十二月十三日:We are both parasites Nothing more, nothing less
いつも通りレミのカウンセリングと手足の経過を終え、私が資料をまとめていると、私宛に一通の手紙が届いた。私からだ。
いやいや開いてその中身を呼んでみると、中にはただ場所と日時が記されているだけだった。恐らく此処に来いという事だろうが、生憎その時間は患者の手術が入っていたため、行けそうになかった。取り敢えず返事の手紙だけでも書こうと思ってペンと紙を用意していると、患者が死亡したとの報告が入った。
嫌な予感がしてその患者の名前を聞くと、今度私が手術をする患者だった。
「これで俺との約束が守れるだろう?」
彼の声が聞こえたような気がして頭を振って忘れようとした。
やはりアイツが寄生虫(パラサイト)だ。こんな悪事を働く人間など、存在して良いものではない。
殺すか?いや、それは早すぎるな。彼にもなにか思っていることがあるに違いない。殺すにしても、その後だ。
「先生?どうかされましたか?」
看護婦が心配して話しかけてきたが、何でも無いとだけ行ってすぐに遺族を呼び出して葬式の準備をするように言った。遺族には急死とだけ伝えておこう。きっと知らないほうが良いはずだ。
「はぁ...」
私が大きくため息を付くと、隣から聞き覚えのある声がかかった。
「大尉。元気ですか?」
私が振り向くと、そこには見慣れない女性がいた。アルビノと思われる白髪赤目をした彼女は、私の失った記憶の部分に存在していた残滓か、はたまた私を見間違える精神科病棟脱走の元軍人の内の一人か...
「どちら様でしょうか...?」
すると彼女はありえないほどの速さで胸元から短剣を抜いて私の喉向かって刺してきた。
間一髪の所で回避できたが、危うく死んでしまいそうだった。私は戦闘準備の構えを取って彼女の出方を見た。体格差があるので、もう負けることはないだろうが、万が一のことがあるので、絶対に油断はできない。
そう思っていると、彼女は短剣をしまって言った。
「自分はパース・ディラグマット陸軍少尉です。嘗て、貴方とともに数多の戦場を駆け抜けてきた、貴方の右腕ですよ?それも忘れたのですか?」
「ああ、その部分の記憶に関しては、おそらくハルネスという男に聞けばいいでしょう。きっと彼なら私の無くした記憶の在り処を知っているはずですから」
私はそう言って微笑むと、彼女は私の白衣の裾を引っ張って、俯いて言った。
「ハルネスのところにはもう行きました。一昨日、病院から返ってきてすぐに...でも、彼はあなたじゃありませんでした」
「そう...なんですね。詳しく聞かせてもらっても?」
彼女を適当なところに座らせようと椅子を探したが、正直、こんなに騒がしい病棟内じゃ、ろくに話もできない。何処か使える病室でもあれば良いんだけど...あ、レミの病室なら大丈夫か。
彼女には話せる場所へ行こうと言って、私はギリギリ短剣が届かないくらいの距離を取って歩いた。彼女は黙って付いてきてくれたが、今やそれが逆に怖い。正直、いつ刺されてもおかしくないからいっそのこと今捕まえてしまおうか、と内心思っていた程だ。
そして、革靴の音を響かせながら、一歩一歩、できるだけ速く歩いてレミの病室の前に到着した。カードで扉のロックを解除し、私は扉を開けた。そこにはいつもどおりのレミが居て、ベッドの隣においていた椅子に座り、机に向かって小説作りに励んでいた。
彼女は私の方を見て、何かを察したのか嫌そうな顔をしたまま、静止した。
「そんな顔をしては、せっかくの顔が台無しですよ」
私は椅子を引っ張り出してきて、彼女を適当に座らせた。レミはムスッとした顔をしながら私に言った。
「ジル先生って人気なんですね〜。いくら関係者とは言え、いちいち私の病室に来られるのは...」
「申し訳ないとは思っているのですよ」
私はそう言ってレミの隣に先程買っておいたココアを置いた。彼女はそれで機嫌を直してくれたようで何も言わずに執筆に戻った。
「あの子は...?」
パースはそう私に言った。何故レミの部屋で話をするのかと不思議に思っているようだ。一応関係者だと言うと、パースは彼女の元へ駆け寄って何かコソコソと話をした後、私のもとへ戻ってきて、小さくため息をついた。
「何の話をしていたのですか?」
私の問いかけに、パースはぷいとそっぽを向いて、内緒ですと言った。私は一度椅子に深く座り直し、彼女に何があって此処に来たのかを聞いた。
「実は、自分のことに気づかなかったんです。こんなに分かりやすい見た目をしているのに...きっと自分のことなんか忘れてしまったのでしょう。でも、それでも!それでも、もしかしたら『こっちの』ジル大...少将なら、私のことが記憶に少しでも残っているんじゃないかって、そう思って此処に来たんです。でも、あなたも忘れてしまったのですね」
うつむく彼女の肩に、レミが手を置いて優しく語りかけた。
「もう一度やり直したらどうですか?」
その言葉に、パースは怒り、レミの手を振り払って彼女を睨みつけた。そんなに簡単に言うな。お前に何が分かる。パースはきっとそう言いたかったのだろう。だが、レミはそれを見越して、核心を突くようなことを言った。
「では、あなたは、ジル大尉とそれ程の中だったのですか?」
