第五話


 町の中央広場に建つ教会。

 太郎はマシュタールに連れられて教会に来ていた。

 太郎の証明板を教会で発行して貰う為だ。

 ジオライトは冒険者ギルドに依頼達成の報告を。

 ランドは酒場に情報集めに回っているようだ。

 

 マシュタールに言わせればランドは単に酒を呑みたいだけと言い切る。

 教会。この大陸に存在する宗教は基本的にマタイラ神話を元にした神々を信仰していると言う。

 先ず、創造神がいて、その創造神が様々な神を生み出したと言うのだから深刻な宗教戦争が起きる筈もない。    あったとしても、派閥争いの範疇に収まっているようだ。

 教会に入りマシュタールの説明を受けた神父が小さな小瓶を持って現れた。

 小瓶を見ると紫色の液体が入っている。よくよく見れば液体の中で同色の何かが動いているような気がするのだ。何かが…

 

 本能的な危険を感じ、それは何かと太郎は神父に尋ねると、聖水だと答えたのだ。

 危険を感じた太郎はマシュタールを見ると、ええ、間違いなくそれは聖水だと言うのだ。

 違う意味の聖水ならば、ここまで危険を感じる事が無い。いや、むしろその手の人種にはご褒美になる筈だ。

 じっとりと額に脂汗を滲ませ神父から小瓶を受け取る。

 

 (ええーい。男は度胸!)と覚悟を決め一気に液体を飲み干す。

 すると体が一気に軽くなる。


 (……ヤベー薬じゃねーのかこれ…)


 何かふわふわした気分のまま神父の指示通り、教会の脇に立つ巨大な石版に手のひらを押し付けるように言われ、石版に触れる……と。


 (特殊転送者の存在を確認。これよりアーガスタ001は特殊転送者のサポートを行います。アーガスタ001のサポート限界時間 残り744時間となります)


 カーナビの音声のような女性の声が聞こえ太郎は辺りを見渡すが、女性の姿は無い。


 「どうしました太郎殿?」

 「いや……何か今、女の声が聞こえたような気がして…」


 マシュタールも辺りを見渡し確認するが女性の姿を確認出来なかった。


 (いや、そもそもアーガスタ001とか言う名称がこの状況に余りに似つかわしく無い。本当にカーナビの音声のまんまだった…)


 神父は巨大な石版の裏から小さな金属製の板を取り出して、金属板にあいた小さな穴に革製の紐を通して太郎に手渡した。

 

 「これは貴方の証明となるプレートです。無くさないようにしてください」


 そう言うと神父は奥にある扉を開いて消えて行った。


 「さぁ、証明板も出来たので取り敢えず冒険者ギルドへ行きましょうか」


 基本的に証明板が有れば生きては行けるが、仕事に付くなら冒険者ギルドか商業ギルドへの登録を済ませていたほうがかなり有利らしい。

 と言うのも、荷運びや、農業等の仕事以外は基本的にギルド経由でしか仕事に有りつけないそうだ。

 今から十数年前。薬屋が直接薬草採取の依頼を冒険者に頼み、冒険者が薬草を採取して薬屋に届けたところ、薬屋から「これは使い物にならない」とか、「これは違う薬草だ」とか、専門知識の無い冒険者に難癖つけて料金を少なく渡すようなフザけた依頼が多発した。これを問題にした国がギルドに鑑定士を常駐させる事を打診。ギルドで正確な鑑定をして適切な料金を支払う仕組みが確立したそうだ。

 つまり、採取等の仕事はギルド経由以外には受けれないと言うことだ。

 

 ギルドの等級は貨幣に沿っていると思われる。

 最低等級から石地等級(Eランク)→銅等級(Dランク)→鉄等級(Cランク)→銀等級(Bランク)→金等級(Aランク)→白金等級(Sランク)の六段階で表されていた。

 太郎が出会った三人は銀等級で、金等級に近い内に上がると言われているパーティーだった。

 マシュタールに付いて冒険者ギルドの扉を開くと、目付きの鋭い男達の視線に晒された。

 無論この程度の威圧にビビる程お気楽に人生過ごしてはいなかったので、無表情でマシュタールの後を付いて行く。

 

 「おう、来たか。教会の方はもう良いのか?」

 

 太郎を見つけたジオライトが声を掛けてきた。


 "無事に済ませました"と答えるとジオライトがニカッと笑う。


 「太郎さんには冒険者ギルドで登録して貰った方が良いと思いますので」

 「ああ、確かにそうだな」


 ジオライトが肯く。


 「体力的には問題ないからな。荷降ろしや農業をやるにしろギルド登録はして損はないな」


 マシュタールに案内され、ギルドに設置されたカウンターの前に立つ。

 

 (……ちょっと待て……この女…耳が…)


 カウンターの中に立つ受付嬢らしき人物の顔を見て太郎は驚いた。


 (……猫??猫人間??……マシュタールさん……聞いてないぜ…)


 よもやこの国に猫とのハーフが存在する事に動揺する。が、勿論動揺を表情に出すようなヘマはしない。


 「マシュタールさん今日はどのような?」


 (人語を喋りやがった!)


