十二月十一日:Location of memory②
私達は朝早くから、もう一度昨日の地下施設に行った。先生は、昨日と変わらぬ様子を呈しており、こういうのには慣れていると言った様子であった。かく言う私も結構大丈夫な方なのだろうけど...
「では、開けますよ」
エレベーターの扉が開かれもう一度昨日の光景がフラッシュバックし嘔吐しそうになったが、なんとかその気持ごと飲み込んだ。今日で最後になるだろうとジル先生は言っていたが、早速今日で最後にならなそうな部屋に当たった。
『記憶生産部』だ。何をやっているのだろうと、ジル先生が扉を開けて中に入った。私は後ろからついて行って、先生が電気を付けた瞬間に地獄を見た。
昨日の首なし死体の首が大量に何かの液体に漬けられており、どうやら脳みそ以外を選択して溶かしているようだ。これで傷のない脳を精製しているのだろう。そして、廃棄用の滑り台には所々に、髪の毛が肉片と一緒にこびりついていた。消毒された後で、臭いはしなかったが、見ているだけでも惨たらしく、一刻も早く別の部屋に行きたかった。
先生が別の部屋に行こうとしたとき、私がとある物を見つけた。一冊のノートだ。とある研究員のノートで、中には研究所内での実験台の観察記録が付けられていた。以下、一部抜粋である。
―――実験一日目。
被験者から脳を取り出し、疑似生命活動機に接続。蘇生成功。電気信号の読み取りを開始した。
被験体から恐怖の感情を検知。速やかに薬剤を投与して鎮静した。
被験体に記憶プログラムを起動し、記憶のコピーを開始。一部の記憶を読み取る段階で一日の限界リソースに到達。疑似睡眠プログラムを起動。実験終了。
実験二日目。
新たな被検体を追加した。以後、これを被験体β、先の被験体を被験体αと呼称する。
被験体αのコピー記憶をβに投入。著しい混乱状態を確認。しばらく観察した後、脳髄の崩壊を確認。
実験終了。
実験三日目。
新たな被験体としてθを導入。前回とは異なり、θの記憶とαの記憶を交換させる形で記憶を挿入。成功。
被験体の一時的な記憶の改竄に成功。明日からは実験は第二段階に移行する―――
「こんな事をやってたのか...」
ジル先生はそれだけ言ってノートを閉じて、元の場所に戻した。そして、それには特に何も触れずに次の部屋に行った。
『総合実験室』は、今度はまた違った雰囲気を醸し出していた。私の義手や義足、それからまだ研究段階ではあるものの、心臓らしきものがあった。もしかしたら将来的にはここで人間が作れるのかもしれない。
人道的には最悪なことをしているが、悪いことなのかも、いまいちわからない。少数犠牲という言葉があるが、この犠牲は大きすぎるのではないかと思ってしまう。
そして、いろいろな部屋を回った後、最後の部屋にたどり着いた。『総合研究部』いかにもな名前だ。
先生が例のカードをかざしても反応せず、私が夢の中で知ったパスコードを横にあったタッチパネルから入力した。扉のロックが解除されると同時にジル先生は扉を開けた。
実験室の中の電気を付けると、そこには一つの机しかなく、その机の上にはアタッシュケースが一つ置かれていた。ジル先生がそのケースに触れようとしたとき、後ろから声が聞こえた。
驚いて振り向くと、そこには少しやつれた顔をしたハルネスがいた。ジル先生の顔が曇る。はルネスは懐から拳銃を取り出して私達に向けた。ジル先生はその場で立ち止まって私にケースを取りに行くように合図をした。そして、私が車椅子を動かしてケースに手を伸ばしたとき、私の車椅子のタイヤに銃弾の穴が開いた。バランスを崩しながらもなんとかケースを確保した私は、よろける足で立ち上がって、先生にそのカバンを渡した。
「立てるようになったんですね。おめでとう御座います」
「近衛隊長官殿は、まだ十六の少女に銃を撃つのですか?あなたには一切関係ないことのように思えますが...」
私がそう言うと、貼り付けた笑顔のまま勇猛なのは良いことですと言って銃を持ったまま先生に近づき、ケースを要求した。先生は断り、何故このケースを要求するのかを聞いた。
