に頼む。お嬢様の動向を知られると厄介な立場にあるのでな――って、海竜!? そうか、君が例の少年か」


「例の少年?」


「あぁ、噂になっているぞ。海竜を手なずけた少年が、漁業組合の頭目の船小屋で暮らしていると」


 船小屋で暮らしている訳ではないですけどね。噂になるほど長居していたか?


「ちゃんと家は用意されてますよ?」


「気になるとこがそこなのか。肝が据わっているというか、なんというか。まぁなんだ、お嬢様がすまないな。さ、お嬢様帰りますよ」


「待って! 社交場のマナーを教えたら、あの子を触らせてもらえる約束なのよ! 少しだけ待ってくれないかしら!」


「本当か少年?」


「いいえ、まったく記憶にございません!」


「何を言ってるの! 約束したじゃない! 触らせてくれるって!」


 鎧を身にまとった男性の疑問に答えた俺はアイシャに詰め寄られた。


 でもしてないものはしてないもん。


「『考える』とは言いましたけど、触ってもいいなど一言も口にしておりません」


 近衛の男性に向かって敬礼!


「ふむ、であるなら良い。なかなかに食えない少年だな。しかし、今回ばかりは好転したようだ。では少年、また会おう。さ、お嬢様行きますよ。私が領主様に怒られる前に」


 なんというか俗っぽい近衛だな。俺は好きだけど、大丈夫かな? ま、多分公私混同しないタイプなんだろうな。ん? ならあの態度はプライベート? それはそれでいいのか?


 頭に浮かんだクエスチョンマークは、どうでもいいかと横にほっぽり投げ、俺はこれから来る面倒事に頭を悩ませた。


 また会おう、ねぇ。



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 読んでいただきありがとうございます。


 悪役令嬢の若いころは実は純真なお嬢様だったっていうのが、後方父親面でニヤニヤするのが好きな皆様、★★★、レビュー、感想、いいね、フォローをよろしくお願いします。

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