 「ああ、実は此方の方の冒険者登録をお願いしたいのだが」


 マシュタールの説明に受付嬢がニコリと微笑んだ。


 「分かりました。新規のご登録ですね」


 太郎は何度も必要以上に肯く。


 「では、こちらの紙に必要事項をお書き下さい。書き終えたら証明板と一緒に隣の窓口にご提出下さい」


 そう説明を受け、渡された紙に必要事項を書き込む。

 氏名、年齢、得意武器……


 マシュタールに得意武器の項をどう書けば良いかと質問すると「取り敢えず剣と書いとけば問題ないです」と言われたので剣と書き込んだ。

 間違っても拳銃とか、日本刀とかは書けない……いや、日本刀も剣と言えば言えない事も無いが…

 さて、ここに至り謎現象が起きた。

 太郎は間違いなく漢字で記入したはずなのだが、書かれている文字は、見たことも無い文字…だが、その文字を太郎は間違いなく理解出来ているのだ。

 そう言えばマシュタール達の口の動きに奇妙な違和感を感じていたのだが、どう考えても彼等が日本語を話してるわけが無かった。

 それでも太郎は彼等の話す言葉を理解出来たし、彼等も太郎の言葉を理解しているようだ。

 

 ……わからんことは仕方ないな…


 疑問は疑問のまま、書き終えた紙に証明板を添えて窓口に提出する。

 受け取った小柄な受付嬢が登録用紙を確認し「ギルドプレートを作成します。暫くお待ち下さい」と言い、奥の部屋に入って行った。


 「プレートが出来るまで時間が掛りますから隣の酒場で時間を潰しましょう」

 「いや、俺金無いから…」


 太郎が言うと、ジオライトが近付いて来て太郎の肩を叩く。


 「気にするな。オークの借りもあるしな。俺達に任せろ。こう見えても俺達は結構金持ってるからな」

 

 そう言い放ちジオライトが隣に続く扉を開いて入って行った。


 

 ギルド=仕事斡旋所(ハローワーク)の続き隣に酒場がある……パラダイスか!

 日本のハローワークもこの位のサービスはして欲しいものだ。

 

 ギルド併設の酒場に入ると、ランドがテーブルの椅子に座って何やら注文をしていた。

 ジオライトがランドが座るテーブルの椅子に腰を下ろす。


 「遅かったな。今適当に酒と食い物頼んだが、足りなかったら適当に注文しろよ」


 四人がテーブルに着くと直ぐに飲み物(多分酒)が運ばれてきた。

 ランドが木製の取っ手の付いた小樽を掲げる。


 「とりあえず、俺達の依頼達成と太郎の門出を祝って。乾杯!」

 

 太郎達も小樽を掲げ酒を飲む。

 予想と違い、発泡感の少ないエールの様な飲み物は意外と冷えていた。


 「これは何と言う飲み物なんだ?」

 「おう、これはエールって酒だ」

 

 ……まじか…


 「太郎殿の国にも似た酒は有りますか?」

 

 マシュタールの質問に太郎は肯く。


 「エールビールとラガービールと言うのがあるよ。殆ど同じだな…」

 「ほー。それは面白いですね」


 まぁ同じ二本足歩行をする生き物にそれ程文明進化の差はないか…多分いづれは自動車や飛行機が……いや、魔法がある時点で異質だな……

 

 空になった小樽を掲げジオライトが追加注文をする。無論四樽分だ。

 料理も次々運ばれて来て良い感じに盛り上がる。

 

 「ギルマスが何のようだ?」

 

 突然のジオライトのセリフに太郎がジオライトの椅子の横に立つ妙齢な女を見る。

 引き締まった体が見て取れる程ピッタリとした薄手のドレス姿の女だった。若干浅黒い肌に特徴的な切れ長の目。傾国の美女と言われても違和感の無い程の美貌だ。

 

 「いやなに、二日振りに酒場が賑やかだったから見に来たまで」


 確かにこのテーブル以外は静かだった。

 

 (まぁ町がこんな状態じゃ気も沈むか…)


 「問題あるかギルマス?」

 「いや、問題ないね。他の冒険者もお前等程タフなら良いのに と思っただけさ」


 ギルマスの言葉にジオライトが笑う。


 「依頼達成して直ぐだが、ギルドからの指名依頼受ける気あるかジオライト」

 「……うーむ…今回の魔物関連か?」

 

 ああ、と肯いたギルドマスターが太郎を見て少し目を見開いたような表情をする。


 「まぁ、本来はギルドの指名依頼でも他の依頼達成後3日は受けなくても良いんだが、他ならぬギルマスの頼みじゃ仕方ねーな。追加報酬期待出来そうだしな」

 「まぁ期待して良いぞ……所でそちらの男は誰かな?」

 

 太郎が自己紹介しようとする前にマシュタールが口を開いた。


 「……成る程…確かに"迷い人"の話は私も聞いた事があるな…先ほど少し気になる気配を感じて彼を見たのだが…」


 マシュタールが興味深い顔で、それは何かとギルマスに問う。


 「いや、一瞬だが精霊の気配がしたような気がしたんだが、感違いだったかもしれない…」

 「二日間太郎殿と居ましたが、私は感じませんでしたね」


 何やらおかしな雰囲気だ。


 「まぁ今は気配がしないので問題は無いな。ではジオライト。明日ギルドに顔を出してくれ」


 了解と答えたジオライトは小樽を高々と挙げエールを注文したのだった。

 

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