十六話


ヴィルヘルムによれば、『メテムスとサーラ』という神話は地域信仰であり、このミグラスの地域以外で耳にすることはほぼないという。


よどみなく語る男に対して、さすがは賢者、こういったことにも造詣ぞうけいが深いのかと、ヴィオラは改めて感心した。


「ちなみに舞姫たちが持っていた星は、青い方が『サーラの星』、黄色い方が『メテムスの星』というんだよ」


女は、なるほど、と手を打った。舞姫たちが最後に手を合わせたのは、二つの星が重なることでメテムスとサーラが永遠に結ばれたことを表すためだったのだ。


「素敵なお話ですわ」


嘆息たんそくと共につぶやかれた彼女の感想に、ヴィルヘルムは眉根を寄せて唸る。


「確かに耽美的たんびてきでお洒落な話ではあるけど、僕としては永遠に同じパートナーと生きていくなんて怖くないかな、ってもやもやしちゃうんだよね。片方が嫌になったら地獄じゃない?」


聞いていてヴィオラは渋面した。この賢者は、なんてめたものの見方をするのだろう。


「ヴィルヘルム様はずっと独り身でいらっしゃればいいわ」


「なんでさ!」


憤慨ふんがいする男にじっとり生温なまぬるい視線を投げ掛けて、淑女はわらった。


「というか貴方、千年生き長らえてパートナーにもう一度お会いになるんじゃなかったかしら? 大丈夫ですの? 気味悪がられませんこと?」


これにはさしものヴィルヘルムでも、ぐうの音もでなかった。口を尖らせてヴィオラを見つめることしかできない。


確かに、千年後また会おうと約束はしたものの、実際その時を迎えた際にアリスがどんな反応をするか考えると、今自分が言ったことがもしかすると現実に起こりそうで恐ろしくなってきたからである。


普段は劣勢にまわってばかりいるので、この状況に気をよくした彼女はさらに畳み掛ける。


「いっそサーラのように小鳥さんにでも生まれ変われば、まだましかもしれませんわね。可愛げがある分」


ヴィオラの憎まれ口に何か言い返そうと口を開きかけたヴィルヘルムだったが、その頭脳に不意にひらめくものがあり、彼女を見つめたまま黙り込んだ。


さすがに言い過ぎたかと焦った女は慌てて謝罪するが、それを制すると、賢者は何事か呟きはじめた。


「――永遠の命、魂、生まれ変わり、転生」


「転生」という言葉を口にしたところで、ヴィルヘルムは、はっとした顔でヴィオラの手を握る。


何が起こっているのかわからないといった様子で、戸惑いをあらわに自分を見上げる彼女に男は目を輝かせて言った。

「『転生』――この手があったか!」

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