「そのケースに国家を揺るがしかねない物が入っていると聞きまして。そこのレミさんなら何が知っているのか知っているのでしょう?」
私は首を振って、ただ知らないとだけ言った。ハルネスは、まあ良いですと言ってケースを先生から奪い取った。そして、その中を見ると、驚愕した様子で言った。
「これは...何の冗談でしょう?ジル先生。『あなたのお父上』からの贈り物でしたけれど」
そして中にはいっていたものをハルネスは高々と掲げた。注射器と薬品の入った小瓶だった。
恐らくあれが先生の記憶の復元をするものだろう。きっとその中に記憶があって、注射すると昔の先生に戻ってしまうのだろう。
ハルネスは手早く注射器に薬品を補充し、そして、その薬品を―――
自分に刺した。
「何をしている!ハルネス!死ぬぞ!」
先生の必死の呼びかけにも答えず、彼は自分の腕に先生の記憶を打ち込んだ。
「僕は、あなたに、憧れていたのです。だから...」
それ以上言う前に、彼が地面に倒れた。そして、あの実験経過ノート通りなら、脳髄が崩壊するはずなんだろうけど、彼は暫くして再び立ち上がった。
そして、持っていた拳銃を地面に投げ捨てて、先生の方を向いて言った。
「お前は、俺か?状況はなんとなくわかった。あの時から俺だけが取り残されてお前が独立して生きている、そうだろう?寄生虫(パラサイト)」
先生は何も言わずに、ハルネス、いや、ジル大尉を睨んでいた。恐らくあそこから改良を幾度なく繰り返して、注入すれば組み込まれた記憶が人格を乗っ取れるという仕組みにまで発展させたのだろう。ハルネスは恐らくその事を知っていて...でも、なんで自分の人格を捨てるようなことをしたんだろう?
「あの男は俺に心酔でもしていたのだろう。バカな男だ」
私の心を読み透かしたような物言いに少々ドキッとしたが、ジル大尉は先生に背を向け、地上に出ようとしたが、すぐに帰り方がわからないと気づき、先生にどうやって帰るのだと聞いた。
先生はため息をついて大尉にカードを渡した。なんとか使い方を教え、飲み込んでもらい、一緒に病院のフロントに戻ることが出来た。
隔壁が開くと同時に、そこにはハルネスの兵士たちが居て、それぞれが銃を構えていた。先生も大尉も驚いていたが、驚いている意味が少々違うようだ。
「...そうか、成功したか。久しぶりだな。俺が帰ってきたんだ。銃を下ろせ」
兵士たちは笑顔になって銃をおろした。そして、ジル大尉と呼び、共に外に止めてあった車に乗り込んで何処かへと行ってしまった。ほとんど会話はなかったが、先生はこう考えた。
彼らは昔の私の部下だったのではないか、と。
ありえない話ではない。ハルネスを使って長期的な賭けに出ていた可能性だってある。
なら、シュパルトの思惑は外れたのか?あの人はジル先生に元に戻って欲しい感じだったし、ジルが二人いるなんて望んでいないはずだろう。
考えれば考えるだけ次から次へと疑問が出てくる。寄生虫(パラサイト)ってどういうことだ?あの研究所の職員は?逃げるの早すぎないか?ジル先生も彼らについては何も言わなかったし...
いや、でも、普通言わないか。だって私は一般的な庶民なんだもん。高官なら多少教えてはもらえるだろうが、たった一人の余命付き少女に国家機密レベルのことは教えないだろう。まあ、私が首を突っ込めただけでもおかしなことなんだ。だから、もうこれ以上は関わらないようにしよう。
「せんせ...どうしたんですかそんな顔して?」
私が先生の方を見ると、先生は目を血走らせて形で息をしていた。こんなに怒っているって、一体何があったんだ?そうそう怒るような人じゃないから、きっとさっきの事なんだろうけど、何処で怒っているのかが全くわからない。
「先生?もう、病室に戻って良いんですか?」
先生はハッとして私の方を向いた。
「あ、ああ、どうぞ。送りますよ」
この日は、先生に何を言っても殆ど相槌くらいしか返ってこなかった。
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