無能聖女の旅立ち~無能聖女と言われて勇者パーティーから追放されたので、世直しの建前で諸国漫遊の旅に出ます~

ケロ王

勇者と聖女と魔王

第1話 無能聖女は追放される

「フローレス・ローズ。お前との婚約を破棄して勇者パーティーから追放する!」


 ドヤ顔で私を見下ろして指差しながら追放を宣言した男――プラティア王国第一王子にして勇者であるロベルト・ディ・プラティアである。快進撃を続ける勇者パーティーのリーダーでもある彼は、いつも私を追放したがっていた。


 何故なら私は聖女ならば必ず使えるはずの回復魔法がランク1まで――見習い神官クラスまでしか使えないからだ。もちろん、レベルが低いうちはレベルさえ上がればと言われていたが、いくらレベルを上げても上位の回復魔法を使えるようにならない私の扱いは次第に酷いものとなっていった。


「役に立たないって思うなら、さっさと追放すればいいのに……」


 しかし、私がパーティーから抜けることは許されなかった。何故なら、魔王と戦うには聖女が必須だからであり、私が王国における唯一の聖女だからである。しかも、私を縛り付けるために勇者であるロベルトの婚約者にするというおまけ付きだ。


「向こうから追放もできないし、こっちから逃げることもできないなんて最悪……」


 この状況で追放などしようものなら、勇者である第一王子ですら処刑される可能性が高い。勇者候補となる王子は4人もいるのだから。

 一方で、私が逃げ出した場合は指名手配された挙句にお父様であるローズ公爵が処刑されることになるだろう。そうなれば私は無事だったとしても、王国が無事では済まない。


「追放できないからって嫌がらせするようなヤツが勇者なんて世も末だわ」


 私を追放できないからと、様々な嫌がらせをして私が逃げ出すように仕向けてきていた。


「この魔物の解体をしとけ。きれいにバラすんだぞ」


 魔物の解体はいつの間にか私だけの仕事になった。


「俺たちの荷物をちゃんと預かっておけよ。壊したり無くしたりしたらタダじゃ置かないからな」


 パーティーの荷物は私が全て預かることになった。特にお金は預けた以上の金額を要求されることも多く、私のポケットマネーから出すことも多かった。


「俺たちの装備を明日までに整備しとけよ」


 血で汚れて刃こぼれした武器や傷ついた防具の整備も私の仕事となった。しかも、扱いは雑なくせに整備に不備があるとグチグチと文句を言ってくる有様だった。


 それ以外にも消耗品の買い出し宿の確保なども私がやることになっていた。特に消耗品はパーティーの共有財産から購入することになっているのだが、共有財産としている以上に消耗品の消費が大きく、こちらも私のポケットマネーから補填していた。


「何で共有財産が1ゴールドもないんだ?!」


 毎度足りなくて補填しているので、共有財産は常に0だ。しかし、それを見たロベルトは私がネコババしていると言いたげに詰め寄ってくる。もちろん帳簿も付けているし、領収書もきっちり貰っているので濡れ衣なのだが、今度は帳簿や領収書まで疑ってくる始末である。


「その地味な顔を朝っぱらから見せるんじゃねえ」


 ついには顔にまでいちゃもんをつけてくるようになった。もはや、婚約者とすら思われていない。それでも、追い出そうとした証拠が残らないように直接的な危害が加えられることがなかったのは不幸中の幸いと言える。


「しかし、俺たちの力で先に進めているけど、このままだと回復が必要になる場面も出てくるんじゃね?」

「だよな。無能聖女の回復じゃ気休めにもならねえぜ」

「全くよ。そもそも勇者であるアンタが原因なんでしょ? 何とかしなさいよ!」


 回復と言う支えがない不安から、ここ最近の戦略会議はギスギスしていた。そんな中、部屋の扉がノックされる。王宮からの伝令だったので、中に入れて話を聞くことにした。


「報告いたします。王国に二人目の聖女が誕生いたしました」


 その報告を聞いたパーティーの面々から刺々しさが消える。そして、ロベルトが急かすように伝令に尋ねる


「それで、二人目の聖女とは?」

「はっ、フローレス様の妹君にあらせられるリリアナ・ローズ嬢でございます」

「ほう」


 ロベルトは喜色満面となって唸った。それもそのはず、妹のリリアナは私と違って華があった。私は少しだけ大人っぽい感じの顔に茶色がかった髪をただ下ろしているだけで特に化粧もしていない。しかし、リリアナは少し幼くてあどけない雰囲気の顔にきれいな金髪を縦ロールにしていて、化粧も常にバッチリと決めていた。


 もっとも、私が化粧もしない地味な顔をしているのはロベルトの婚約者であるのが大きかった。最初の頃は彼に気に入られようと化粧もばっちり決めていたが「婚約者の身でありながら、男を誘うような化粧をするとは何事だ!」とキレられたので、それ以来、私は化粧をしないようになったのである。


 その話は置いておいて、報告を聞いた彼の表情からは、私を追放して彼女を迎え入れるのは決定事項となっていることがありありとうかがえた。


「それで彼女の能力はどの程度か?」

「はっ、成人の儀で天職が聖女と判明してから詳細を確認したところ、すでにランク5の回復魔法まで扱えるようです」

「そうか……ご苦労であった」


 そう言って伝令を労うと、私たちの方に向き直った。その直後に出たセリフが冒頭のものである。一見すると衝撃的な発言ではあるが、それに驚いたのは伝令としてやってきた男だけであった。


 なぜなら、その場にいるパーティーメンバー全員が笑顔になったからである。しかし、その笑顔も一瞬のことだった――私以外は。


「かしこまりました。それでは失礼します!」


 私がそう言い残して脱兎のごとく宿を出ていったのは彼の発言から10秒と経たない間の出来事だった。他のメンバーは私が出ていくのを茫然と見ていただけだった。


「どうせ、私が泣いて縋り付くだろうと思ったんでしょうね」


 そんな私をさらに惨めにするようなことを言って悦に浸るつもりだったのだろう。だが、そんな茶番に付き合う理由はない。


「やった、やったわ!」


 そんな彼らを置き去りにして、私はひたすらに走った。この時、私は初めて前世からの聖女という枷と前々世からの社畜という奴隷のような立場から解放された。


 立ち止まることなく走り続け、私は門から街の外へと出る。


「ここまで来れば大丈夫でしょう」


 息を少し切らしながら、成し遂げた喜びに浸っていた私の背後から人の気配がした。


 振り返るとそこには……。


 黒い制服に身を包んだ二人の男が立っていた。

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