08『次への一杯』

定期試験が終わり…補習を受けるべき一人の女子生徒が、職員室の前で落胆している。


「お困りのようですね、良ければ私が…私達がご助力しましょうか?」

その女子生徒に対してシナモンが話し掛ける。


「えっ!?シナモン様が…宜しくお願いします。」

階級を表すセーラー服のリボンの色が赤系統のカーマインであるC級の女子生徒は、驚きつつも…二つ返事で承諾する。


そして、C級の女子生徒はシナモンに導かれるままに…研究室の扉を開く…

そこにはキシルの他に、複数の男女の生徒が室内にいる。

集められた生徒達の階級は、D級若しくはC級であり…魔術師としての実力は高いとは言えない…


「モンちゃん、始めようか。」

キシルが諭す。

「そうですね…皆さんの魔術師としての実力を後押しさせて頂けたらと思い…お声を掛けさせて頂きました。」

魔術師として最上位のS級である証の銀色のリボンを身に付けるシナモンの言葉に対して、その場にいる全員が耳を傾ける。


集められた生徒達の前に立つ、キシルとシナモンの間には小さめの丸いテーブルがあり…その上には、何かを隠すように黒い箱が置かれている。


「早速、本題ですが、私とキシルさんは先の定期試験で成績が上がり…そして、キシルさんに至ってはD級からC級へと昇格出来ましたわ。」

シナモンの言葉通り、キシルのリボンの色は黒色からカーマインへと更新されていた…


「私がC級へとなれたきっかけは…2週間前の登山訓練の際に濃霧の影響で遭難した際に訪れました…つまりは、ピンチがチャンスへとなった訳です。」

キシルの口調は…どこか胡散臭くも聞こえる。


「体温を維持する為の術式を扱えなくなり、意識が朦朧とするなか…目の前に現れた山羊たちが木になる赤い果実を食べており…ハイに…いえ、元気に跳び跳ねていました。」

キシルが掛ける眼鏡が怪しく光る。


「私は藁にもすがる思いで、その赤い果実を一つ口にすると…不思議と直ぐに集中力が回復して、再び術式を行使出来るようになりました。」

「まぁ、凄いですわ!」

わざとらしい返事をしたシナモンとキシルは、セーラー服の胸ポケットから赤い果実を取り出し…集められた生徒達の前で頬張る。


「そして、私とキシルさんで…この赤い果実の効果をより効率よく、そして美味しく摂取出来る方法を試行錯誤しました。」

シナモンがキシルへと視線を合わせて、合図を送る。


「この赤い果実を乾燥、精製、焙煎し…そして、それをお湯で抽出したこの一杯『コーヒー』です。」

キシルが、隣にある黒い箱を持ち上げると…その中にはフラスコとロートのセット一式で淹れてあるコーヒー、複数個のマグカップが置かれている。


そして、キシルがコーヒーを一口飲み…シナモンが生徒の人数分、コーヒーをマグカップに入れて渡すが…


「えぇ…家畜のエサを抽出した液体ですよね…」

「それに敵対するバビロニアの地で好まれる悪魔の飲み物だよなぁ…」

渡されたコーヒーに対して、男女の生徒達は先入観から、飲むのを躊躇う。


「(だよね…最初は躊躇うよね…)」

キシルが嫌な汗を流していると…隣に立つシナモンが異変に気付く。

「扉越しに聞き耳を立てている方も、入って来て…どうぞ飲んでくださいな。」

シナモンは、扉の方へと視線を向ける。


「モンちゃん、誰かいるの?それが分かるなんて凄いね。」

キシルは驚きを口にする。

「はい…この研究室の周囲一帯には、私の結界術式を展開しており、許可なく近付いた方を探知出来るので…」

そう答えたシナモンもコーヒーを飲む。


探知された存在は、マナーとして扉をノックしてから入室する。


「なんだ…キシルさんが言っていたコーヒーとは、『珈琲タメリ』の事だったのね…」

そう溢しながら入って来たのはブルボンだった…

「こんにちは、ブルボンさんもコーヒーの事をご存知でしたのか?」

シナモンが話し掛ける。


「はい、シナモンさん…存在自体は知っていたのですが、その様な効果が得られるとは…これは、紙フィルターを使用したドリップ式ではないのね。」

そう答えたブルボンは、キシル達のコーヒーの淹れ方を見る。


「フラスコで淹れるコーヒー…初めて飲むわ…」

躊躇う男女の生徒達を横目に、ブルボンは最初にコーヒーの香りを堪能してから口にする。


「(ドリップ式という単語は知っておきながら、コーヒーという単語を知らないなんて…本当に金手さんの見た目にそっくりなだけなの?)」

その様子をみる霧島キシルは、元いた世界の知人の事を思い出す。


「悪くないわね…美味しい。」

ブルボンの一言を皮切りにして、他の生徒達も恐る恐る口にする。


「苦いと感じる方は、牛乳と砂糖を用意していますので気軽に言って下さい。」

キシルがそう伝えると、真っ先にブルボンが歩み寄る。

「キシルさん、用意しているなら始めに言ってくれる?」

やせ我慢していたブルボンが、泣きっ面を見せる。


「へえ…ブルボンさんって甘党なんだ…」

キシルがにやける。

「別にいいでしょう!…」

牛乳と砂糖を混ぜたコーヒーで、口の中の苦味を中和したブルボンが、一呼吸置いて更に続ける。


「それと、キシルさん…C級への昇格おめでとう。」

「ぷふっ!何でこのタイミングなの?でも、ありがとう。」

キシルに釣られて、シナモンもクスクスと笑う。

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