「え?い、いや、そうじゃあ...ない」
「なら、やり直したほうが良いですよ。一年あれば昔以上にはなれますよ。ジル先生も、ジル大尉も、どちらも根底では同じものですから、きっと大丈夫です。私がジル先生をこの十数日間見てきて、そう思いました。あの人は悪い人ではないんですから」
パースは小さな声でありがとうと呟いて私に向き直った。
「では、有難うございました。自分は基地に帰りますので、また何かあれば、特にレミさん。私を頼っても下さいね」
彼女はそう言って病室を出ようとした。しかし、それと同時に扉を開けて、一人の金髪で近衛隊服を着た女性が室内に飛び込んできた。たしか...ハルネスの傍にいる、カールって奴だったはずだ。
彼女はパースと目が合うなり、顔を伏せて、私に近寄った。
そして一通の手紙を渡しながら、こう言った。
「大尉からです。ぜひ、少しでも、と」
彼女が手紙を渡して、回れ右をして退室しようとしたとき、パースが前に立ちふさがった。
「自分をもう一度大尉に合わせてほしい。頼む」
カールは小さくため息をついて素っ気なく言った。
「嫌です」
パースが拳を握りしめる音が病室に響き渡り、カールはそそくさと病室から出ていった。私もレミも、一切声をかけることが出来ないまま、ただひたすらにその背中を見つめるだけだった。
彼女も病室から出ていって、私とレミの二人きりになった。
「先生。どうしてくれるんですか?この空気」
レミからの視線が痛い。まさかこんな所であの二人が鉢合わせるとは思っていなかった。しかもどっちもどっちだ。あの状況でよく会わせてくれと言えたものだ。
あのカールの嬉しそうな顔を見ていなかったのか?あの顔じゃあ、絶対に向こうの寄生虫(パラサイト)となにかあったに違いない。
そこに会わせてくれと言えば確実に断られるだろうが...断るにしてももう少し良い断り方があったはずだ。
私が今の空気をあの二人のせいにしようとしたとき、看護婦が病室に飛び込んできた。
「奥様がお見えですよ?」
「何!?」
私は急いで病室を飛び出た。何故ここまで来るのか、なんとなく理由はわかった。近衛隊で不審な動きでもあったのだろう。
一階のロビーに到着すると、ベルが若干の涙目で私を見ていた。事情を聞くと、彼女は私に泣きついて言った。
「あなたが、殺されそうなんです...その、もう一人のあなたに」
「やっぱりか...」
「マズいんですよ?どうして、そこまで冷静なんですか?相手は皇帝の権力まで使うような化け物なんですよ?」
正直、真正面からやり合って勝てるような集団ではない。航空機に乗って亡命しようとしても、デトライト帝国の要塞のような防空網からは絶対に逃れられない。パリカリスももう対空砲配備が終わってることだろう。実質逃亡手段は残されていない。きっと、そろそろベルが人質に取られて私は殺されるだろう。
恐らくベルは何があっても殺されないだろうから、私のところに一個師団でも向かわせて叩き潰すつもりだろう。
なら、あの作戦を使うか...
「考えはある。病院の寮を使え。私は一旦、知人に協力を仰いでくる」
「え、ええ。分かりました。決して死なないで下さいね」
「わかってるさ」
私は彼女の肩に手を置いてそう言った。そして立ち上がり、看護婦に彼女を寮に送るように言って私は協力者のもとへ向かいながら、別の協力者に電話を片っ端からかけていった。
まずは空軍大将を通じて大臣に、そこから軍部の高官全体に通達もしてもらった。通常このような待遇はないのだが、近衛隊を破壊できるかもしれないと、あったこと全て話すと快く承諾してくれた。
次に鳩だ。ハリッツたちに電話をかけて病院に銃火器類の持ち込みを命令した。
対戦車ライフルを主軸に、迫撃砲、小銃、重機関銃、手榴弾、サーチライト、暗視ゴーグル、照明弾を頼んでおいた。これで大体は大丈夫だろう。軍部からの支援もあるはずだから、きっと空軍で開発中の『あの兵器』も入るはずだ。あれがあればこの要塞は完成する。
そして最後にパリカリスの残存勢力と繋がっている新聞各社などのメディアに片っ端から情報提供を行い、恐らく襲撃があるであろう日に合わせて報道をするように頼んだ。
これでできることはやった。後は彼女さえ手伝ってくれれば...
「レミさん!少し良いでしょうか?」
扉を開けて私は彼女の病室に飛び込んだ。彼女は小説の執筆を止められたことに少し怒っていたが、私のただならない雰囲気に押されてその内容を聞いた。
そして、小さくため息をついて言った。
「本当にそんな事ができるんですか?」
「まあ、五分五分ですが...」
彼女も一応は手伝ってくれると言ってくれた。これで吉と出るか凶と出るかは分からなが、一人の少女に国の命運をかけてしまったことに少し後悔した。
さあ、もうすぐ内戦が始まる。帝国の、最初で最後の内戦となるだろう。下手をすればこの国どころか隣国までも巻き込んだ世界大戦に発展するだろう。それだけは回避したい。
結局は、お互いが寄生虫だったのかもしれない。完全に一人の人格としての私など、何処にも居ない。
私はそんな事を思いながら自分でできる範囲の準備を始めた。
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