第十七話
「………どうしたハンナ?」
何か元気無く歩くハンナに太郎は声をかける。
「いえ……何か太郎さんの魔法に比べて私の魔法が……モニョモニョ…」
ああ…そういう事か…
「……ハンナ。これから話すことは誰にも話すなよ」
「え?はい。誰にも話しません」
太郎は教会で起きた事を全てハンナに話すと、ハンナはポカンとした表情をして固まった。
「え?え?……女神様と話した……」
「まぁ、あの女神と話したのは教会が初めてじゃないんだが…」
「ど、どう言う事でしょう?」
太郎はこの世界に来た経緯を初めから話す。
「女神様がミスって……それ本当に女神様なんでしょうか?」
当然のハンナの疑問に、太郎は苦笑するしか無い。
「まぁ、良く分からないが、神的な力が有るのは間違いなさそうだな」
「えーっと……つまり…その話だと私でも全ての魔法が使える?」
「多分。脳の容量の問題があるから、複数使うにも限界はあると思う。だから、ある程度厳選しないと詰まるかも……ハンナも言った通り明確なイメージさえ有れば、後は基幹となる呪文を唱えるだけ…なんだが、その基幹呪文でさえイメージと結び付ける事が出来れば変更出来るって話だ」
「………………」
「んーそうだな…例えばハンナの水の魔法を例に例えると……ちょっと待ってな。実際見ればイメージ出来る筈だから」
太郎は次元マーケット画面を出して商品を買うと、目の前にそれが現れた。
「何ですかそれ」
「俺の世界の商品なんだが、ハンディ高圧洗浄機と言う」
太郎はキャップ部分を取り外し、下水の水をボトルに満たす。
キャップをしっかりと閉じた後、上部の加圧ポンプを何回か押し込む。
「まぁこれは、中の水を勢い良く出す道具なんだが、見ててくれ」
太郎はノズルの先端をジェットにしてからレバーを引くと、勢い良く出た水は下水道の壁に当たり飛沫になった。
その様子を見たハンナがびっくりしている。
水が当たった壁は汚れが落ちて白くなっている。
「まぁ、この道具は安い道具だから水の勢いが余り無いけど、原理的には水の勢いだけで金属も切断出来る」
白くなった壁を見ていたハンナが、ギギギっと擬音がしたかのように顔を太郎に向ける。
「水で金属が切れる?」
「ああ、問題は水の勢いと、吐き出す水の細さだな。この道具でも、先端がもう少し丈夫な材料で小さな穴が開いてたら、この加圧でもブロックを削れると思う」
「………少し試して見ます。水球を打ち出す魔法は出来ますから…」
ハンナは手の平を前方に翳す。
「アカルタプレシオ!」
ハンナの手の平から、ちょっと高額な水鉄砲程の水が飛び出す。
「これじゃ駄目だわ…もっと細く…」
ハンナは何回も何回も繰り返す。次第に細くなって、飛距離も伸びていく。
「あ!……太郎さん。今、頭に知らない呪文が……試してみます」
ハンナは前方に手の平を翳し唱える。
「狂えるシィフィー 火と風のディ・ノルヴァ 全てを切り裂く水刃となれ アクティバス!」
ハンナの手の平から生まれた一条の光は下水道の壁に当たり切り裂いて行く。
ハンナが圧力に耐えられなくなったのか、バランスを崩すと光は消えた。
下水道が薄い霧に覆われていた。
次第に霧の靄もやが消えると、辺りの惨状が目に入ってくる。
「……これはちょっと危険すぎるな…」
石のブロックで出来ている壁には、深い溝がミミズの這った跡のように刻まれていた。
「…あのなハンナ……もう少し威力抑えようか…」
「…は…はい……これはちょっと危ないです。もう少しイメージを変えます…」
"ああ、そうしてくれ"と言いながら二人は下水道を出る道を辿って行った。
(それにしても……何故新しい呪文が勝手に頭に浮かぶなんて現象が起きるんだ?これじゃ魔法が元々脳に記憶されてたって事じゃないのか?……また女神と話せたら聞いてみるか……)
「凄いです凄いです。ハンナさん。こんなに早くコワッパを集めて来るなんて、凄いです」
ギルドの受付嬢がハンナが提出したコワッパを見て驚いていた。
(驚くのは良いが、この受付嬢少し語彙が乏しく無いか?)
