八仙楼の約束

 佐々木さんは大学に進学する際に故郷を離れてからもう10年以上になる。仕事が忙しくこれまでまとまった休みを取れなかったのだが、転職したおかげで久ぶりに年末年始を実家で過ごせることになった。


 元旦の夜、テレビを見ながら友人たちとLINEやメールで年始の挨拶をしていたら家の電話がなった。

 出ると「カワタユウジですけど」と男の子の声が聞こえてきた。


 おそらく小中学生だと思われるほどに高い声の主には覚えがなかった。間違い電話だろう。教えてあげようとしたが、


「今年の同窓会は、駅ビルの8階にある八仙閣でします。会費は1人3600円で……」


 一方的に同窓会のお知らせをされ、切れてしまった。今の電話は何だったのか。


 すると横でテレビを見ていた家族が


「カワタくんでしょ? 中学の」


 と言う。そういえば、そんな名前のクラスメイトがいたような気もするが、思い出せない。特に親しくしていたというわけでもないのになんと彼はこれまでにも元日に同窓会の電話をくれていたのだという。家族の話ではもう5年以上も続いているのだそうだ。

 しかし、どうしてもカワタ君が思い出せない。同窓会の幹事をするような人物だからクラスの中心人物だったのだろうが、佐々木さんの記憶にはない。

 ちょうどその時、中学の時に同じクラスだった友人とLINEしていたので「カワタっていう人覚えてる?」と聞いてみることにした。


 するとすぐに友人は「こいつだよー。酷い腋臭だったからワキって呼ばれてたの覚えてない?www」というメッセージとともに卒業アルバムの写真を送ってくれた。


 写真の下の『川田優二』という名前を見て、佐々木さんは、あぁ、この人だったのかと何となく思い出した。ただ、3年生の時に同じクラスだったというだけで、話したことはない。それに、彼は確か比較的おとなしいグループに属していたはずだ。何故同窓会の幹事などしているのだろうかとますます不思議に思った。普通こういうのは学級委員長か、所謂スクールカースト上位のメンバーの誰かが引き受けるというのが定石ではないのだろうか。


 それよりも、卒業間近にはほぼ学級崩壊状態だったあのクラスが同窓会をしていたなんて。佐々木さんは驚いた。

 クラスの担任は早々に匙を投げていて、卒業式の日でさえホームルームは5分足らずで切り上げられてしまうほどだった。

 そんなクラスが同窓会をしている。友人も出席するのかと尋ねてみた。


「同窓会? 私ずっとここに住んでるけどそんなの1回もないよ。川田だって、あの人ほら」


 ――行方不明になったままだよ。


 それを聞いて佐々木さんは思い出した。大学生の頃、彼が行方不明になったのだと聞いた。大々的にニュースになったわけではなく、彼のお兄さんという人がFacebookに「弟が帰って来ません。情報求む」と写真付きで投稿していたのが回ってきたのだ。中学時代の友人たちもしばらくその話題で盛り上がっていたのを覚えている。


 ただ、佐々木さんは川田君がもう生きていないのだろうと何となく感じていた。大学に入ったばかりの頃、初めての一人暮らしに慣れず、妙な夢ばかり見ていた時期がある。その時に、誰かの葬儀に参列する夢を見た。受付で香典を渡し、『川田優次』と名前を書いた。隣に立っていた見知らぬ女性が「ユウジのジは漢数字の二よ」と教えてくれたので、次という字の上に二重線を書いて、横に”二”と正しい漢字を書いた。そこで目が覚めた。

 たったそれだけの思い出しかない。同じ委員だったわけでも、同じ部活だったわけでもない。隣の席に座ったことはあったかもしれないが、会話をしたという記憶はない。友人が言うように”ワキ”と呼ばれていたことも知らなかったし、もちろん自分がそう呼んでいたというわけでもない。アルバムの名前を見て思い出したのは例の夢が理由だ。それなのに、何故。


「その八仙楼って店なんですけど、私が高校生の頃にはもう潰れてるんですよ。駅ビルなのにまだ空き店舗になってるって噂です。……そこに行ってたら川田君に会えたんですかね」

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