治療~無人島Ⅴ~

 必死に逃げた俺たちは、河口まで下っていた。


「大丈夫だったか?」


 フォルに砂浜に降ろしてもらい、傷口を見た。鱗は割られて、中の肉体がひどく裂傷しているのが分かる。


「くそ、どうやったら止血できるんだ」


 薬効のある葉っぱを知っていれば、それを貼るだけでも何かが変わるかもしれない。


 しかし、下手に治療して悪化させてはいけない。自分に出来ることの少なさに歯を嚙み締めた。


 俺は、服を脱いで川の水でごしごしと手早く洗い、フォルの胴体に強く押し付けた。


「ぴぃぃぃ」

「ごめん、今だけ我慢してくれ」


 痛みに呻くフォルに謝りながら、俺は服に体重をかけ続けた。多少暴れられてもなお、服を抑え、次第に慣れたのかフォルも藻掻くのを止めてくれた。


 しばしそうしたのちに、ようやく服から滴っていた血が少なくなった。一安心だ。


 さて、ここからが俺に出来るかもしれないという、可能性の実験だ。


 まずは治癒魔法を試す。人、というよりも生物の細胞やら情報なら前世で学んだ。その知識さえあれば、無いよりはマシ程度のことが出来るかもしれない。


 問題は魔力切れで、俺も倒れて看病できる人がいなくなること。なので無理そうなら即取り止めだ。


 俺はポケットに入れっぱなしの釣り針を取り出し、魔力で出来た糸を通した。


 鍛えていて本当に良かった。魔力制御が無ければ何もできずに終わっていた。


「頼む、じっとしていてくれよ」


 意を決して、針を刺す。



 途端に暴れるフォル。


「大丈夫だ! 落ち着いてくれ!」


 絶対に放さない。この治療の手だけは、何が何でも。


 大きく体を揺らすフォルに合わせて、俺も大きく動く、しかし手元だけは絶対にブラせない。


「大丈夫! 大丈夫! 痛くなッ――」


 フォルの大きく振るわれた尻尾が俺の蟀谷を弾く。


 俺は体を大きく仰け反らせ、耳と目にたらりと血が流れ落ちた。


「――大丈夫だ。……絶対に俺が何とかする」


 身体をもっとフォルに密着させ、針を通す。


 俺の魔力強度は高くない。だから糸が千切れないように、間隔を狭めて何回も縫うしかない。


 必死にしがみ付き、何回も、何回も、何回も。



 そして最後に魔力の糸を硬め、固定する。


 仕上げに、なんとなくでいい、自然治癒の過程を想像しろ。イメージは信じれば意志となる。魔力の在り方を信じろ。


 完全な結果を求めるな。知識が足りない分結果だけを求めて重大な後遺症が残ったら意味がない。


 しかし、現実は残酷だ。


 足りない。魔力が。


 分かってしまう。何日も何年もこの経験をしてきた。


 だが、今は毎夜のように悲観している暇はない。不発に終わるくらいなら、出来ることを全力で。


 魔力を消毒液、またはポーションのようにイメージ。傷口に触れさせる。魔法として発動すれば不発に終わることは確定している。


 ならば、頼む世界よ。俺の想いを受け取ってくれ。




 気のせいだったかもしれない。疲れのせいだったかもしれない。わずかに魔力を吸われたような気がして、足に力が入らなくなり、その場にしりもちをついた。



 ようやく立ち上がれるようになった。


 上手くいったか分からない。どちらにせよ、まだやれることはあるはずだ。俺は足を動かすことにした。


「とりあえず、横になって待っててくれ、飯を取ってくる」


 俺は未だ荒々しく息をするフォルを木の影に移動させ、焚き木を作ってやると、ようやくフォルは警戒を解いて横になった。



 河口付近では、フォルの血の匂いを警戒してか、なかなか魚を見つけることが出来なかったので、移動して海へと向かい、岩場のある所まで来た。


「もともと海の魔物なんだ。こっちの方が腹にあうだろう」


 ここの魚たちは人に慣れていないようで、幸いなことにそう時間を掛けずに、両手で抱えるほどの魚が獲れた。


 もしかしたら好き嫌いや毒の有無があるかもしれないので、様々な種類を釣り上げておいた。


「これくらいあれば、なんとか」


 木の枝に並べるように突き刺して、フォルのもとに戻る。




「戻ったぞ、体調はどうだ?」


 フォルは視線だけこちらに向け、鼻をひくひくさせた。飯の匂いは分かるのだろうか。


「ほら、たくさん獲ってきた。どれでもいい好きなだけ食べてくれ」


 木の枝から一匹ずつ取り外し、手で口元まで近づけると、大きな口を開いたので放り込んでやると、ムシャムシャと食べ始めた。


 近づけても食べないものもあった。明らかに危険色の模様をもった魚だ。これは恐らく毒もちなのだろう。念のためにとっておこう。護身用として使えるかもしれない。


 一通り食べ終わると、フォルは目を閉じて寝始めた。


「大丈夫だよな。そのまま起きないなんてやめてくれよ」


 泣きそうになるのを我慢して、フォルを見る。辛そうな表情をしている。


 俺は笛を取り出し、吹き始めた。


 ピィー―――、イィィィ……ィィ……


 木々の騒めき、波の音、風の揺らぎ、日差しの眩しさ。“もしかしたら”という不安が、今フォルと一緒にいる時間を大事にしようと思わせた。




 いつの間にか、フォルの呼吸は穏やかになっていた。ひとまず呼吸をしていることに安心した俺は、自分の分の食料と、次のフォルの飯を獲りに行くことに決めた。



「フォルが回復するまで、そんなに遠くへは行けない。かといって皆のところへは早く帰らないと、俺の命も危ない。どうしたものか……」


 いつまでも魚生活で生きられるとは思ってないし、そもそも野生の動物や魔物が存在している時点で、とっととこんな島とはおさらばしたい。


 情報を集めるために、少しだけ歩いてみるか。


 俺は浜辺を歩き続けた。小一時間ほど歩いたかもしれない。最初に流れ着いたところから左回りにちょうど九十度程来たところでそれは目視できた。


 海の彼方、水平線にうっすらと見える大陸。


「ある……。別の陸地、それもかなりデカい」


 潰えかけていた希望の灯が仄かに揺らぎを強めた。


 水平線の見える距離はだいたい五キロメートルと言うのを前世で聞いた気がする。


 この身体では五キロも泳げないかもしれないが、海竜であるフォルなら簡単に泳ぐことが出来るかもしれない。


 まずは、フォルの怪我を治してもらうために十分な休養をとってもらおう。


 俺はフォルの元に帰ることにした。帰り路は自ずと足が軽くなった。



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