第30話② この学生証が目に入らぬか、頭が高ーい

 陽茉莉はあちこちを見て回り、可愛い文房具を買ったり服を試着したり、あげくには慎之介の服まで選ぼうとした。一緒に居る静奈がフードをかぶって、色つき眼鏡でマスク姿のため目立っている。

「お兄が服を選ぶ基準って機能性なわけだし、ここで見ればいいのに」

 陽茉莉が指さすのは、登山用などアウトドアウェアを扱う店だ。商業施設の中に石を模したオブジェを置いて、そんな雰囲気を強く醸しだしている。

「そうなんだが、今は別に欲しい物がない。買わないぞ」

 ポシェットに手を伸ばす静奈の動きを牽制し慎之介は宣言した。

 しょんぼりされようが何だろうが、こんな場所で駐車場などでやられたように、現金を束で出されては堪ったものではない。

「うわ、またそんなこと言ってるし。まあ、いいけどさ。はぁ、そんなら折角だし。ここで食料買って帰ろ」

「その前に寄りたいとこがあるんだが良いか? 実を言えば、そこに行きたくて此処に来たというのもあるんだ」

「そうなん? だったら早く言えばいいのに。行こ、早く行こ」

 目的地も分からぬまま陽茉莉が手を引っ張っりだした。

 静奈も異論はないらしく、色つき眼鏡とマスクで顔は見えぬが頷いている。どちらも、慎之介が行きたい場所に早く行きたいようだ。

 だが、あまりに広い商業施設だ。

「待て待て、まずは案内板だ」

「合点承知の介。案内板は、こっち! とりゃあっ」

「引っ張るんじゃない」

 どう言おうが慎之介の方が遙かに力が強い。それを知るがため陽茉莉は思いっきり力を込め手を引っ張ってくる。そういった部分は幼い頃と少しも変わってない。

 付き合ってやりながら、吹き抜け部分の渡り通路にある案内板に来た。

「お兄、お店言って。あたしと静奈でどっちが先に見つけるか競争するから」

「うぁ!? きょ、競争ね……いいわ、受けて立つ」

「じゃあ先に見つけた方が、お兄に好きなこと命令できるってことで」

「やっ、やる! やる……やる。ほ、本気でやる」

 何やら盛り上がっているが、慎之介は自身のみの安全の為に案内板の一箇所を指先で叩いてみせた。

「ここだ」

 二人の文句と批難を聞きながら、その目的地へと向かった。


 その一角は周囲に比べ、特に賑々しかった。

 客が多いとか繁昌しているといった意味でなく、広告表示がどぎついのだ。『高価買取』や『無料査定』、『刀剣取扱』などのポップ書きが乱舞している。そして店の者らしい人物の笑顔のデカデカとした顔写真がある。

 刀剣販売店だ。前から見かけて場所を覚えていたのだ。

「ここ?」

「いや買う方だ。少し刀を見ておきたい」

「そーいうことね」

 幻獣との戦いで、亡き父から受け継いだ越後守えちごのかみ来金道らいきんみちは折れた。折れた先は、いずれは脇差か短刀にでも直す予定だが、何にせよ慎之介が腰に差しているのは、竹光というものであった。

 陽茉莉は何度か頷いた。頭の後ろで手を組み笑ってる。

「てか、やっと買う気になったんだ。商売道具だし、早く買ったら」

「武士の魂ってもんだぞ。商売道具とか言うな」

 慎之介が店の暖簾を潜ると、陽茉莉は静奈の手を引き後ろをついてきた。

 狭いスペースで、小太り気味の男が暇そうにしていた。赤いジャケットに赤いネクタイと派手な格好だが、外にデカデカと写真が張られていた人物だ。

 どうやら店主らしい。

「これはこれは、ようこそ」

 店主は揉み手して近づいて来る。人の良さそうな顔に満面の笑みを浮かべているが、しかし慎之介は警戒した。これでも仕事で数百数千の人と会って対応してきた。顔つきや仕草、喋り口調で相手の為人ひととなりは大体分かるぐらいだ。

 その点でいけば、この相手は警戒すべきだった

 しかし慎之介はそれらを呑み込み素知らぬ顔をして会釈する。ここに来たかった理由は、刀剣の値段を知るためだ。まず、値段を知る前段階として刀剣がどの様にして売られているのか知りたかったのである。

「刀を幾つか見たいのですか」

「ややっ、それは素晴らしい。最高です。是非とも、こちらを御覧下さい」

 やや芝居がかった仕草の店主は、奥まった部分のショーウィンドウに案内した。数振りの刀が抜き身の状態で刀掛けにて展示されている。ざっと値段を見るが、四十万や五十万といったぐらいだった。

