第十九話
「さて、全ての名前が記されました」
ロナウドがそう言うと椅子から立ち上がり、部屋の床に細かな砂の様な粉を撒きながら、テーブル全てを囲む結界を張っていく。
「祝詞を唱えた後に契約術が始まります。途中わざと結界から出た場合、契約術が始まった後に話した内容は全て記憶から削除されます。全ての個人的事情及び取引に関する秘密は契約術終了の祝詞の後に結ばれます。宜しいでしょうか?」
太郎とハンナが肯く。
それでは とロナウドが祝詞を唱え始めた。
「イェ・ル・ケルデュス。楔の契約を書に記されし者に刻め。時と罰の水面に漂う、数多の天鈴の響きと共に ル・ティラ」
部屋に撒かれた砂が光りだした。
「契約術が始まりました。最後の祝詞を私が唱える迄誰も結界から出ないようにお願いします」
3人が肯く。
「さて、先ずは俺のスキルの事を話す前に俺自身の事を話しておこうか。まぁ、俺自身の事はハンナと辣腕の3人には話してある」
「ほう」ギルマスが興味深い目を太郎に向けた。
「勿論あの3人にはまだスキルの事までは話してはいないがね…」
ギルマスの表情が少しニヤけている。"横の女は別か"と言わんばかりなのを太郎は無視する。
「さて、俺の事を話すか……」
太郎が別の世界から転移した"迷い人"であるらしい事。その後、魔法を覚える際に再び女神と話す機会があった事。
ロナウドは啞然とした表情をして固まっていた。ギルマスはと言うと、何かを考えているようだ。
「成る程……迷い人なら特殊なスキルを持っていても不思議では無いか…」
「まぁ、その特殊なスキルで、俺が生きていた別の世界の物を、こっちの世界の品物を対価に引っ張って来れるってわけだ」
「……対価と言ったが……塩を例にすると、どの程度の交換率なのだ?」
「塩に関して言えば一対二百位だな。塩1キロが元の世界だと銅貨1枚程だ」
「………お前……」
「言いたいことはわかるが、極端に安くすると色々まずい事になるよな?」
「た、確かにそうですね」と、ロナウドが肯く。
「まぁ、引っ張れる商品は塩に限らないんだがな…例えば」
太郎は鞄から砂糖を入れた紙袋を取り出しテーブルの上に口を開けて置く。
「ん?何だこれは…塩に似ているが…」
「少し舐めてみな」
ロナウドとギルマスが指先で砂糖を少し摘みそれを舐める。
「こ、これはまさか砂糖……」
「砂糖だな……数十年ぶりに舐めた…しかし、白い砂糖か……」ギルマスも流石に砂糖には驚いたようだ。
ロナウドが太郎に砂糖の値段を尋ねてきた。
「この世界の価値がわからないが、俺が仕入れる時は1キロの平均が銅貨四枚以下だな…」
「……あり得ん……太郎様。現在の砂糖の相場だと1キロ金貨5枚はします…が、この雑味のない甘さの砂糖だと……値段の予想がつきません…」
「まぁ、何となくそんな気はしてたよ」
ギルマスが腕を組んで言う。"流石にこれはギルドでは買い取れんぞ"と。
「俺も今聞いてそう思いましたよ。まぁ砂糖は砂糖として売らなけりゃ良い話だから、色々やりようはある」
「ほう、例えば?」
「俺はある程度金を貯めたら、店を出したいと思ってるんですよ」
「店?冒険者は引退するのか?」
「いや、冒険者は続けますよ。基本的に俺は戦いが好きみたいですから」
クックックとギルマスが笑う。
砂糖を使った軽食や菓子、お茶等を扱った店なら砂糖そのものを売るよりは誤魔化しがきくだろう。フライパン的な物が有るなら"ホットケーキ"の素を使えば良いわけだし、クッキー程度なら完成度が低くても甘ければ受けるだろう。何せ甘いんだから。
「食料系の店か?」
ギルマスの問に太郎が肯く。
「ふむ、確かにこの砂糖なら色々使い勝手が良いか…。蜜は甘いが癖が有るからな」
ギルマスが"フー"と溜息を吐いて椅子の背凭れに身体を預ける。
(……凄い胸だな………)
太郎がけしからん感想を抱いていると、神憑り的女の能力が働いたハンナが太郎を睨んで来る。
「まぁ…その女神とやらの話は、はっきり言って私にはわからないが、スキルの方は現物があるのだから信じる。冒険者としての力の方は期待して良いのかな?」
「どうかな…だが、かなり期待して貰っても構わない。個人的事情だが、早めにランクを上げに行くつもりだ」
「ほう」
「今日か明日には青銅ダンジョンに潜り込む。多分数日はダンジョン内だろうな」
"分かった"とギルマスが肯き、隣のロナウドに視線を送る。
