第28話  哀の感情

 一方、神邏達。


 無事に拷問から救出された神邏は、治療を受けていた。


 仮面をつけた女の子……神条ルミアの献身的な治療を。


 みるみると回復していく。傷跡すら残らないほどに。

 

 ……回復術が優れているのもある。だが、いくらなんでも傷痕が塞がるのが早すぎる。

 これはルミアというより、神邏の自己回復能力の高さが原因に思えた。


 それを見ていた周防はふとおもう。


 


 天界には聖獣という伝説の生物が存在する。天界人はそんな聖獣と契約し、力を手に入れることができる。


 四聖獣はそんな聖獣の神といえる存在。天界人で、四聖獣の血筋の中でさらに一握りの者だけが、なることができるという。


 四聖獣は契約ではなく、その天界人本人が四聖獣となる。

 

 現在四聖獣は白虎のみ、この世に顕現している。


 そして朱雀とは、自己回復能力に優れ、時間さえあればあらゆる傷痕も残さず治癒が可能と聞く。


 今の神邏はまさにそれ。


(美波家は朱雀の一族だが、シンは養子だったなそういえば。神咲家って朱雀の一族だったか……?)


 周防は朱雀の雛、朱雛と称していた。

 将来的にはあるかもと思っていたからの発言。


 だが、まだ神邏は中学生……想定よりはるかに早い。


(いやでもまだ朱雀ってわけではないか……なりかけてるようにも見えるが……)


 。そんな予感を感じさせていた。


「しかし……」


 周防は神邏を拷問してきた奴らを殴り飛ばしたのだが……

 そいつらは全員魔族だった。


「殿下め……魔族とつるんでるとか、さすがに擁護する気にはならんぞ」


 ――すると突然、耳に響くサイレンの音が建物全体に鳴り響いた。


『魔族侵入魔族侵入! ランカーはすみやかに南城門に向かうべし。繰り返す魔族侵入魔族侵入……』


「魔族が!?」


 一大事を知る周防。

 ふと神邏を見る。まだ心配だが……


 神邏は不器用に、笑う。


「俺はもう……大丈夫です。行ってください」


 それを聞くと、「すまない」と、軽く謝り周防は現場に直行する。


 その後、この場は危険と判断し、ルミアと水無瀬に肩を借りながら神邏は移動するため外に出た。

 万が一の時のために、葉隠は護衛としてついてきてくれた。


 罪滅ぼしのつもりなのだろう。


『おや? 脱出しちゃったのかそこの小僧』


 声がしたと思ったら、空から一人の魔族が降りてきた……


 この魔族は……


 七つの大罪人、暴食のパンドラ。

 葉隠は目を疑った。

 この魔族は西園寺が戦って抑えていたはずと……


「お、お前……!? さ、西園寺は……」

「んあ? 殺したヨ」


 葉隠の視界からパンドラが消える。

 

 背後からドスりと鈍い音が鳴る……

 

「こんな風にな」


 パンドラは葉隠をナイフで貫いていたのだ。

 奇跡の葉隠も、反応できねば奇跡を起こせない。0%では……奇跡は起こせないのだ……


「ぶっ……へ、てめえの撒いた種……か。情けねえ……未だに修邏の幻影なんて追っかけて……よ」


 葉隠は死の間際、密則の口車にのり、神邏を捕らえるのに一役かったことを悔いた……


 彼ほど奇跡だの、天才だのともてはやされていた男でさえ……美波修邏は怖かったのだ。


 修邏が天界に反旗を翻す前……

 葉隠は少し会ったことがあった。

 一目見ただけで恐怖を感じた。その強さに……


 そして修邏が敵として天界を攻めた時……葉隠は恐怖で戦えなかった。


 それだけ修邏が怖かったのだ。

 

 だから弟の神邏を警戒した。

 ……神邏にはなんの罪もないというのに……


「悪いな……美波神邏」


 そう呟いて……葉隠は崩れるように倒れた。

 ……絶命したのだ。


「嘘……」


 あまりにも呆気なく奇跡の男が死んだ。水無瀬は信じられない表情をしていた。

 仮面の女の子、ルミアは神邏を支えながら、後ずさり。なんとしてでも彼を守ろうと考えてるようだった。


 しかし、神邏はルミアから離れ、ゆっくりパンドラへと向かう。ルミアは止めようとするが……


「葉隠さん……」


 目の前で人が殺された。自分がいたのになにも出来ずに……

 激しい無力感を彼は感じていた。

 情けない。なんのために修邏の劣化コピーとなったんだ。強くなるためではないのか……と。


 とはいえ拷問後。だいぶ回復したとはいえ無理という話なのだが……


「お前……会長……西園寺さんを殺したっていうのは本当なのか?」


 尊敬する西園寺まで死んだとは考えたくなかった。状況から考えて、自分を助けるために散ったとしか思えないからだ。


「殺したヨ。才能に溢れた奴とか聞いたが、くそ雑魚だったヨ」


 西園寺を小バカにした態度を見せる。神邏は震える手を抑えながら……問う。


「なんで……なんでそんなことをするんだ……」

「弱者が意見するなヨ。ゴミは処分されるものだろ? 理由なんかいるか?」


 ゴミ? 葉隠や、自分のために散った西園寺が……ゴミ?


 神邏は、パンドラを無性に許せなくなった。

 叩き潰してやると……


 そして……


(西園寺さん。葉隠さん……すいません……俺なんかの……ために)


 自分のために散った二人を想い謝罪する……神邏に悲しみの感情が芽生える。

 

       【哀】



 強い喜怒哀楽が神邏を駆け巡ったその瞬間!


 

 ――神邏の目の前が真っ白になった。

 パンドラや水無瀬、ルミアが見えない……


 なにもない空間が視界に広がり……


 空から赤く美しい、鳥のような生物がゆっくりと降りてきた……


『なん……だ?』


 疑問を口にすると、鳥は口を開く。


『この時を待っていたよ、美波神邏。今日からお前が私になる。




 ――つづく。



「次回 朱雀推参」

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