 実際の高い安いの基準は分からぬが、百万はするだろうと思っていたので、その意味では拍子抜けだ。安く買えそうなため思わず見つめてしまう。


 慎之介が値段と品を見る横で店主が喋り続ける。

「見て下さい見て下さい名刀が出ております。こちらは伝説の妖刀村正だったらいいなぁと期待を込めた御刀でございます。お年寄りの御武家様が、若い方に受け継いで欲しいと申され譲って下さいましたので。特別価格にて御提供でございます」

 視線を移し次を見ると、すかさず同じような台詞が繰り返される。

 これでは落ち着いて見るどころではない。しかも段々と胡散臭さが募ってきた。

 慎之介は軽く手を挙げ店主を制した。

「ちょっと今日は下見だけなので」

「なんと! なんとなんと、そうですか。よし、分かりました。ここは一つ、お客様のために特別な名刀を持って参りましょう」

「いえ、もう大丈夫ですから」

「そう言わずに! お待ち下さい」

 店主は奥に駆けていった。その姿が消えた途端、陽茉莉が囁く。

「ちょっと、お兄。出た方が良くない?」

「そうだな。戻ってくる前に――」

 しかし間に合わなかった。

 店主は白鞘に入った刀を一振り抱えて持ってきた。

「こちらね、正真正銘の名刀ですよ。こちら御覧下さい」

 耳打ちするような仕草で顔を寄せられると嫌な気分になる。差し出された白鞘には達筆な筆運びで墨書がされていた。慎之介は何とか読み解いていく。

「成瀬家、伝来品……ん?」

「はいっ! こちら、代々尾張藩家老職を務められ、いまは筆頭家老を務められております、かの有名な成瀬家様に伝来した御刀となります」

 店の言葉を聞き慎之介と陽茉莉が目を向けた先で、静奈は首を傾げている。

 だが、店主は気付いた様子もない。

「成瀬家様には東照神君家康公より賜ったという備前長船兼光がございますが。実はここだけの話、成瀬筆頭家老様が私をお呼びになられ……儂はもう老い先短いんじゃぁ。これを是非とも志ある若い者に安く譲ってくれぇ……と申されたのです」

 下手な芝居をしてみせた店主は、にこにこ笑い喋り続ける。


「その御志おこころざしに。不肖、私め感動致しまして! もはや利益など頂くまいと、筆頭御家老様の御意思に従い、特別に破格の百万円にて御譲り致しますです!」

「「…………」」

 慎之介と陽茉莉は無言で静奈を見やった。

 色つき眼鏡とマスク越しでも不機嫌だと分かる静奈が一歩前に出た。

「ふぅん……成瀬家の伝来品? それを売ったなんて話、聞いてないわ」

「おや、お嬢さん。内緒ですよ、コレですよコレ。内緒なんですよ」

 店主は口の前で人差し指をたて自身の唇を叩いてみせた。

「黙りなさい! この不埒者!」

 静奈はサングラスとフードを取った。黄金色の瞳に撫子色した髪は、公家という朝廷に仕える宮廷貴族の血を引く特徴であり、その高貴な者が突如姿を現し店主は動揺し顔を引きつらせている。

「うーっ! この……このっ!」

 しかし静奈は感情が高まりすぎたせいか、言葉が続かない。手を小さく上下させ唸っているばかりだ。誰かに怒ったり強い言葉を投げつけたこともなく、しかも相手は初対面の知らない者のため言葉が出て来ないらしい。

 すかさず陽茉莉が一歩出た。

「ここは控えおろうって言うとこだし、あたしが言うね。はい、ここにおわすお方は、尾張藩筆頭家老の御息女にあらせられるわけ。あっ、静奈ってば。学生証持ってる? ちょっと出して」

「ん、どぞ」

「さあ! この学生証が目に入らぬか、頭が高ーい」

 陽茉莉が学生証を印籠のように構えた。そこにある顔写真と名前を確認し、店主の顔から血の気が引いていく。

「帰ったら……父に伝える、わ」

「てなわけで、お店のおじさん。首を洗って待ってた方が、いいんじゃない?」

「許さない、許さないんだから」

 少女二人の言葉に店主は壁に背が当たると、腰が抜けたように尻餅をついた。尾張藩筆頭家老の名を使い騙ったのだから、相応の処罰はされるだろう。それは因果応報であり、人を騙して商売をしようとしたのだから当然だ。

 慎之介は同情などしなかった。

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