「ギルド側は此れをもって契約を遂行したいと思います。了承しますか?」
太郎とハンナが肯くとロナウドが最後の祝詞を唱える。
「契約は刻まれた。テュエ・ル・ケルデュス!」
ロナウドの最後の祝詞と共に部屋に撒かれた砂が赤い光を発しながら消えた。
「ふむ、これで契約は完了だな。後はロナウドと話し合ってくれ」
太郎が肯くとギルマスは部屋を出ていった。
「それでは太郎様に。塩の納入はどの様に致しますか?」
「今直ぐにでも納入出来るんだが…詰め替えに時間かかるな」
「この紙袋のままで構ませんが…」
「いや、実はこの紙袋は詰め替えた物で……元の包はこの世界に無い素材だから詰め替えた…」
「あー…成る程…では入れ物はギルドで用意致します。少しお待ち下さい」
そう言うとロナウドは部屋を出ていったのだった。
それから1時間程掛けて、ロナウドさんと3人で用意された壺に塩を入れ替えたのだった。
「こちらが塩の買い取り額になります」
買い取りカウンターの上に大金貨7枚が置かれた。
(これで700万か…大金貨は初めて見たな)
太郎は大金貨を受け取り、ハンナに大金貨2枚と金貨5枚を渡す。
「…………………」
「ハンナの予想より借金が多い可能性があるから、余分に送っておくと良い。何なら手紙も一緒に送った方が良い」
「手紙?」
「ああ、どうもその次男とやらは余り真っ当な人間とは思えない。向こうのギルドで護衛の冒険者を雇う方が良い。それと、家族がラムスの町に引っ越して欲しい事も書いてだが……ハンナの家族は来てくれるか?」
「それは大丈夫です。………太郎さん。お金使わせて頂きます」
「ああ、直ぐに手紙を書いた方が良い」
ハンナは1つ肯くと別のカウンターに駆けていった。
この後どうするか…太郎としては早めに基点となる住処の確保を優先したい。
宿屋暮らしも確かに楽なのだが(食事や部屋の掃除等)、プライベートに問題があるのだ。
残金500万程あれば、そこそこの家を買える気もする。
どちらにせよ宿屋賃はひと月分払ってあるから、それを見越して色々動くか…
この世界に転移?されて、太郎自身好きに生きようと決めたにも関わらず、やけに行動が慎重だと思わなくも無い。
(組織に属していた時間が長かったからな…)
いつもの椅子に座っていた太郎の前に人が立つ。
「太郎さん。お待たせしました」
ハンナの言葉に肯いて立つ。
「ハンナ。青銅ダンジョンの最深部迄一気に行くぞ」
「はい」ハンナの身体が微かに揺れる。
今ある力、全て使ってダンジョンを攻略してやる!周りに誰がいようが構わない。
誰の目にも分かるように、力を、結果を見せ付けてやる。
実力を示す。それはより強力な敵を呼び寄せる事になろうとも。
「遠慮はしない。最深部迄、見かけた魔物全て倒す」
「わかりました」
太郎の並々ならぬ覚悟を感じたハンナは身体を震わせるのだった。
二人は見つけ次第魔物を狩り倒していく。
ハンナの水魔法も、使うに連れ威力とコントロールを上げていった。
一層をあらかた片付け二層へ降りる階段で少し休憩をとる。
「一層だけで凄い数狩りましたね」
「今回は手当たり次第だからな…ハンナ冷たい物、甘い物何にする?」
「あ……甘くて冷たい物…」
画面を操作して、見たからに甘そうなチョコとカットフルーツが入ったフローズンドリンクを買ってハンナに渡す。
太郎は煙草に火を付ける。
「確か最深部は十層だったよな?」
「はい」
「ペースは今のままで行くつもりだから、ダンジョン内で泊まる事になる。」
「はい。休む時は階段で休めば安全ですからね」
「まあ、そうだが…他の冒険者が来る可能性も有るから、一応それなりの仕掛けはするつもりだよ」
「あ、確かに他の冒険者が来る可能性ありましたね」
そう、何も魔物だけが危険なわけでは無い。#人気__ひとけ__#が無い小道以上に他者が介入出来ない場所なら、倫理観(個人差有り)が太郎と異なる者も当然いるだろう。
規律やら、法律ならともかく、倫理観など育った環境によって変化するあやふやな物を太郎は安全の材料にはしない。
今の所、ダンジョンで出会う魔物の知能は人間に及ばない。となると、やはり人間が一番の脅威だろう。
「さて、行くかハンナ」
太郎とハンナは青銅ダンジョン二層へ続く階段を降りて行くのだった。
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