何となく街で見かける若者の会話を想起させるのだ。
チョーピエンとかカワチィーとか意味が分からん言葉を連呼する。
全く分からん…
「は、はい。良い場所を見つけられたので…」そう答えるハンナ。
太郎がいつもの椅子に腰掛けていると、隣に誰かが腰掛けてきた。
「あ、マシュタールさん。お久しぶりです」
「パーティーを組んだのですね。随分可愛らしいお嬢さんですね」
「まぁ……ダンジョンで助けたのを機に…」
成る程と肯くマシュタール。
「私達は暫くこの町を離れるので、ギルマスに挨拶に来たのですが、太郎殿の事が気になって辺りを見回してたんですよ。でも、その様子なら問題無いようですね」
「わざわざ有り難う御座います」
「ギルドマスターに太郎殿の事を聞いたら、もう銅等級になったと聞いてビックリしましたよ」
運が良かっただけですよと言うと、マシュタールは首を振る。
「冒険者に限っては実力9、運は1ですよ」
「……町を離れるとの事ですが…」
「ギルドマスターから前に直接依頼がありまして…少し詰まったので、私の先生に助言を貰う為に王都に行くんです」
「マシュタールさんの先生…」
「お、太郎じゃねーか。上手くやってるそーだな」
ジオライトとランドが笑いながら近づいて来て四人で少し談笑していると、ハンナが近づいて良いのわからず、おずおずとしていた。
それを見たマシュタールがハンナを手招きする。
「あ、あの…依頼報酬受け取りました太郎さん…」
「ん?随分可愛らしいお嬢さんだな?太郎お前このお嬢さんとパーティー組んでるのか?」
ジオライトの言葉に太郎が肯く。
「いきなり女をパーティーに誘うなんて中々出来るもんじゃねーぞ。いや、お前ならありそうだな!」
ジオライトとランドが豪快に笑う。
「よし!俺達も少し町を離れるから祝に飲むか!」
なんの祝だ!
「……そうですね。今度は俺が奢りますよ」
「おおー。聞いたぞ太郎。随分稼いでるらしいな。よし、奢って貰おうか」
太郎達は立ち上がり隣の酒場に向かう。
「ほらお嬢ちゃん。あんたもだ」ランドがハンナを招く。
「は、はい!」
少し遅れハンナも隣接する酒場の扉をくぐって行った。
前に来た時とは違い、酒場は盛況だ。
「まあな。冒険者が何時までも悩んでるわけねーしな」
「それより、ギルマスから聞いたんだが、青銅ダンジョンおかしな事になってるらしいな」
「はい。一層からプレディースパイダーが現れましたからね…」
マシュタールが険しい顔をする。
「うーん…もしかすると我々は、今回の魔物の大量襲撃を間違った視点から見ている可能性がありますね…」
「ああ?つまり、召喚でも無いのか?」
「はい。町を襲わせる召喚術式が行われたとして、ダンジョンに迄と言うのは…」
マシュタールの疑問にランドが肯く。
「確かにおかしいな…だけどよ?どちらにせよ魔法絡みなんだろ?」
「まぁ…そうでしょうね……この際先生を巻き込むか…」
「今のところラムス1箇所だけだが、ダンジョンにも異常があるなら、魔法院を巻き込んでも問題無いだろ」
ハンナの顔が強張っている。
「ん?ハンナどうした?」
「え…あの……魔法院って賢者様が私財で作られた魔法院ですよね?」
エールを飲み干したジオライトが笑いながら答える。
「ああ、このマシュタールは賢者レクスタの弟子だからな」
ハンナが目を白黒させ驚いている。
「……その賢者ってのは凄いのか?」
太郎の質問にジオライトが笑い出す。
「まぁ、凄いっちゃ凄いが、ありゃ助平爺だぜ?魔法に関して言えば大陸でいちにを争う位には有名だな」
「それは凄いな」
「レクスタ様が助平…レクスタ様が助平…」
ハンナは衝撃を受けているようだった。
夜の大通りを2人並んで歩く。新宿には遠く及ばないが、ラムスの町は夜でも人通りが多い。
文明が異なる世界だからか、太郎の様な暴力的な雰囲気を纏った人間が歩いていても誰も忌避しないのは有り難い。
通りを見渡せば、一昔前の世紀末漫画に出てくる様な、厳つい奴らが刃物をぶら下げて歩いている世界だ、太郎が殊更ことさら目立つ道理が無い。
ハンナが太郎の腕に絡みつく。
「辣腕パーティーの人達、皆良い人でしたね…高クラスのパーティーだから、もっと高飛車な人達かと思ってました…」
「そこら辺はわからんが、ジオライトは俺でも腰が引けるぞ?あいつの顔は怖い」
アハハとハンナが笑う。
「彼奴等には色々恩がある…それだけじゃ無いが、信用出来る人間だと俺は思っている…」
ハンナは肯く。
「この世界は、まだ俺が知らない事が多すぎる。だから、信用出来る仲間を増やしたい」
「私は…」
「信用してる。だから色々話した。辣腕の3人も俺は信用しようと決めている」
「はい」
「奴らとまた合う時には、ハンナに話した事を話そうと思ってるんだが、ハンナは反対か?」
太郎の腕を取る力が増す。
「いえ、反対しません。私は太郎さんを信用していますから」
「そうか。ハンナ、明日からダンジョンを本格的に攻めるぞ」
「はい」
アルコールが入り、テンション上がった二人が太郎の部屋で何をしたかは言わずもがな…
翌朝。
宿屋の女将さんから注意を受け、コソコソと朝食をとる羽目になった二人だった。
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